貞操逆転世界に転生した侯爵家の長男、侍になります

bigbear

第一章 侍と貞操逆転世界

第1話 侍、腹を切る

 突然だが、俺『山田新九郎』は念願の切腹を遂げた。


 白い着物、つまり死に装束を着て、脇差で横一文字にばっさりと切り裂いた。


 きちんと作法に則って、武士道にかなった切腹だ。

 場所は自宅の和室。畳の上で、周囲には白い布で囲いを作って古来の刑場を再現した。これで血が飛び散って周囲を汚す心配もなく、相応しい場所で死ねる。


 おそらく現代日本人である諸君らには、俺がわざわざ苦痛を伴う死に方を選んだヤバい人に見えているだろうが、腹を切ったのには理由がある。

 腹を切ったのは、この世界ではサムライとして生きることができないからだ。


 そう、俺は侍になりたい。過去形ではなく現在形として侍になりたいのだ。


 理由は、いくつもある。 

 『新九郎しんくろう』などという時代に逆行した名前を付けられたせいか。歴史好きで剣術かだったおじいちゃんの影響か。

 もしかしたら、買ってもらったプラスチックのおもちゃの刀が気に入りすぎてしまったせいかもしれない。いや、そもそも聞くところによれば、赤ん坊の俺が最初に発した言葉は『ソレガシ』だったらしい。ソレガシ、それがし、侍の一人称だ。俺は魂の形からして侍だったのだろう。


 だが、どれが一番の理由なのかは、今となれば正直どうでもいい。例えどんな運命を辿っていたとしても、俺はこうなっていた。


 だって、侍はかっこいい。

 

 例えば、戦国時代の武将『鳥居元忠とりいもとただ』だ。

 はっきり言って鳥居元忠は教科書に載るような偉人ではない。マイナーとは言い切れないが、一般的な知名度はない。


 …………ふざけるな! 載せろ、教科書に! 大河ドラマ作れ!


 話がそれたが、鳥居元忠は江戸幕府を立てた徳川家康の重臣であったが、関ケ原の戦いの前哨戦であった伏見城の戦いで命を落とした人物だ。


 その時、伏見城にはわずかな手勢が残るのみ。敵が攻め寄せれば落城は免れないと家康はおろか、元忠自身も理解していた。

 だというに、彼は自ら伏見城に残った。主である家康が態勢を整えるための時間を稼ぐために、命を捨てたのだ。その戦いの凄まじさは今も史跡として残る伏見城の血天井が物語っている。


 戦国時代は今とは違い、下剋上の時代だ。裏切りやだまし討ちは当たり前で、家臣が主君を討ち取ることさえある。

 だが、そんな時代で鳥居元忠は忠義を貫いた。ゆえにこそ、その生きざま、死にざまは後世に語り継がれている。


 なんという忠義心。なんというかっこよさだろうか。すごい憧れる。俺も幼少期から共に過ごした主君から死を惜しまれたい。


 憧れとは宿痾しゅくあ、不治の病のようなもの。生まれついて定まっている方向性と言ってもよい。なので、物心が着いた時には真の侍になるべく俺は努力を始めていた。


 俺は早くに両親を亡くし、祖父に、おじいちゃんに育てられた。

 幸いにも、そのおじいちゃんは古武術の道場の師範であり、剣術以外にも様々な武術、礼法を修めた達人の中の達人だった。

 

 侍たるもの、弓馬の道、つまり武術に通じているのは当然だ。その上で教養を身に着け、礼儀正しく、賢くあらねばならない。

 その意味でおじいちゃんは俺の理想の侍だ。教えを請うにはおじいちゃんを置いて他にはいない。


 しかし、俺が教えを請おうとしたおじいちゃんは――、


「新九郎、よく聞きなさい。もう今は侍の時代じゃないんだ。憧れるなら、ヒーローとか、すとりーまー? だとかにしておきなさい」



 と断ってきた。そんなおじいちゃんに対して俺はこう答えた。



「いやだ! ヒーローは相手の首をとれないし、おれ、口が悪いからストリーマーは三日で炎上するもん! おれは侍がいいんだい!」



「参ったなぁ……」


 六歳の誕生日のことである。

 ちなみに、それから一か月の間、俺はおじいちゃんを朝昼晩、そして、風呂場やトイレまでつきまとい、侍にしてくれと泣いて縋って拝み倒した。


 無様だが、武士道に反してはいない。「武士は犬とはいえ畜生とはいえ、勝つことが本にてそうろう」という『朝倉宗滴あさくらそうてき』のお言葉通りだ。この言葉を意訳すると、「武士はどのように罵られたとしても勝つことが最優先である」という感じになる。

