十六夜袮虎とドミソラジオ

双葉音子

第1話

「……そろそろ時間かな」


 卓上の電子時計に目をやると、それは20時50分を示していた。

 執筆を中断し、某動画投稿サイトにアクセス。或るチャンネルの、ライブ配信待機画面に移動した。

 配信主の名前はソラ。中性的な声が特徴的で、その声に魅了された者は数知れず。この僕――十六夜いざよい祢虎ないとも魅了された者達の1人………。


「とでも言うと思ったか馬鹿め!」


 虚空に決め台詞が響く。一体誰に向かって言ってるんだ、というツッコミは禁止だ。

 その声は好きだが、僕の興味を引いたのはそれではない。僕を魅了したのは、その声で語られる際どい話題だった。中1の頃から見ていたせいで、僕は見事に性癖をこじらせてしまった。

 そんな僕は、今や古参の名物リスナーとなり、彼女とは偶にDMでのやり取りをするようになった。

 こんな経験が出来るとは、夢にも思っていなかった。だから、これからも彼女を支えていく。この胸にそう誓ったのだった。

 まぁ、そんなのはどうでもいい。

 今日から配信がリニューアルするようで、新たにアシスタントをつけるらしい。どうやら、学生時代からの付き合いがある人物らしい。色々聞いているうちに、彼の個人情報その他諸々が漏れ出してしまったのは内緒だ。

 欲を出すなら、僕がアシスタントになりたかった。だが、2人の間に挟まるような下衆になった覚えはない。それに、もし仮に僕がアシスタントになったとしたら、きっと話が更にカオスになり、最悪BANの可能性もある。

 そんなわけで、今後も1リスナーとして過ごしていこうというわけ。


「あ、21時」


 時計を見て、思わずそうこぼしたのと同時に、ライブ配信が始まった。


『ドー! どんな時もー!』

『ミー、みんなのためにー』

『ソー! それがこのー!』

『ラー、ラジオ番組ー』

『ドミソラジオ、はっじまるよー!』


 パソコンとヘッドホンを介して、ハキハキとした中性ボイスと、巻き込まれたんだなと容易に察せるイケボが交互に聞こえてくる。

 あの人のことだ。突然呼び出してから、何の脈絡もなくこの配信を始めたのだろう。


『はいっ! という事で本日も始まりました。ドミソラジオー! パーソナリティーは皆さんお馴染みの私ソラ、そして今回からアシスタントが──』

『おい、ちょっと待て』


 2人の和気藹々?とした会話が始まった。黙々と聴いていてわかったのだが、やはりアシスタントの彼は、急遽呼び出され、その勢いでアシスタントをすることになったらしい。

 普通なら断るだろうが、彼は断らなかった。思っていたよりも、2人の付き合いは長いようだ。


『はい、という事で色々困惑中だけど、何だかんだで付き合ってくれてるアシスタントのリク君でーす』

『おいって……はあ、まったく……』


 リクと呼ばれた彼は、ため息をつきながらも、若干乗り気なようだ。所謂、やれやれ系かな?


「取りあえず、ノルマのスパチャスパチャ〜」


〈リニューアル記念にどうぞ〉〘¥2000〙


『あ、スパチャありがとー』

『ありがとうございます』


 いつものスパチャ額は1000円のだが、今日は奮発して2倍だ。碌にバイトもしていない高校生にはこれが限界なのだ!!

 そんなふうに虚勢を張っていると、なにやら学生時代の話をしているようだった。


『あの頃は楽しかったねぇ……教頭のつ──』

【クレッシェンド!】


 興味津々に聞いている僕の耳を、唐突な【クレッシェンド!】が貫いた。


〈ん゙、何これ?〉


 どうやら、ソラの失言を隠す為の音声らしく、他の音楽用語の音声もあるらしい。少し心臓に悪いな……。


〈リク。君に全てを託す〉


 僕には彼女ほどの人間を止める力は無い。むしろ、イグナイターやガソリンと化す気しかしない。本当に、彼は適任なんだろうな。

 そんなことを考えている内に、配信は続いていく。

 ぼんやりしていると、1つの言葉が脳内に浮かんだ。


「……これがてぇてぇ?」


 この言葉は以前から知っていたが、意味はやっと今知ることが出来た。


「くっそ。イケメンがよぉ……」


『やれやれ……手伝ってよも何もこのまま帰るわけにもいかないだろ。番組はもう始まってるんだからな』

『リク……』

『付き合ってやるよ、お前に。これからもな』


「……」


 嫉妬と尊敬の意を込めた愚痴をこぼすと同時に、2人のなんかいい感じのやり取りが僕の脳みそに突き刺さった。

 思わず硬直してしまった。キーボードの上の指以外は。


〈イケボな上に優しいのね、キライじゃないわ!〉


 カタカタカタッターンッ!!

 これは決まった。部屋に響いく快音がそう言っている。

 コイツ、学生時代はさぞかしモテたんでしょうねぇ?

 ニヤニヤしていると、その疑問に対する答えが直ぐ様返ってきた。


『別にモテてない』


「……お゙ん゙?」


 表情筋がピキリと言ったのが聞こえた。


『異性からよく声はかけられてたし、困ってるところを助けた事は多いけど、お前に巻き込まれる事が多かったのに話しかけてくる異性が多くてもむしろ困る。それに、そんなモテるような見た目もしてないのにモテてたわけないだろ』


「……すまない、ソラ。俺はコイツに紋章ハメをしなきゃいかん」


 コメント欄には、敗北者たちが黒き不特定多数の生命体の如くウジャウジャいたが、別にそんなのはどうでも良かった。

 ごめんね。僕、鈍感系は地雷なんだ。リクゥッ!! 貴様も道連れだァッー!!


「……モンチョメペペロ!!」


 ……ヨシ! ガス抜き完了!


 こ こ か ら は 本 気 だ 。


 さぁ、洗礼の時間だよ。リクくん♡


『……なんかお前のリスナーってクセ強くないか?』


〈お褒めに預かり光栄だね☆〉


 笑みが止まる気配がしない。きっと明日起きても、この表情のままなんだろうなぁ。


『キャラの濃さは中々だけど、その分退屈はしないよ。みんなー! みんなの顔はしっかり見えてるからねー!』

『いや、ラジオだから見えないだろ』


〈うおぉー! ソラタソー!〉


『アリーナー!』


〈うおぉー!〉


『ラジオのアリーナ席ってなんだ。というか、それについていけるリスナー達も大概だな』


 あら〜。リクくんったら褒め上手じゃないの。ご褒美にドロップキックしてあげる。


『まったく……学生時代を思い出すな、この感覚』

『でしょ? さて、オープニングトークはここまでにして、そろそろコーナーにいこうか。リク、遅れずについてきてね?』

『はいはい』

『ドミソラジオ、この番組はいわ──』

【デクレッシェンド!】

『──の提供でお送りいたします』

『おい、待て。スポンサーでもない母校の名前を出すな』


 ……今宵も騒がしいたのしいことになりそうだな。

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