162 栗原
栗原を見て最初に思ったのは「まずい」だ。
ここには防壁や武器がなく、抑止力となる警察や法律もない。
栗原を止められるものは何もなかった。
(いざとなればタロウとジロウに戦ってもらうしかないが……)
威圧感の欠片もないファイティングポーズをとりながら考える。
それに対して栗原は――。
「「「えっ」」」
全員の口から驚きの声が漏れる。
近くを歩いていた他の連中もびっくりして固まっていた。
なんと、栗原が俺たちに向かって頭を下げたのだ。
それも深々と。
「漆田、お前にしたことを心から申し訳ないと思っている。だが、許してくれとは言わない。決して許されるようなことではないし、どれだけ言っても信じてもらえないだろう」
頭を下げたまま話し始める栗原。
俺たちは何も言わずに聞くことしかできなかった。
予想外の行動に驚きすぎて体が動かないのだ。
「だから行動で示させてほしい。俺の誠意や謝意といったものを。必要以上に近づくことはないと約束する。だからお前や美咲ちゃん、それに他のメンバーのことを守らせてくれ」
栗原の申し出は前に会った時と大差ない。
自分の愚行を謝り、そして仲間にしてほしいと言っている。
「そんなの無理に決まっているじゃないっすか!」
「同感。信じられないし、近くにいてほしくない」
燈花と由香里が真っ先に反対する。
「栗原……」
涼子は複雑な表情をしている。
彼女は栗原の数少ない友人なのだ。
俺たちの仲間になった時も、栗原のことを気にかけていた。
「栗原君……」
美咲は困惑していた。
どちらかといえば、燈花や由香里に近い印象を抱いていそうだ。
「私も近くにいられるのは怖いので反対ですかな!?」
琴子は表情こそ普通だが、意見は燈花たちと同じだ。
「反対されるのは分かっている。でも、俺は本当に変わったんだ。あのあと、島の隅で誰とも話さず過ごすことで、自分のしてきたことを振り返り、悔やみ、反省したんだ」
言葉を選ぶように、丁寧に話す栗原。
あのあとというのは、ずぶ濡れで俺たちの拠点に来たあとだろう。
当時は俺を殺し、女性陣も犯した後で殺すと喚いていた。
俺たちが拠点を引っ越すきっかけになった出来事だからよく覚えている。
「何を言ったって――」
「待て、燈花」
俺は手を伸ばして燈花を制止した。
「栗原、本当に変わったんだな?」
「ああ、変わった。今度は嘘じゃない。本気だ」
「そう言われても信じるのは難しいが――」
俺は言葉を句切り、一呼吸置いてから言った。
「――
「本当か漆田!?」
顔を上げる栗原。
「正気っすか風斗!?」
「なに考えているの風斗」
誰もが驚いて目をパチパチさせている。
「本当だし正気だ。ただ、信じ切れない以上、同行させるのには不安がつきまとう。だから、お前自身も言っていたが、必要以上には近づかないでくれ。それが条件だ」
「ああ、もちろん、もちろんだとも!」
栗原が「ありがとう」と再び頭を下げる。
その姿だけ見ると反省しているように感じるが信用できない。
現時点では半信半疑どころか二信八疑といったところだ。
なのに同行を認めたのは、それが最も安全だと思ったから。
防壁のないここでは、栗原を止めるのが難しい。
だから「ふざけるな」とキレて敵に回すのは避けたかった。
栗原に襲われたら、どう転んでも面倒くさい事態になる。
贖罪の機会を与えたのは、そうした打算的な考えからだ。
「栗原、君が悪の道から戻ってきたと、更生したんだと、お姉さんは信じているからな!」
涼子がグッと右の親指を立ててウインクする。
「期待は裏切らない! 絶対だ!」
栗原は力強い口調で答える。
こうして、俺たちのグループに栗原が加わった。
◇
栗原の件が落ち着くと、俺たちは探索を開始した。
学校内を軽く回ってから駐車場へ。
「あっ! 私の車がありますよ!」
深紅のSUVに声を弾ませる美咲。
この学校の生徒なら誰でも知っている彼女の愛車だ。
「乗れるっすか?」
「鍵を持っていないので無理だと思いますが……」
と言いつつ、SUVのドアに触れる美咲。
すると、ドアはあっさり開いた。
鍵がかかっていなかったのだ。
美咲は何食わぬ顔で運転席に座った。
さらにシートベルトを締めて運転を始めようとしている。
「美咲、ドライブっすか!?」
「あっ……!」
美咲は顔を赤らめ恥ずかしそうにペコリ。
つい癖で運転を始めようとしてしまったらしい。
「あれ?」
今度は何やら首を傾げている。
「どうかしたのか?」
俺は運転席の傍に近づいた。
「見てください」
美咲はハンドルの傍にあるボタンを指した。
まさかのカタカナで「エンジン」と書いてある。
「私の車と違います、この部分」
「そうなのか?」
「キーレス車ではあるのですが、スマートキーではないので」
車に疎い俺には何を言っているのかよく分からない。
だから「は、はぁ」という気の抜けた返事しかできなかった。
ブロロォン……!
美咲がエンジンボタンを押すと、車が唸り声を上げた。
「このエンジン音は私の車そのものです!」
「するとエンジンボタン以外は美咲の車と同じってことか」
「運転性能は不明ですが、その他の点はそうなります。内装も私の車に間違いありません」
「ふむ」
「風斗さん風斗さん!」
琴子が呼んできた。
声のするほうに振り向くと、彼女は別の車に乗っていた。
運転席に座ってハンドルの傍を指している。
覗き込むと――。
「美咲の車と同じエンジンボタンじゃねぇか」
「どの車もこのボタンでエンジンをかけるみたいですとも!」
「そこらに止まっている車は鍵がなくても乗れるわけか」
「そうなりますかな!」
念のため確かめてみたが、他の車も全て同じだった。
ドアの鍵はかかっておらず、ボタンを押すことでエンジンがかかる。
オンボロの軽トラックですらエンジンボタンを搭載していた。
「車が使えるなら広範囲の探索ができそうだな」
俺たちはスクールバスで遠くまで行くことにした。
バスならタロウやウシ君も乗れる。窮屈だが。
「漆田、俺も乗っていいのか?」
バスへの搭乗を進めていると栗原が尋ねてきた。
「今は準備期間だから守ってもらう必要はない。別々に行動しよう」
「そうか……」
悲しそうな顔をする栗原。
食い下がるかと思いきや、あっさり引き下がった。
美咲が運転席のレバーを操作してドアを閉めようとする。
だがその時、「待て待てぃ!」と涼子が止めた。
「漆田少年、栗原も乗せてやってもらえないか」
「準備期間は安全だし一緒に行動する必要はないと思うが?」
「いやいや、分からぬぞ? もしかしたら敵が出るやもしれん!」
「わざわざ準備期間を設けているのにそれはないだろう」
「そう言わずにお姉さんの顔を立てて頼むよ!」
「涼子がそう言うなら仕方ないな」
俺は譲歩した。
それに対して他の女性から不満は出ない。
「感謝するよ少年!」
「ありがとう、漆田、小野崎」
涼子は嬉しそうに「いぇあ!」と笑った。
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