この二つのお話、面白く調理してください

佐々木キャロット

つないだ手

※ゆかり様の「つないだ手」のリメイク作品です。


「はなしてっ! は、な、し、てっ!」

 航太が繋いだ手を離せと暴れる。でも、離すわけにはいかない。離したが最後、一目散に駆け出して、あっという間に姿が見えなくなってしまう。数日前もこのスーパーで迷子になったばかりだ。何事もなく見つかったからいいものの、誘拐や事故に遭っていたらと思うとゾッとする。もしも、航太が死んでしまったらきっと私は生きていけない。どんなに航太が嫌がろうと、この手を離すわけにはいかないのだ。

 航太は他の子に比べて少し好奇心が旺盛なようだ。気になるものを見つけると直ぐに走り出してしまう。周りの子たちが大人しく買い物カートに乗っているのを見ると羨ましくなる。座ってくれないのだから仕方がない。それが航太の個性であり、いいところでもあると、自分に言い聞かせて納得している。去年までは手を離されると怖がって泣いていたくせに、どうしてこうもやんちゃになってしまったのだろう。それが元気な証拠だと純粋に喜べない自分が嫌になる。

 航太が生まれる前は、子育てがこんなに大変なことだと正直思っていなかった。子供は好きだし、面倒見もいい方だから何とかなると高をくくっていた。一緒に買い物に行ったり、遊園地に遊びに行ったり、わが子との生活を楽しみにしていた。でも、実際はどうだ。常に気を張って航太を監視し、隙間をぬって家事をして、休日に遊びに行く元気なんてありもしない。どうしても楽しさよりも疲れが上回ってしまう。

 それでも航太の成長を感じると嬉しくはある。背が伸びたり、力が強くなったり、泣かなくなったり。どんなに子育てが大変で辛くても、航太が大切なことに変わりはない。航太が元気で健康に生きてくれることが私の望みだ。だからこそ、この手を離すことはできない。私は暴れる航太の手をもう一度強く握りなおした。


「かあさん。そこ、段差があるよ」

隣を見ると航太の笑い顔があった。大きくなったその身体で頼りない私を支えている。

「ほら。危ないから、しっかり、手、握っててよ」

もう、立派になっちゃって。好き勝手に走り回っていたのが懐かしい。あの頃の辛さも今となってはいい思い出になってしまった。

私は航太の手を優しく握り返した。

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