197 第一計画
「おらぁ!」
俺はクロードに斬りかかった。
真正面から、剥き出しになっている頭を狙う。
「
もちろんあっさり防がれた。
それどころか、フリーの手に持っている刀剣の切っ先を俺の脇腹にちらつかせて、「いつでも殺せるぞ」と暗にアピールしてきやがった。
もしも〈無敵〉が発動していなかったら今ごろは死んでいただろう。
「ひぃいいいはぁあああああああ!」
美咲が側面からクロードを襲う。
フライパンを振り回して頭を狙う――が、身長が足りなくて届かない。
クロードが2メートル級の大柄なのに対し、彼女は145cmすらなかった。
そのせいか、クロードは美咲のことを完全に無視していた。
手を一つ使って彼女の頭を押さえているだけだ。
その手をフライパンで叩かれようが気にも留めていない。
「風斗と美咲だけじゃないっすよー! いっけぇー! タロウ!」
「ブゥウウウウウウウウウ!」
タロウが体あたりを仕掛ける。
さすがにこれは危険と判断したのか、クロードは防御した。
10本の腕を使って受け止めたのだ。
「これでは死んだ負け犬のほうがよほど強かったな」
「栗原は負け犬なんかじゃねぇ!」
「奴を負け犬に仕立てた張本人がよくも言えたものだ」
笑いながら俺の攻撃を塞ぐクロード。
「漆田風斗、俺はお前のことを過大評価していたようだ」
「何がだ?」
「俺がお前なら銃による殺害を試みる」
クロードの視線が船の甲板に向かう。
そこには自動小銃をザコにぶっ放す琴子の姿があった。
少し離れた場所から由香里も矢を放っている。
麻衣と里奈は船内に隠れたままだ。
今はまだ姿を晒すわけにはいかない。
「だからお前はバカなんだよ、クロード」
「俺がバカだと?」
クロードの顔が歪む。
思ったよりも傷ついたようだ。
「そうだ。何故か分かるか?」
「…………」
クロードは何も言わない。
考え込んでいるのだろうか。ありがたい限りだ。
(分からないだろうな、奴に正解は)
普通に考えたら銃で仕掛けるほうがいい。
それをしなかったのは、俺たちの目的が足止めだからだ。
奴をできるだけこの場に引き留める。
近接戦であれば、今のように鍔迫り合いからの会話も可能だ。
しかし、銃を使うとこうはいかない。
向こうも遠距離戦を仕掛けてくる可能性があった。
そうなると最悪だ。
下手すると船にも被害が及び、最悪の場合は沈没しかねない。
「ぬっ?」
突然、クロードの顔付きが変わった。
何やらハッとした様子。
「ふふ、ふふふふふ」
唐突にニヤけるクロード。
「何を笑っている?」
「自身を囮にして仲間を逃がそうという魂胆だったか」
「は?」
何を言っているのか分からない。
「とぼけても無駄だ。ポータルを使ったな?」
「――!」
何か思い違いをしながらも、クロードはポータルに気づいた。
「やはり貴様のことを過大評価していたようだ、漆田風斗」
クロードの背後に黒いモヤモヤの塊が現れる。
ポータルだ。
「アリィが使える能力を俺が使えないとでも思ったか?」
「…………」
何も言えない。
口を開くと墓穴を掘りそうだから。
「いい機会だから教えてやろう。ポータルは通れる者を選別できる」
「なに!?」
それは知らない情報だった。
「アリィのポータルと違い、俺のポータルは俺しか通れない。そして、このポータルはアリィの作ったポータルのすぐ傍に繋がっている」
「…………」
俺が無言でいると、クロードは勝手に続きを話した。
「今からこのポータルでお前の仲間たちのもとへ行って一人ずつ殺してやる。止めたければ船まで戻ってポータルを通ることだな。もっとも、お前の脚力ではどれだけ頑張ったところで間に合うことはない」
クロードは下卑た笑い声を響かせながらポータルの中に消えていった。
その途端、周囲のザコが俺たちに突っ込んでくる。
