#ご飯

「ただいまー。わー、ユキただいまー」


庭からそんな声が聞こえてくる。


何事かと思ってロトを見れば、ロトは苦笑して窓に近寄った。


「おかえり、スク。ご飯できたところ」

「本当? やったあ!」


スク、という名前に合点がいった。


目が覚めたときに元気に話しかけてきたあの人だ。


近くにいた鹿野と松原は目を細めている。


スクのことは知らないはずだ。


庭から直接家に入ってきたスクは、鹿野と松原を見て少し動きを止めた。


スクは黒いマントを羽織っていた。


「わあ、目が覚めたの! 大丈夫だった?」

「スク、早く着替えてきなよ。そのままご飯食べるの?」


呆れたようにロトが声をかければ、スクは「はーい」と家の奥に駆けていく。


その後ろをユキもついていった。


「あれ、誰ですか?」


鹿野がロトに問いかける。


やっと、二人ともこの世界に少し慣れてきたところだった。


「スク。一緒に住んでるの」


へえ、と松原が目を丸くする。


「一人じゃなかったんだ」

「うん。スクは学園に行ってたからね。そろそろ帰ってくるんじゃないかと思ってたの」


壁にかかっている時計らしきものをロトが見上げる。


自分が知っている時計とはまるで違って、どう読むのかがさっぱり分からない。


「ご飯、わけよっか。シカ、お皿取ってくれる?」

「はい」


元々は二人暮らしのはずなのに、ちゃんとお皿は五つある。


ロトが魔法で創り出しているのを、藤田は見ていた。


この世界は不思議なものだ。


魔法を使えば速いだろうに、ロトは自分の手でご飯を作り、それを皿に分けている。


ご飯と野菜スープ、それに魚らしきものが並び、地球と似たような食べ物があることを知った。


スクがバタバタと走ってくる音が聞こえる。


リビングに顔を見せたスクは、ロトと同じような、自分たちの惑星にもあった服を着ていた。


藤田たちも地球にいた頃はよく着ていた服だ。


ユキも一緒に戻ってきて、スクの足元をぐるぐる回っている。


「ユキ、ご飯にしようね。ちょっと待ってね」


棚の前に立っていた松原を「ごめん」と押しのけ、ユキのエサらしきものを取り出したスク。


皿を取り出してその中にエサを入れ、しゃがんでユキの前にその皿を置く。


ユキはその間、じっと座っていた。


「いいよ」


そうスクが言うと同時に、がつがつと食べ始めたユキ。


一連の流れをずっと見ていた松原が、へえと目を丸くした。


賢い子だ。


ロトは机の上に皿を並べて、どこからか椅子を持ってきた。


机も大きくなっているような気がする。


「フジ、マツ、シカ。好きなところ座っていいよ」


ロトに言われ、戸惑いながら席に着く松原と鹿野。


藤田も、余った席から適当に選んで座った。


「あ、ロトちゃん。今日ね、カケ先生の授業があったの」


ユキの頭を撫でながら、ロトを振り返ったスク。


「カケ先生? 何かあったの?」

「うん。カケ先生って、調合薬学の授業をしてるじゃん?」


それで、スクが何を言いたいのかロトは察したらしい。


苦い顔をして、さっさと席に着く。


鹿野と松原は不思議そうな顔をしている。


二人が言う「学園」のことは、藤田も知らない。


立ち上がったスクも、空いていた席に座った。


「学生が水魔法をうまく扱えないから、調合薬学も話にならないって言ってたよ。学生は悪くない、悪いのはロト先生だって」

「だよね」


はあ、とため息をついているところ、ロトも大変らしい。


ロトがご飯を食べ始めたのを見て、鹿野と松原も食べ始める。


自分たちの惑星と同じように、ロトは箸を使って食べていた。


「みんなもロトちゃんのこと悪く言うんだよ。開講するって言ってたのに、また急に休講にするから」

「うん、最初の授業はいろんなところから怒られそう……やだなあ、学園行きたくないなあ」


ご飯を片手に持ち、遠い目をしているロト。


「そんなこと言ったって、学園には行かなきゃダメだよ。先生なのに」


スクは肩をすくめて、ご飯を食べ始める。


「ロトって、学校の先生なんですか?」


鹿野が気になったのか、ロトに問いかけた。


「ん? 学校じゃなくて、学園だよ」


鹿野を見たロト。


ロトは不思議そうに首を傾げている。


「学園、ですか」

「うん。スクも学園の学生だよ。まあ、学校の方に通う子どももいるけど」


学校というものも存在しているが、どうやら別物らしい。


「ロトちゃんはね、学園でも偉い先生なんだよ。有名な先生なの」

「え、そうなの?」


初耳だ。


藤田もさすがに驚く。


苦笑したロトは、黙ってスープを飲んだ。


「有名って、講義をサボるからでしょ」

「いや、それもあるけど。ロトちゃん、すごい研究者じゃん」


研究者という単語に鹿野と松原の耳が動いた。


やはり、その単語は皆気になるらしい。


