新月書林

最中亜梨香

第一話 不思議な本屋

 題名が分からない本が見つかる。そんな不思議な本屋がある。

 その店は、本を探している者の前に、突然現れる。外観は大きなお屋敷で、門に「新月書林」と掲げられている。

 門を潜ると、一人の店員が出迎えてくれる。その店員に探している本の内容を伝えると、店員は微笑み、「それはこちらにございます」と屋敷の中を案内してくれる。屋敷の中は書架が無限に広がっている。その書架の迷路を抜けた先に、探していた本がある。

 本を手に取り、感謝と共に店員に代金を払うと、店は霧となって消え失せる。狐に化かされたのかと思いきや、その手には探していた本があった……。

「本当の話だ」

 父はそう言った。

「ふうん、そうなんだ」

 私は適当に返事をする。

 しまった。よっぱらった父に、「探してる小説がある」と話さなければよかった。

「俺、行ったことがあるんだ。俺だけじゃないぞ、俺の親父、つまりお前の祖父さんも行ったんだ」

 父の頬は酒で赤くなっていた。また一杯、焼酎をグイと飲んだ。

「見た目はお屋敷じゃなかったけどな。路地裏を歩いていると、突然、本屋が現れたんだ。新月書林って看板が出ていた。入り口は小さいけど中に入るとすごく広かった。電気屋みたいな明るい空間に、スイッチで操作する、でかい図書館でしか見ないような書架がどこまでもずっと並んでいたんだよ。

 あまりの景色にびっくりして、棒立ちになっていると、髭面の店員がやってきた。「何かお探しですか」って。

 それで、探してる本、まあ俺の時は漫画なんだけど、見つけてくれたんだよ。あの漫画、勉強によくないからって捨てられてさ。ずっと続き読みたかったんだ。嬉しかったなあ」

 この話は何度も聞かされた。続きも知っている。父の体験談の次は、祖父の体験談だ。

「祖父さんは、子どもの頃に読んだ童話を探していたら新月書林に迷いこんだらしい。その時の店は、木造だったそうだ。

時代によって変わるんだぞ。面白いよな。見つかるといいな、その本」

「そうだね」

 私は適当に相槌を打った。

 その昔、本屋が多かったらしいこの町にぴったりな伝説だ。

 しかし、そんな本屋は存在しない。父や祖父は、幼い頃に大きな本屋に迷い込んだのを、伝説と結びつけて覚えているだけだろう。

 仮にそんな魔法の本屋がかつてあったとしても、現代では潰れたに違いない。『本屋』というものがこの社会からなくなって、随分経つ。紙媒体の本は、記念品として売りだされることはあるけど、普通は無い。現代の本は全部、電子書籍だ。書店は歴史上の産物だ。時代によって姿を変える魔法の書店は、時代の流れに抗えず消滅しただろう。

「そろそろ寝るわ。おやすみ。父さんも早く寝るんだよ」

 私はソファから立ち上がった。父はフラフラと手を振り、おやすみと返した。

 父を一階のリビングに残し、私は二階の自分の部屋に戻った。

 ベッドに寝転がり、スマートフォンで深夜ドラマを見る。ドラマを見ながら別のウィンドウを開き、SNSとニュースをチェックする。それから……あのお話を探す。投稿サイトの検索欄に思いつく限りの単語を入力し、出た結果を上から虱潰しにチェックする。

 うん、見つからない。分かってた。

 私の探してるものは見つからないだろう。

 あのお話はネットの小説投稿サイトでたまたま見つけたものだ。

 それも、物語作成AIが作ったやつだ。AIが作った話は、読めなくはないが、今ひとつの出来のものが多い。でも、あのお話は少し奇妙で、独特の表現が心に残った。だけど後から探そうとしても見つからなかった。似たり寄ったりな物語が毎分毎秒、大量に投稿されているのだ。探せるわけがない。砂浜から宝石を探すようなものだ。

 でもなあ、気になるな。諦められない。あのお話をもう一度読みたい。

 題名さえ思い出せればなあ。

『探しているその本、私が見つけてさしあげます! 新月書林』

 検索結果の間に差し込まれたバナー広告。

 いつもならスルーする広告に、目が止まる。

『思いつく単語を検索する日々は終わり! 本を探すなら新月書林』

『実績百パーセント! お探しの物語を確実に見つけます 新月書林』

 何故か、広告バナーが全部、新月書林になっている。

 どこかの会社が、新月書林の伝説を元にして、こんな広告を作ったのだろうか。こうデカデカと表示されると、伝説にあったような神秘性は消え失せ、ただただ不快で下品にしか見えない。

 早く消そう。画面の端にあるバツボタンをタップする。

 すると、すぐにページが遷移し、チャット画面に移った。押し間違えたらしい。

 すかさず、店主、という名のユーザーがメッセージを送ってくる。

『ようこそ、新月書林へ。ここは、あなたのお探しの物語を見つける書店です。お探しの本について教えてください』

 私はすぐに返事を返した。

「小説投稿サイトにあった、AI製小説を探してるけど、見つけられる?」

『もちろんです』

 即座に返信が来た。

『古今東西、全ての物語を探すことができます。お探しの本は何ですか?』

 私は、読んだ小説の情報を入力した。

 チャットAIはすぐに題名を送ってきた。リンクもついている。

 リンクをクリックして出てきた小説は──、ああ、これだ。確かに、私が探していた小説だ。

 良かった、見つかった! これをもう一度読みたかったんだ。

 お礼を言わなければ。

 あれ?

 新月書林のチャットページが真っ白になっている。再読み込みをしても、エラーが出るだけだ。

 それから、どれだけ探しても新月書林のホームページは見つからなかった。



 この話をすると、父は目を輝かせた。あれ以来、毎日スマホを触っている。

「伝説の本屋も、時代に合わせたやり方で営業しているわけか。性根たくましいな。また俺のところにも来ないかなあ」

 父が呟いた独り言に、私は「来ないよ」と返した。

「あのサイトは何かしらのAIの性能をテストするためのページで、検索用のAIだったと思うよ」

「本当に?」

「さあ。機械には詳しくないけど、きっと合理的な説明ができるよ」

「本当にそう思うのか? AIだと? 科学で説明できると?」

 できるよ。

 そう言おうとしたが、声は出なかった。答えられなかった。

 胸の奥で、もう一人の私が囁いている。

 実は本当だったりして。伝説は本物だったりして。

 そう考えてしまうことを止められない。

 あの日、読みたい小説を見つけてもらった時から、ずっとワクワクしている。胸が躍るのを止められない。

「やっぱ、できなくていいかも」

 次にあのページに訪れる時は、いつだろうか。何の本を探してもらうことになるだろうか。何を頼もうか。あと、バナー広告はセンスが悪いことも伝えないと。

 私は今日も、ページをめくる。

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