 この場合の勝ちとはおじいちゃんに俺の『侍になる』という願いを聞いてもらうことだ。そのためなら、無様でもなんでもあらゆる努力をすべきだ。


 そうして、一月が経つ頃、おじいちゃんは根負けして修行を付けてくれることになった。


 修行を続けて十五歳のころ、ようやくおじいちゃんから真剣での稽古で一本とることができた。

 それにより、俺は免許皆伝の許しを得た。一年後におじいちゃんは亡くなってしまったが、その前に一人前になれたことは俺の誇りであり、師であるおじいちゃんへの恩返しにもなったと信じている。


 中学高校の進路面談でも、一切ぶれたことなどない。将来の目標は「侍です」の一点張り。最終的には毎回、「まあ、そのうち諦めるだろ」みたいなことを言われたのは心外だったが、相手が折れて何も話亡くなったのだから俺の勝ちだ。


 そんな俺がどうして齢二十二歳にして切腹という、ある意味、究極の侍的行動に至ったか、そこには悲しき現代日本の社会問題が関わっている。


 その社会問題とは、『現代社会に侍の居場所はない』というものだ。

 驚くべきことに、今の社会では、というか、ここ百五十年ほどの間、侍は必要とされていない。

 外国人にはサムラーイだの、ワビサビーだの売り込んでおいて、実際の侍は要らないなどという不条理がこの社会ではまかり通っているのだ。

 

 いや、明治維新のことは知っていた。知っていたが、信じたくなかった。仮にもう侍がいないとしても、真の侍として修練を続けていればどうにかなるはずだと思っていた。


 だが、事実として、どこにも仕官先はなかった。


 おじいちゃんの遺言に従って、俺は大学に進学した。そして、卒業が近づけば大学生は皆、就職活動をする。

 正直気乗りはしなかったが、仕官先を探すと思えばどうにか応募するところまではいった。


 で、全部落ちた。百社ほど応募して、いくつかは面接までは行ったが、毎度こんな感じだった。


「えと、履歴書には侍とありますが、その、あの侍のことでいいんですよね? 刀を差してて、ちょんまげをしてて、時代劇に出てくる……」


 だいたいの面接官はまず最初にそう言ってくる。どいつもこいつもなんで履歴書に書いてあることをわざわざ確認してくるのか、謎だった。


 そうして、そのあとはおおよそこう続く。


「はい。その侍が私です。見てわかりませんか?」


「い、いえ、わかります。その、着物姿ですし」

 

「着物ではありません。直垂ひたたれです。下がはかまでしょう? はぁ、がっかりだ。このくらいことも知らないとは、本当に大和男子やまとおのこですか?」


 直垂とははかまと上着で分かれた着物のことだ。下半身の構造は洋装のズボンと同じなのでいざという時動きやすい。


 ちなみに、髪型はちょんまげではなく長く伸ばした総髪だった。

 武士の髪型と言えば月代さかやき、つまり、頭頂部を剃ったちょんまげ姿が代表的だが、そもそもちょんまげは兜を付ける際に蒸れないようにするために考案された髪型だ。だから、兜を付けないのならわざわざ頭頂部を剃る必要もない。


「え、ええ……し、質問を変えましょう。な、なぜ、そんな服装をされているのしょうか?」


「侍だからですが? 正装でお越しくださいとあったので侍の正装で来ましたが、何か問題でも?」


「…………次の方どうぞー」


 とまあ、ここらへんで退出を促され、後日、ご活躍をお祈りされるになる。あの文言もけしからん。祈るなら活躍ではなく武運ぶうんだろう。戦いに掛ける気概が足りない、これだから現代人は。


 ともかく、そんなこんなで、毎回面接には落ちたし、一度は事件に巻き込まれたこともあった。


 いい加減、友人一同がスーツで面接に行けと煩いうえに、スーツを用意してきたので顔を立てると思って面接に赴いた時のことだ。

 ドア越しに話を聞いていたら、面接官が俺の前に面接を受けていた女の子に――、


「なに? 泣けば合格できると思ってる?」


 だの、


「君若いよね? うちだとお茶くみからだけど、できんの?」


「ああ、陸上部? どうりで貧相だと思った。あ、今はスレンダーって言うんだっけ? これセクハラ?」


 などとほざいてやがった。言葉そのものも下品だが、なにより真剣に勝負に臨んでいる相手にゲスな態度で応じるその性根が許せん。

 ゆえに、義によって助太刀し、手刀で机を真っ二つにしてやったら不合格になった。


 女の子は礼を言っていたが、礼は無用だと返しておいた。

 なにせ助太刀はしたが、それは情ではなく義によってだ。つまり、俺の義、武士道に照らして許せんと思ったから勝手に助太刀したのだ。礼を言われる筋合いはない。


 ちなみに、そのあと、顔を真っ赤にした面接官がチンピラをけしかけてきたが全員返り討ちにしてやった。俺が素手だったことをやつらは感謝すべきだな。


 後日判明したことだが、どうやらその企業、暴力団傘下のブラック企業だったようで警察が踏み込んだとニュースで見た。

 俺も任意で話を聞かれたが、「侍がやくざ者程度にひるむ理由がない」と答えたら、なぜか厳重注意された。


 というか、相手方の構成員を四人ほど病院送りにしておいてやったのだから感謝状なりもらってしかるべきだ。というか、もらうべきだ。何でもらえなかったんだ……? 信賞必罰は世のならいだろ、世の理をきちんと正さないから出生率が下がるんだ。国のためにも武士道を基本教育に入れろ。