「ロト、研究者なの?」


松原の言葉に、不思議そうにロトはスクと顔を見合わせた。



後片付けは、ロトの魔法によって行われていた。


宙を飛んでいく皿たちを、興味深そうに眺めている鹿野。


自分たちにとってみれば当たり前の光景だが、そうではないらしい。


「三人は研究者だったの?」


じゃれついてくるユキをスクに渡して、ロトは藤田を見る。


「そう。地球っていう惑星の出身なんだけど」

「チキュウ……?」


聞き慣れない言葉に、ロトはスクと顔を見合わせる。


どこにあるのかも分からない惑星だ。


本当に、全く知らない場所からやってきた人たちらしい。


「さっきも言ったけど、ここはソルセルリーって惑星なの。魔法の惑星。僕もスクも、魔法を使って生活してる」


皿を眺めていた鹿野が苦笑する。


「私が目が覚ましてから、何回もその魔法ってものを使ってますよね。私からしたらものすごく気になる現象ですよ」


確かに、鹿野はずっといろんなものを不思議そうに眺めている。


首を傾げたスク。


「そんなに不思議なの?」

「はい。どうやって皿を浮かせてるのか、とか」

「それは魔力だよ」


当然のように言うスクを見て、ロトは苦笑する。


「魔力がわからないからシカは不思議がってるんでしょ。シカも、フジも、マツも、みんな魔力を持ってないみたいだし」

「そっか」


残念そうにするスク。


そんなスクの顔を、ユキは慰めるように舐めている。


「分からないかもしれないけど、私たちの専門を教えておきます。藤田、位置天文学が専門です」

「鹿野、重力波天文学が専門です」

「俺、松原は宇宙医学の専門です」


紹介されたが、本当に何ひとつ分からない。


聞いたことのない単語の並びに、思わずスクと顔を見合わせてしまった。


「ロトは何の専門なの?」


藤田に聞かれ、首を傾げながらロトは答える。


「専門がなにかって言われたら困るけど、学園では水魔法学の授業を担当してるよ」

「ロトちゃんが水魔法学の最高責任者なの」


補足したスクを、じとっとした目で見るロト。


「余計なこと言わなくていいの」

「ごめんなさーい」


スクはえへへ、と笑い、反省している様子はない。


はあ、とため息をついたロト。


「スクがさっき言ってた偉い先生って、そういうこと?」


松原が首を傾げている。


本当に、言わなくていいことを言ってくれたものだ。


ロトは苦笑する。


「まあ、そういうこと。僕の師匠の先生が引退したから、その後を引き継いだの」


誇らしげに胸を張るスク。


「そのロトちゃんの弟子が俺なの!」

「だから、住みついてるだけでしょ」


えー、とふてくされているスクを見て、鹿野がふふと笑った。


あれ、とスクが目を丸くする。


それだけで済んだら良かったのだが、椅子から立ち上がって机に身を乗り出した。


慌ててスクの膝から飛び降りたユキ。


「シカ、笑うとかわいいじゃん! ずっとなんか難しそうな顔したり、不思議そうな顔をしてたから……イテッ」


片付けていたコップを一つ、スクの頭に当てる。


頭を押さえて、すごすごと椅子に戻ったスク。


「やめなさい。シカも困るでしょ」


ロトが呆れた顔をすると、藤田と松原もくすくす笑い始める。


鹿野は目を丸くしていたが、またふふ、と笑った。


「ほら、フジとマツにも笑われてるよ」

「ごめん……」


しゅんとしたスク。


スクの膝の上から追われたユキが、今度はロトの膝の上に乗ってくる。


「スクは何の勉強をしてるの?」


藤田に聞かれて、また元気になったロト。


「今はね、土魔法学と薬学の勉強してるんだ! あとはね、生活魔法もやってるの」


へえ……と感心している三人を見て、苦笑いをしたロト。


「土魔法学は去年取れなかったからやってるんでしょ」

「ちょっ、言わないでよロトちゃん!」


途端に焦り始めたスクを見て、ユキがひとつ吠える。


「ほら、ユキもちゃんと勉強しろって」

「してるもん……水魔法学は学年トップだったもん……」


いじけているスクに、ロトは顔をしかめる。


「それは僕が教えてあげたからでしょ? 飛行術学も、僕が教えたから成績がよかっただけなんじゃ」


今度は口を尖らせて、ケチ! と叫んでいる。


「土魔法学もロトちゃんが教えてくれたらよかったのに!」

「全部僕に頼ろうとしないでよ」


藤田と鹿野と松原が三人で顔を見合わせて、苦笑しているのが見えた。


「わかった。魔法陣の描き方だけ教えてくれない?」

「……はいはい、魔法陣ね。わかったよ」


肩をすくめたロトを見て、やったあ! と喜ぶスク。


遊んでくれると勘違いしたのか、そんなスクにユキが飛びついた。

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