第5話
赤い瞳が美しいエルシャール。
貴方が戻ってくるまで――エルシャールとして何としても生き残ってみせるわ。
♢♢♢
ドレッサーの前に座らされ、エルシャールを馬鹿にしながら、侯爵令嬢として最低限見られる格好になるように化粧とアクセサリーを身に着ける手伝いをしてくれたメイドが居なくなってからエルシャールは呼び出されるまでの間部屋を物色しながら状況を整理していた。
売春婦だなんだと好きに罵ってくれたメイドはエルシャールがこの家でどんな立場なのかを知らしめるには十分だった。
エルシャールの部屋は4畳ほどの大きさに、全身が映る鏡と、ドレッサー。
それから小さなチェストと簡易なベッドだけとかなり物が少なかった。
日記やこの世界の物がないか探してみたが、そういった物は見つからなかった。
メイドが手伝わなくても着られる作りのドレスは3着、今着ている物と比べればボロ布と言っても過言ではない物をみるに、エルシャールに新しそうなドレスが与えられるほどソレイユは大事なお客様と言う事らしい。
原作では王子の幼馴染で辺境伯を守る騎士でもあるソレイユ。
「……そんな彼に取り入る機会が与えられたのだから当たり前よね」
チェストの中には装飾品は一切置かれておらず、スカスカのドレッサーの上に最小限置かれた化粧をしてから置かれていたリップを塗るとエルシャールは鏡の自分に向かって微笑んでみた。
瞳の色よりもずっと明るいその唇は微動だにしてくれなかったけれど。
「それにしても、エルシャールはサンドラの姉なの? 随分と酷い仕打ちを受けているみたいだけど『私だけが知っている物語』にはエルシャールなんて子は登場しなかったはず」
自分が良く知る世界にいながら、自分だけが異分子として存在する世界にエルシャールは首を傾げていた。
『私だけが知っている物語』の物語の内容はよくあるシンデレラストーリーだった。
虐げられて育ったヒロインが、偶然出会った二人の男との恋に揺れ動きながら幸せになるそんな話。
サンドラは確か、ヒロインに協力的に振舞うものの最後には酷い裏切りをする悪役令嬢だった。
ラスボスの父に言われるがままソレイユとの結婚を望み、彼にどんどん執着していく破滅系悪役令嬢。
「彼女に姉がいたなんて描写なかった気がする……?」
軽く読み流すように読んでいた事もあって、思い出せない姉、エルシャールの存在に頭を悩ませていると、先程のメイドがやってきてエルシャールの部屋をノック無しで開けると言いたい事だけ言って去っていく。
「旦那様がお呼びよ!」
「……はいすぐに」
メイドにも隠した扱いされているらしいことに、エルシャールはもう笑いすら出なかった。
短く返事をしてから下の人間が慌ただしく動き始める様子を感じ取って、エルシャールは立ち上がった。
何が狙いでこの世界に送り込まれたのかは知らないが、エルシャールにはこの場を乗り切るための算段があった。
(多分エルシャールはストーリーにも出てこない脇役。よく読んでいた転生モノみたいに私はさっさと婚約破棄をして街の片隅で隠居生活を送ればいいんだわ)
暴力のはけ口にされ、自分をすり減らす人生から抜け出せば何か道が開かれるかも知れない。
その為にはまず、この状況を乗り越えなくてはならないとエルシャールは気合を入れた。
かみ合わせの悪いドアを身体を使って閉めてからエルシャールは一人ごちた。
「転生してもしなくても境遇が変わらないなんて……嫌な宿命ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます