天才博士とおとぼけ助手の実験記録 ~夏に置いてきた写真~
よし ひろし
天才博士とおとぼけ助手の実験記録 ~夏に置いてきた写真~
「よし、成功だ!
男がいくつものケーブルがつながったヘルメットを外しながら傍らの女に向かって叫ぶ。
「えぇ? そうなんですかぁ、博士?」
女がのんびりとした感じで返す。
男は
女はその助手で、
「なんだ、見ていなかったのか、星奈くん。歴史的瞬間を」
ヘルメットを脇のテーブルに置き、マッサージチェアのように全身がすっぽりと覆われるような椅子から芥川が立ち上がる。背は高い。百八十センチを越えている。博士という割には筋肉もしっかりと付いており、均整の取れた体格だ。
「ええぇ~、見てましたよぉ、ちゃんと。でも~、博士が、行ってくるぞ、と言った一瞬後には、よし、成功だ! って――ねぇ、なんかぁ、変じゃないですかぁ?」
天然ボケともよく言われる穏やかな性格のままの口調で星奈が言う。
「馬鹿もん! それだ、その一瞬が歴史的偉業の瞬間ではないか!」
「ええぇ、怒鳴らないでくださいよぉ。無駄に大きくてぇ、顔も怖いんですから、博士は。だからみんなぁ、すぐにぃ、やめちゃうんですよ、助手のお仕事」
「くっ、それを言うな……」
芥川は自分の顔が怖いということを自覚していた、そのせいで女性が寄ってこないのだと――、いや雇った男の助手も恐れてすぐにやめてしまう。
「いや、やめる奴は根性がないのだ。私の顔のせいではない。――その点、星奈くんは素晴らしい。もう一年以上、私のもとで働いてくれている。うん、優秀だ。これからも、励んでほしい」
現在残っているたった一人の助手だ。彼女に逃げられたら困る。だから多少のんびりしていても、不手際があっても、なるべく怒らず、時にはオーバーに褒めて、彼女に接していた。
「そうですかぁ。でも、そろそろ就職活動をしないとぉ、いけなくてぇ」
「それなら問題ない。私が正式に雇おうじゃないか」
彼女を逃がすわけにはいかない。
「そうですね、まぁ、考えておきますねぇ。――それより、博士、実験の結果は結局、どうなったんですかぁ?」
「お、おお、そうであった。ふふふ、成功だよ、星奈くん。史上初のタイムトラベル、見事にやり遂げたぞ!」
芥川が両手でガッツポーズを作り、大声で叫ぶ。その大声と態度が人を怖がらせるのだが、自重することはできないようだ。
「ええぇ、そうなんですかぁ。でも、さっき言った通り、博士、ずうっと、椅子に座ったままでしたよぉ」
「椅子とか言うな。あれこそは我が傑作、タイムマシン18号だ。決してマッサージチェアなどではないぞ、星奈くん」
「はぁ、それは知ってますが、本当にタイムトラベル、したんですかぁ?」
大きな目を細め、疑いの眼差しを向ける星奈。
「もちろんだとも。私は一年前の夏に跳び、そして、戻ってきた。星奈くん、君が感じた一瞬こそ、タイムトラベルの瞬間だったのだよ」
そう芥川は目的の時間に時間跳躍した後、元の時間のわずか後に戻ってきたのだ。だからその様子を見ていた星奈には、芥川が奇妙な態度を取っているように見えてしまっていた。
「ふへぇ~、そうなんですねぇ。で、何しに行ったんですかぁ、一年前に?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。星奈くん、覚えているかね、去年の夏、二人して熱海の海に行ったことを」
「ああ、商店街の七夕のクジで一等が当たって行ったぁ、あれですね。慰労会とか言いつつ、あたしの水着姿が見たかっただけのぉ、あの夏の旅行ですよねぇ」
「な、何を言っている。違うぞ、決して君の豊かな胸を見たかったとか、そんなんじゃないぞ。たまたま福引が当たって、その、日ごろの働きに対して、ねぎらいをだな、あ、うん、そういうことだ」
「はぁ、まあそういうことにしておきましょう。それでぇ、その熱海がどうしたんですぅ?」
「ああ、あの時、ほら写真が無いと騒いだだろう、帰り際」
「ええ、そういえば」
「あれはとても大切なものでね。その去年の夏に置いてきてしまった写真を取り返してきたんだ、無くす前の時間に戻って」
じゃーんとばかりに芥川が懐から一枚の写真を取り出す。ただし、星奈には裏面を見せて。
「それがそうなんですかぁ。で、何なんです、その写真?」
「ダメダメ、これは見せられない。でも、間違いなくあの時無くした写真だ。ふふ、どうだ、凄いだろう。過去に行って無くし物を取り返したんだ」
鼻高々の芥川。そんな彼に対して星奈が首をかしげて尋ねる。
「あれぇ、でもぉ、博士がそれを持ってきちゃったから、無くなったんじゃないですかぁ、その写真、去年の夏に?」
「あ――……」
絶句する芥川であった――
おしまい
天才博士とおとぼけ助手の実験記録 ~夏に置いてきた写真~ よし ひろし @dai_dai_kichi
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