サンタモニカには鬼が居る。

平木明日香

登場人物①

【ナナ・キャット】


 赤と青のツートンカラーの髪を持ち、元イレイザー(抹殺者)としての経歴を持つ凄腕のガンナー。


 現在はDEA(Devil Enforcement Administration)と呼ばれる悪魔取締局(司法省の犯罪捜査機関)で働いており、元イレイザーとしての腕前をいかんなく発揮している。


 彼女は「鬼」と呼ばれる種族の1人で、子供の頃から“悪魔狩り”と呼ばれる一族の使命を担われ、数百年もの間、戦いの絶えない環境に身を置いてきた。


 サンタモニカに移住してきたのは、つい最近のことだ。


 元々は南イタリア最大の都市・ナポリで暮らしていたが、彼女の友人であるリズと呼ばれる女性が“ある悪魔”に殺害されて以降、その悪魔の行方を追っていた。


 悪魔の正体は、巨大犯罪組織『アンダーテール』の“番人”と呼ばれるナンバーズの1人で、懸賞金600万ドルの大物犯罪者だった。


 ノラ・ネクロフィリア。


 通称、——“ネロ”


 組織から「緑」の戒律(※組織には、死の色を司った「12」の戒律があり、それぞれの戒律を与えられた12人のメンバーたちを“ナンバーズ”と呼んでいる)を与えられている男の行方を追いながら、彼らの拠点があるロサンゼルスへと移住していた。


 DEAに所属したのは、そういった経緯があったためだ。


 全ては、復讐のためだった。



 鬼として生まれ育った彼女は、元々人間のことを毛嫌いしていた。


 彼女が生まれた頃はまだ、鬼と人間との間に種族間の階級差が色濃く残っており、鬼が奴隷のように人間を扱っていた時代だった。


 ナナは“青鬼”と呼ばれる一派の元に生まれ、彼らの教えを一身に受け、種族としての気高さや価値を学んできた。


 彼女にとって人間は「敵」であり、種族の繁栄を促すための「贄」だったのだ。


 人間は鬼の社会にとっての“道具”でしかなかった。


 だからこそ、人間という存在を好きになることも、親しみを持つこともなかった。


 彼女自身が、元々“人間”であったにも関わらず。



 自らが鬼の血を分け与えられたものであること、家族を鬼に殺されたこと、それらの“事実”を知ったのは、彼女が生まれてしばらく経ってからのことだった。


 時代は流れ、世の中は大きな変動を迎えていた。


 “人間と共存すること”


 そういった考えが鬼の間に浸透してきたのは、西暦395年に古代ローマ帝国が東西に分裂した後、5世紀後半以降のことだった。


 5世紀初め、人間たちの反旗に晒された西ローマ帝国は、急速に統治能力を失い、数多の軍勢を率いていた「赤鬼」と呼ばれる鬼たちが皇帝を退位させたことによって、形式的にも滅亡を迎えた。


 「古代ローマ帝国」の崩壊である。



 「人間」という種族としての主権と自由を与えるべく、当時の帝国を築いていた鬼たちとは反対側の考えを持つものたちがいた。


 それが、「赤鬼」と呼ばれる鬼たちだった。



 彼らは帝国が築かれる以前は青鬼たちと同じ考えを持っていたが、時が流れるにつれ、少しずつその考え方が変わっていった。


 人間には人間の暮らしがあり、自由に生きるための権利があるのではないか?と考えるようになった。


 長い時間をかけ、反帝国軍を築き上げた赤鬼の軍事力は、世界を支配していた帝国を脅かすほどの存在に成長していった。


 帝国の凋落は、“人間の歴史の始まり”でもあった。


 ナナは、その時代の流れの中に生きてきた鬼の1人でもあった。



 彼女の人間に対する考えは、しばらく変わることはなかった。


 人間は敵であると教えられてきた身としては、彼らを“平等な存在”とみなすことは難しく、赤鬼たちのような人道的な考えを持つことはできなかった。


 鬼に家族を殺されたこと、元々は人間だったこと、そのような事情を加味したとしても、自らの心に根付いていた価値観を180度変えることは並大抵のことではなかった。


 そんな彼女の考えが少しずつ変わるようになったのは、ある“赤鬼”との出会いがきっかけである。


 彼女はその鬼と苦楽をともにし、人間たちが自由に生きていく時代を共に過ごした。


 生まれつき青色だった髪を半分赤色に変えたのは、彼女のように生きようと決めたからだった。



 人間とともに、同じ空の下を生きていく。



 いつしかそう志すようになったのは、第二次世界大戦が終わって間もなくの頃だった。


 世界各地ではいまだ戦争が絶えない地区もあるが、数世紀も前の世界に比べれば、人々が平和に暮らせる時代が少しずつ近づいてきていた。



 ナナにとっての「赤」は、自由の象徴だった。


 そして「青」は、一族としての“誇り”。



 相反する2つのを胸に抱きながら、ナナは墓前に誓っていた。


 ナナに教えを説いた赤鬼は、奇しくも人間に殺されていた。


 それでも、彼女は死の間際、ナナに言ったのだった。


 鬼も人も、いつか分かり合える日が来る。


 いつか、全てのものが、静かな安らぎと未来を描ける時代が来る、——と。



 21世紀、初頭。



 青と赤の2つの「色」を併せ持つ彼女は、“悪魔”と呼ばれる異形の怪物たちと対峙するべく、今日も戦う。

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