アラニュエの森
あわふじ
#宇宙船エクリプス152便
「先生、前方に強い重力反応……ブラックホールが!」
「ブラックホール?」
宇宙船の操縦をしていた船員から声をかけられて、慌てて窓から外を確認した。
宇宙空間にぽっかり開いた大きな黒い穴。
その全貌が見えるわけではなく、すでに窓の外は星も何も見えない暗闇だ。
これはまずい。
「
「ダメです、舵が効きません。緊急退避機能も……作動しません。
返事を聞いて、藤田は愕然とした。
緊急退避機能が作動しないとなると、ブラックホールから引き返すことができない。
船員の一人は緊急信号を送っているが、もう間に合わないだろう。
宇宙船に備えつけられている機器類が警告を発し始めた。
「覚悟を決めるしかない。
ぱっと振り返って藤田の顔を見た鹿野。
不安そうな顔をしている。
「そんな顔をしたって、どうしようもないだろ」
悔しそうな顔を一つして、藤田はもう一度窓の外を見る。
「どうなるんでしょう」
「ブラックホールに入って戻ってきた人は今までにいないから……分からない。外ではとんでもなく長い時間が過ぎているんだろうってことしか」
船員同士の会話を聞きながら、ブラックホールを忌々しげに眺めた。
それにしても、こんな場所にブラックホールがあるなど報告されていたか?
気づかないうちに事象の地平面を超えてしまうほど接近していたとは思えない。
ブラックホールの存在に気づくのも、機器類が警告を発するのもあまりにも遅すぎる。
くるりと椅子を回転させて、鹿野は立ち上がった。
「通信を送っていましたが、エラーが出るようになりました。最後の通信も届くかどうか」
「さすが光をも飲み込むブラックホール、といったところだね」
「ですね」
松原は唇を噛んで操縦桿から手を離した。
「すみません、藤田先生」
「こうなったら仕方ないよ。できることをするしかない」
宇宙船の機器のメーターを確認しに向かい、記録を取る藤田。
このメーターもいつまで正常な値を示すかは分からない。
すでに複数のメーターで異常な数字が出ていた。
「重力波異常ですか? 相当な重力がかかってるはずですよね」
メーターを横から覗き込んだ鹿野が、藤田の顔を見る。
「そうだね。この船もいつまで持つかな」
宇宙船が軋む音が聞こえていて、かなり怖い。
ある程度の強重力には耐えるつくりになっているはずだが、ブラックホールはさすがに想定外だ。
船内の設備にはまだ影響が出ていないが、時間の問題だろう。
松原もメーターを覗き込む。
「あれ? メーターの数字がこんなにおかしいのに、警告が出たのは俺が気づいた後だったの?」
どうやら、同じことが気になったらしい。
鹿野も頷く。
「みたいですね。これだけおかしな数値になってるのに警告が出ないのは変です。故障も特になかったはずだし」
藤田は壁にかかっている図を眺める。
現時点で分かっている、宇宙図だ。
「それに、こんなところにブラックホールがあるなんて、今までの報告でも聞いたことがない。電波基地もある区域なのに」
「進んできた航路をたどるに、ブラックホールがあったのは恐らくここ」と指をさす。
鹿野と松原も宇宙図を見る。
近くには人が住んでいる惑星もある。
ブラックホールがあるなら、そもそもこの惑星にも人は住まないし電波基地を立てることもない。
そのくらい、ブラックホールは危険な存在で近寄ろうとは思わない天体だ。
ブラックホールの周辺は重力が強くなるため、遠くからでも存在を認知するのは簡単なはずなのに。
「なんらかの理由でこのブラックホールが今まで確認できなかった……ということでは説明できませんよね」
「そうだね。ブラックホールになりそうな質量が大きな星も周辺にない。これは何だろう」
黙り込んでいた鹿野がぽつりと呟いた。
「もしかして、ワームホールなんじゃ」
ワームホール。
見た目はブラックホールととてもよく似ていて、見ただけで区別するのは難しいと言われているもの。
「ワームホールの実例は今のところまだ確認されてないけど、まさかこれがそうだと言うの?」
「可能性はあると思いませんか? 突然発生したブラックホールより、突然発生したワームホールの方がまだ信じられます」
それは、と口ごもった藤田。
松原も黙り込んでしまった。
遠く離れた別の場所へ移動することができると言われているワームホール。
時空を超えた存在であり、光の速度を超えて移動することができる。
ただ、それと同時にとんでもなく強い重力もかかると言われており、その重力に耐えうるだろう宇宙船は開発されていない。
入ってしまったら最後、船どころか人も粉々になってしまう上に、外からはそれを観測することもできない。
「……これがワームホールだとしたら、どこかに繋がっているんですかね」
松原は宇宙図を眺めている。
ブラックホールにしろワームホールにしろ、入り込んでしまった時点で死を覚悟するしかない。
どこかに繋がっていたとしても、自分たちがそれを知ることはないだろう。
三人とも、それは理解していた。
「せっかくなら地球とよく似た星にたどり着きたいものですね」
「そうだね。せっかくなら」
地球を離れてからかなりの年月が経った。
夢を見るなら、もう一度あの青い星に。
大きく揺れて軋む宇宙船の中で、そう願った。
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