私は、健の学校に着いたのは11時の事だった。朝早く、9時に学校に連絡すると健の担当教員である広岡がタイミング良く学校にいると知って直ぐにアポを取った。

 歩いて10分で学校に着いた。正門は開いていて、校庭では少年野球チームが暑い中練習をしていた。熱中症で倒れるのではないかと少し心配になった。

 校舎は築30年くらいだと思った。外壁は所々汚れていた。

 校舎に入ると甘酸っぱい、汗の臭いがした。

 私は、教員室に向かった。1階の西の方角にあった。教員室の前に着いてドアをノックした。すると、ドアが開いて40代の背の高い男が立っていた。

「どちら様ですか?」

「今朝、電話した三上の母です」

「お待ちしておりました。校長室へどうぞ」

 そういうと、男の後ろと着いていった。教員室に入ると何人かの教員が、何やら作業をしていた。教員室に入るのは、学生時代以来だったので、どこか懐かしい感覚を覚えた。

 男は校長室のドアをノックした。

「三上様がお越しです」と男がいうと中から「入ってください」と声が聞こえた。

 校長室に入ると、革張りのソファーが二つあり中央にテーブルがあった。ソファーには20代の細身で銀縁のメガネをかけた女性と、50代の太った男が座っていた。2人は立ち上がった。

「三上さん。お久しぶりです。広岡です」

「私は、教頭の大竹です。よろしくお願いします。さあ、お座りください」というと、彼らの座っているソファーの向かい側に私は座った。

「飲み物は何にしますか?」

「いいえ、結構です」

「わかりました」

「早速ですが、健について聞きたいことがあります」

「はい、どうぞ」と広岡が答えた。

「昨日、お風呂で健の裸を見ました。すると、無数の青痣がありました。学校で虐められていると思いました。健は虐められているのですか?」

「奥様。健くんが虐められていません。むしろ、彼は途中から転校してきて間もないのに人気者です。虐められている可能性はないかと」と広岡が答えた。

「じゃあ、青痣についてどう説明するつもりですか?」

「恐らくですが、遊んでいる際に転んだのではないですか?」

「いいえ、それはあり得ません。7月に入ってから、猛暑が続き外で遊ぶ事を禁じています。家の中で青痣ができるなんてあり得ますか?」

「確かに、不自然ですね。ですが、学校で虐めがあった事実はありません」と広岡はどこか他人事の様に云っている様に感じた。私はその態度に、怒りを覚えた。

「奥様。何かの勘違いではないですか?家で転んだのでは?」と大竹が云った。

 私はポケットからiPhoneを取り出して、昨日撮った健の青痣がある上半身の裸の写真を二人に見せた。

「これが転んでできた痣に見えますか?それに、私はテレワークをしています。学校から帰ってくると、彼はほとんどゲームをして過ごしていました。一人で遊んでこんなに痣ができると思いますか?」

「確かに、転んだにしては不自然な青痣ですね。ですが奥さん。本校では健くんが虐められた事実はありません」と広川は自信満々で答えた。

「なんで、転校してから2週間ほどで虐めがなかったと云い切れるのですか?それこそ不自然です」

「確かに。ですが、こちらにしましては本当に虐めがあった事実は把握していません。それに先ほど言った様に、健くんはクラスに馴染んでとても元気でみんなから好かれています。転校してきて、あんなに皆から好かれている子は珍しいです」

「じゃあ、本当に虐めはなかったというのですね。それじゃあ、喧嘩はなかったのですか?」

「はい、少なくても学校では喧嘩はありませんでした」

「じゃあ、なんで健の体にこんなに青痣があるのですか?虐めに遭ったか、喧嘩したかしないと説明がつきません」

「確かに、そう思われるのも無理はないでしょう。ですが、本当に虐めがあった事実はありません。何か、別の理由で青痣ができたのではありませんか?」

 別の理由だと。それに広岡と大竹の表情が私を疑うようにして見ているように感じた。

「私がやったと思っていませんか?」

「いいえ、そこまでは」と大竹。

「言っておきますが、私はテレワークをしながら健のことを見ていました。彼はゲームに夢中で、スポーツもしていないし、階段から転んだりもしていません。私を疑うのは筋違いです」

「ですから、奥さん。私から見た健くんは、とても活発で元気で人気者です。虐めの対象になるような子には見えません」

「なぜ、そこまで言い切れるのですか?何か証拠でもあるのですか?」

「まあ、奥様。落ち着いてください。一応、こちらでも調査するつもりでいます」と大竹。

「わかりました。このままだと埒が明きませんね。とりあえず、夏休み中にどうにかしてください」と私は冷静を装うつもりで云ったが、自分でも分かるくらい怒りが滲み出ているのが分かった。

 それから、2人に見送られながら学校を後にした。

 きっと何か隠しているに違いない。経験上、どこの学校には隠蔽体質がある。虐めがあったとしても学校は、それを認めたがらない。教師は虐めが起きると責任を取らされるからだ。おそらくは保身に走っているのだろう。

 私は何かに八つ当たりをしたいくらい怒っていた。とても腹立たしい。こんな学校に入学させずに、私立の学校にお受験で入れば良かったと後悔した。


   *


 私と、雅人はベッドに横になっていた。

「なあ、学校はどうだった?」

「虐めはないってさ」

「そうか、仮に虐めが遭ったとしても、きっと認めないだろうな」

「そうよ。きっと虐めにあったに違いない」

「だけど、もし、学校で虐めに遭っていないとしたら?」

「と、いうと?」

「何かの病気かもしれない」

「そんな、あれは明らかに誰かに殴られたか、打撲の跡よ」

「確かに。まあ、学校も夏休みな事だし、とりあえずは様子を見よう」

「そうね」

 もし、虐めでないないとしたら何が考えられるだろうか?何かの病気だろうか?だが、明らかに打撲の後にしか見えない。

「なあ、話は変わるけどお盆は何日間滞在する?」

「そうね、3日間くらいでいいんじゃない?」

 本心は違った。1日で十分だと思っていた。

 今年は、雅人の両親が崖崩れで亡くなってから1年になる。なので、雅人の叔父の家に泊まる事になっていた。

 雅人の叔父と叔母はとても感じの良い人だが、なんとなく居心地が悪い。親戚縁者が沢山集まり、酔っ払い詰まらない話を繰り返し聞かされるのが嫌いだった。中にはセクハラめいた事を言う連中もいた。あと、1ヶ月先だが気が重い。できるなら行きたくなかった。

 だが、健は帰省を楽しみにしていた。都会っ子の健に取っては全てが新鮮なのだろう。毎年、カブトムシやクワガタの収集をしたり、川で釣りをするのが好きみたいだ。

 毎年この季節になると憂鬱の種になる。だが、親戚付き合いも大事だ。毎年そう思う事にしている。

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