第7話

「それで、エルシャールの事なんだが……」


世界への違和感を感じた所で、エルシャールには何か出来る程の策はなかった。

そのままエスコートされてデリスとサンドラの間に腰かけたエルシャール。

向かいではアルカイックスマイルを浮かべたソレイユがデリスと穏やかに会話をしており、時折目が合うとエルシャールに笑みを浮かべる。

そんな2人の会話を他人事のように聞きながらエルシャールは突然呼ばれた自分の名前にわかりやすく肩を揺らした。


「……令嬢はお身体が優れないのでしょうか?」

「いえっ!そんな事一切ありませんわ」


エルシャールはソファーに座ってからすぐ始まったサンドラからの嫌がらせに気を取られていた。

ソレイユにエスコートされたエルシャールが面白くなかったのだろう、彼から見えない角度で執拗に踝を踏みつけられていたエルシャールはその場に合わせるように頬を必死で釣り上げた。


「コホン、まあご覧の通り些か抜けている子でね。……ソレイユ様の妻が務まるのか私も心配でして」

「――なるほど、ですが私は先程から申し上げている通り、エルシャール嬢に我が城に来ていただきたいのです」


静かに、けれど確実に対峙しているデリスとソレイユ。

そんなソレイユの引かない態度に、あくまで娘を心配する体を装ってデリスは続ける。


「私が言うのもなんだが、妹のサンドラはその点ソレイユ様の妻を立派に務められるかと」


ペラペラと、サンドラを上げて、エルシャールを下げる発言を会話に含めるデリス。

そんな父の言葉に、サンドラはわかりやすくエルシャールを踏んでいた足を揃えると、にっこりとソレイユに向かって微笑みを浮かべた。


「お姉様は体調を崩しやすくて……私とても心配なんです」

「……それは存じ上げておらず申し訳ございません。サンドラ嬢はとても素敵な女性のようですね」

「ええ。それがお姉様、ひいてはラビリンス家の令嬢として当然の事ですもの、ね?」

「……はい、サンドラにはいつも至らない私の代わりを務めて貰っています」


頭の先からつま先までをすきなく着飾って侯爵令嬢らしく振舞うサンドラは心にもない事を言ってのける。

初めて名前を呼ばれた事がうれしかったのか、サンドラは喜色を浮かべてエルシャールに同意を求めてきた。

エルシャールが返事に困っていると、デリス側から背中を抓られ、エルシャールは逆らえば何をされるのか分からず、結局俯き加減に同意するしかなかった。


「どうです?エルシャールよりサンドラの方がソレイユ様の妻に相応しいでしょう?」


デリスはソレイユに自慢げな顔で尋ねた。

断られるなど考えても居ないようすの横顔にエルシャールは心の中で同意をする。


(……きっとこの人もサンドラがいいと思うのね)


同じ伯爵令嬢であるエルシャールとサンドラ。

並んで座れば、2人のうちどちらが貴族令嬢として、また国の由緒ある家系に嫁ぐ妻として優秀であるかは一目瞭然だった。


この世界の貴族社会は、妻の美しさと装飾品の数で家の価値が変わる。

自分の見栄と権力、名声で自分達の地位を争う当主達にとって、妻選びは一番大切な儀式に近かった。

そんな時代の中で見劣りするエルシャールを選ぶもの好きは居ないに決まっている事を、エルシャールはよく知っていた。

わかりやすい月と太陽として並べられ、俯いたままのエルシャールの耳元にサンドラはそっと囁く。


「……せっかくこの家から出られるかもしれなかったのに、残念だったわね。 ――お姉様♡」

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