 ……いや、俺とてこの時代に侍が必要とされない理由は分かっている。


 今は平和な時代だ。そりゃ世界のどこかでは争いや不幸もあるが、大多数の人間にとって住みよい社会であり、幸福でもある。

 武士道は戦う者の心得であり、戒め。ゆえに、侍とは戦うものであり、不自由なものだ。これだけでも現代の日本とは致命的に相容れない。


「……ぬぅ」


 早くも目が霞んできた。

 切腹だけだと死ぬまでたっぷり苦しむ上に、一時間以上掛かるとどこかで聞いたか、どうやら出血のせいで意識の方はそこまでもたないらしい。こういうことを避けるために、本来切腹の際には首を落とす介錯人が用意されるのだが……まあ、仕方がない。


 数少ない剣術道場の友人たちに頼んだが、俺の介錯は皆一様にごめんこうむると返してきた。その全員が自分が罪に問われることではなく、俺の精神状態を心配していたという意味では、友人には恵まれていたのかもしれない。


 俺とて、切腹を最善の道だと思ってはいない。


 腹を切るという行為はあくまで責任の取り方、武士としてのけじめの理想だ。

 だから、死に方としてこれ以上のものはないから腹を切った。侍として生きられる道があるのなら、そちらを選んでいた。


 悲しむ家族はいないとしても、誰のせいでもないと遺言を残したとしても、この死に方は誰かの傷になる。武士道に殉じたことに悔いはないが、俺の行いが正しくないことはよくわかっている。

 

 そのことがわかっていてなお腹を切った。結局、俺はどこまでも自分勝手な人間だ。


 以上が事の顛末だ。


 というわけで、俺はこのまま死ぬ。ご近所に迷惑が掛からないようにしばらくしたら警察に通報が行くようにしてあるし、抜かりはない。現代における切腹の手本とすべき態度だと自負している。

 

 ああ、やっぱり、それでも、一つだけ口惜しい。

 機会さえあれば、侍として生きられる場所さえあれば、名を成すことができた。歴史書の中で綺羅星のように輝く武士たちと肩を並べることも、あるいはできたかもしれない。そうなれば、ああ、どんなに幸福だったろうか。


「――願わくば、来世では、我に機会を与えたまえ」


 最後に戦国武将『山中鹿之助やまなかしかのすけ』をまねて、そう天に願う。


 山中鹿之助は主家である尼子家再興のために空の月に「我に七難八苦を与えたまえ」と願った。それはつまり、主家再興のための機会をくれるならそれに伴うどんな苦難をも受け入れるという願いだ。

 そんな願いの通り、山中鹿之助はその最期、謀殺されるその時まで主家再興のために戦い続けた。


 その厚き忠誠、強き信念を俺も持ちたい。俺のような半端で自分勝手なものでも、そんな生き方ができるなら苦難も受け入れる。それが俺の最後の願いだった。


 そうして意識が途絶え、俺は死んだ。


 はずだった。



「――、六歳のお誕生日おめでとう!」


 次の瞬間、聞こえてきたのはそんな母親の声だ。まぶたを開くと目の前には長机がある。


 その奥では黒髪の美女が嬉しそうに微笑んでいる。左目は眼帯で覆われており、独眼竜『伊達政宗』公を彷彿とさせた。


 刹那、肉体に刻まれた記憶によって全てを理解する。自分が誰なのか、ここはどこなのか、腹を切って死んだはずの俺に何が起きたのか。


 クロウ……クロウとは俺の名だ。 『クロウ・ヴェル・ロンダイン』。今日六歳の誕生日を迎えたソーディア王国が重鎮、ロンダイン侯爵家の跡取り息子。それが今の俺なのだ。

 

 目の前にいる黒髪隻眼の女性の名は『ヴァレリア』、俺の、クロウの母上だ。

 そして、ここは異世界『エンデランド』。この世界において男子が生まれる確率は0,1%、それにより男が男であるだけでもてはやされてしまうそんな歪な社会が形成されている。

 

 真の侍を目指す俺はそんな世界に希少な男子として転生してしまったのである。

 ……おのれ、天よ! 俺をどこまでもてあそぶのか! 結局、俺のように己の生を全うせずに死んだものの望みはそう簡単には叶わぬということなのか……?

 苦難を受け入れるとは言ったが、こんな苦難は望んでないぞ!


――――

あとがき


新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!


応援、ブクマ、感想、評価などいただけると励みになります!

 

初日は第三話まで更新します! 次の更新は19時ごろです!

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