色づいた世界
九戸政景
本文
「恋人がいるって……いいよな」
ある夜、向かいに座る友人がポツリと言う。友人はつい先日初めての恋人が出来たばかりで、会う度に何かとのろけてくるのだ。
「ああ、そうだな。恋人じゃなくても好きな相手が出来るだけで世界に色がつくよな」
「それ、よく言うよな。俺の場合、灰色だった世界がようやくねずみ色になった感じだよ」
「嬉しいっていうなら、もう少し鮮やかな世界になれよ」
苦笑いを浮かべながら言うと、友人はビールを一口飲んでから笑う。
「ここからだよ、俺達の世界がより鮮やかになるのは。まだちょっと変わった程度だけど、どんな色にだってしていける。目指すは薔薇色の人生だけどな」
「薔薇色か……いいな、そうなれば」
「だろ?」
友人は上機嫌で酒を飲み続ける。そうして時間が過ぎ、およそ一時間が経って退店した頃、友人は飲み過ぎで足元がふらついていた。
「大丈夫か?」
「りゃいじょうぶだよぉ、このくりゃい……」
「呂律が回ってないじゃないか。とりあえずウチで休んでいってくれ」
「おー、悪いな」
体格の良い友人をどうにか家まで連れて帰り、客間のベッドまで運び終えると、友人は急にベッドに引き込んできた。
「わっ……おい、酔っぱらい。何するんだよ」
「良いじゃんかぁ~。俺達、付き合ってるんだからさぁ~」
「お前……」
どうやら酔っぱらい過ぎて例の恋人と間違っているらしい。真っ赤な顔で抱き寄せてくると頬をすり付けてくる。その内に友人の“体の一部分”が固くなっていくのを感じ、小さくため息をつく。
「後悔……するなよ?」
携帯電話をどうにか取り出してカメラを起動してからベッドの脇に置く。これはもちろん証拠のためだ。友人の言う薔薇色の人生を一緒に送るための。
そうして少しずつ服を脱いでいき、薄い胸板や薄い体毛、そしてよく女性に間違えられる中性的な顔と反り上がった“一物”が窓から差し込む青白い月の光の前に露になった後、ボクは友人の服も脱がし始めた。
暴れる事なく脱がされた友人の裸体はとても逞しく、そんな友人に抱かれているだろう例の恋人に嫉妬してしまう程だった。
「……けど、これからは違う。その恋人の振りをして一度抱かれてしまえば、義理堅いこの友人はきっと……」
ズルい事だとは思う。何故ならこれは略奪愛なのだから。けれど、ボクはこんな彼の事を好きになってしまったのだ。同じ男でありながら、彼の存在によって無色だったボクの人生が鮮やかに色づいてしまったのだ。
そうしてボクは軽く声を調整する。その恋人には何度か会わせてもらっていたから、特技の声帯模写で声を真似ながら口調などを合わせるのは容易かった。
その声で誘うと、酔っぱらっていて目の前の人物が誰かも定かではなく、脳の働きも鈍くなっている友人は嬉しそうに笑ってから、ボクを恋人だと思って抱き始めた。性差による体の作りの違いが不安要素だったけれど、酔いによる脳の鈍さを利用して言葉巧みに友人の興味を別のところに誘導した事でそれはどうにかなり、友人はボクを恋人だと思い込んで何度も何度もボクを抱いた。
そして数時間が経って友人がすっかりと寝てしまった後、ボクはその顔を静かに撫でた。
「……ごめん」
静かに謝る。その声は眠りの渦の中の友人には聞こえない。だけど、やっぱり謝りたかったのだ。騙して同性のボクを抱かせた上にそれを利用して恋人との仲を引き裂こうとしているのだから。
「ごめん、本当にごめん……!」
目から涙がポロポロと溢れる。溢れた透明な涙は友人の肌に落ちて肌色に染まる。それはまるでボクが友人に恋をして、心が彼の色に染まったあの時を示しているかのようだった。そうしてボクは彼が起きるまで泣き続けた。この先にあるのは鮮やかな薔薇色の人生などではなく、悲しみの涙色の人生だとわかっていたから。
色づいた世界 九戸政景 @2012712
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