「ふぅ」
俺は大きく息を吐き、ザコを処理していく。
それから空を眺めて呟いた。
「あとは頼むぞ、手島」
こちらの首尾は上々だ。
想定したより長い時間の足止めに成功した。
手島のチームが上手くやれば、この計画は成就するはずだ。
★★★★★
風斗たちが突撃を仕掛けた頃――。
「たしかにウチの研究所そのものだな」
――手島はポータルを通り、手島重工の研究所に移動していた。
武藤、重村、涼子、彩音、ジロウも一緒だ。
「研究所というより工場みたいね」と彩音。
涼子が「うむ!」と頷く。
所内は広大で、大小様々な機械が設置されている。
「バルゴリウムはありそうか?」
武藤が尋ねると、手島は首を振った。
「生成済みのものはない……が、生成はできそうだ」
手島が近くのパソコンを操作。
すると、研究所内の全機械が一斉に起動した。
「わお!? 変な腕が走り出した!」
びっくりして飛び跳ねる涼子。
それを見た手島は、微かに口角を上げた。
「弊社の代表製品でもある自走式のロボットアームだ。最先端のAIを搭載しているからそこらの人間よりも優秀だぞ」
大量のロボットアームが凄まじい勢いで作業を進める。
猛スピードで駆け回っているのに、何かにぶつかるようなヘマはしない。
「それで手島さん、バルゴリウムの生成はどのくらいで終わるのかしら?」
彩音が尋ねる。
「生成自体は1分足らずで済むが、機械の立ち上げに少々の時間を要する。この点機械は起動してすぐに使えるものではないからな。全て込みだと10分くらいか」
「10分……あまりにも長いわね」
「現代の技術力ではそれが限界だ」
〈無敵Lv.3〉の効果時間は3分。
それが風斗チームの足止めできる最大時間でもある。
「手島さん、いくつかの作業を飛ばして短縮したらどう? ダブルチェックとか、そういうの安全配慮系のやつをさ」
重村が提案する。
「そうしよう」
手島は素直に聞き入れ、目にも留まらぬ速さでキーボードに入力。
独り言をブツブツと呟きながら。
「これで大幅な短縮が見込める」
「最終的にどのくらいで完成するんだ?」
今度は武藤が尋ねる。
「あと2分30秒ほどか」
「だいぶ頑張ったな」
「その代わり品質は保証できないがな」
一同はバルゴリウムが完成するのを待つ。
「待っている間、私たちは何をすればいいかな?」
「何も。俺を含め全員がこの場に待機だ。じきにロボットアームが完成したバルゴリウムを運んでくる。誰か一人がそれを持って船に戻ることができればゲートを生成できる」
ゲートの生成器は船内に残してきた。
生成器の操作自体は簡単なので誰にでもできる。
そのため、ここで手島が死んでも生成可能だ。
手島の案である。
「お、きたぞ」
一台のロボットアームが手島たちのもとに向かってくる。
手には蓋付きの試験管を持っていた。
中は空に見えるが、目を凝らすと青白い気体が入っている。
バルゴリウムだ。
「ひょっとすると第一計画が成功するかもしれぬな!」
涼子が声を弾ませる。
「漆田君の足止めが奏功しているようね」
「やはり大した男だ」
手島も安堵の笑みを浮かべる。
が、その時だった。
「「「――!」」」
ロボットアームと手島たちの間に黒いモヤモヤが出現。
クロードの生成したポータルだ。
「自らを囮にして仲間を逃がすつもりかと思ったが――」
ポータルからクロードが現れる。
ロボットアームは何食わぬ様子でその横を通り抜けていく。
しかし、次の瞬間にはクロードに斬り捨てられていた。
「――まさかネズミが紛れ込んでいたとはな」
ゲートを生成して日本に帰還するという、彼らの第一計画が失敗した。
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