145 鍾乳洞ブースト

 俺は地図タブレットを操作し、目的の場所を指した。

 そこに表示されている名前を口にする。


「鍾乳洞だ」


 この場から南南西、島全体でいえば南西のエリアに鍾乳洞がある。

 地図タブレットによると、それなりの規模を誇るようだ。


「鍾乳洞かー! たしかに涼しそう!」と麻衣。


「でもコウモリがいるみたいっすよ! 他にもムカデとかいるって!」


「問題ないだろう。利用するのは測定時だけだ」


 大きな洞窟の内部は気温が安定している。

 往々にして夏は涼しく冬は暖かいものだ。


「涼しい鍾乳洞で過ごしてスコアをブーストするわけかー」


「その通り。洞窟内の気温にもよるが、悪くないアイデアだと思うぜ」


「私は賛成! 海で泳ぐより負担が少なそうだし!」


「ついでに宝箱も回収できるのでいいと思います」


 美咲は鍾乳洞へ向かう道中にある宝箱のアイコンを指した。


「とくに異論がなければ今から向かおうと思うがどうかな?」


「さっきも言ったけど私は賛成!」


 麻衣の言葉を皮切りに他の女性陣も賛成票を投じる。

 ヘルススコアをブーストするため、俺達は鍾乳洞を目指すことにした。


 ◇


 朝から昼に向かって時間が過ぎていく。

 気温は既に正午のような暑さで、その上、湿度も高い。

 低品質の靴による長距離移動も相まって全員のスコアが暴落中だ。


 もちろんこの展開は織り込み済み。

 鍾乳洞で涼めばスコアが爆上がりすると睨んでいる。

 もしも読みが外れたら総合1位は絶望的になるだろう。

 大きな賭けだ。


「あったぞ、あれだ」


 緑とは無縁の枯れ果てた大地で宝箱を発見した。


「今回のお宝は何っすかねー!」


「きっとすごいものですとも!」


 琴子は駆け寄り、ウキウキした様子で箱を開けた。


「これは……折りたたみ式のナイフか?」


 同じ物が3つ入っていたので1つ手に取ってみる。


「ナイフじゃないな、ノコギリだ」


 コンパクトな片刃の代物。

 小さめなので太い木を切るのは辛そうだ。


「ノコギリって当たりじゃない?」と麻衣。


「俺もそう思う。宝箱に入っているだけのことはある」


 前回は空のペットボトルで、今回は折りたたみ式ノコギリ。

 どうやら宝箱の中には生活を便利にする道具が入っているようだ。


「いつか残り2つの宝箱も取りに行きたいっすねー」


「たぶん行かないと思うけどな」


「えー、どうしてっすか?」


「場所が悪い。どちらも危険な獣の縄張りがある」


「あーそれもそうっすね!」


 回収したノコギリをリュックに入れる。

 喉の渇きを潤したら移動再開だ。


 ◇


 11時45分。

 何度目かの休憩を経て、俺達は鍾乳洞に到着した。


「地図で見たよりもデカいな」


 想像以上の大きさだ。

 内部の広さは外見の大きさに比例している。

 地図タブレットによれば迷宮のように入り組んでいた。


「あと10分ちょっとあるけど中に入る?」


 麻衣が尋ねてきた。

 俺は「いや」と首を振る。


「ギリギリに入ろう。最大級の感動をもってスコアをブーストさせたい」


「了解!」


「ということで11時57分まで休憩だ。俺は地図タブを見ながら測定後の行動を考えるから、皆は自由に過ごしてくれ」


「お姉さんは皆をお守りしよう!」


 涼子は木の槍を持って仁王立ち。


「私も害獣に備えておく」と由香里。


 他は地面に腰を下ろして水分補給。


(仮に鍾乳洞でスコアをブーストできたとしても、次の測定では総合1位に踊りでることはできないだろうな)


 現在、俺達の総合スコアは147点だ。

 一方、1位の五十嵐率いる〈スポ軍〉は168点。


 その差は21点もある。

 仮に今回の測定で20点の差を付けても1点足りない。

 にもかかわらず、それほどの差を付けるなどまず不可能だ。


 皆のヘルスバンドを見せてもらう。

 ざっくり計算したところ、現時点でのグループスコアは61点。

 高温多湿と移動による疲労で下落が止まらない。


「風斗君、大丈夫ですか? 険しい表情になっていますよ」


 美咲が顔を覗き込んできた。


「そんなに険しかったか」


「はい。マッサージをしますので腰を下ろしてください」


 彼女の口調から拒否権はないものだと判断。

 俺は礼を言ってその場に座った。


「ずいぶんと肩が凝っていますね」


 強めの力で肩を揉む美咲。

 しばしば後頭部に彼女の胸が当たる。

 何食わぬ顔で頭を後ろに傾けて弾力を堪能した。


(おほほ、こういう予期せぬ幸せがたまりません!)


 そんなことを思っていると美咲の手が止まった。


「もしかして、私ってマッサージの才能がありますか?」


「いきなりだな。もちろん才能があると思うけど、どうかしたの?」


「風斗君のスコアがすごい勢いで上がっていたので」


「えっ」


 ヘルスバンドを確認するが、スコアは67点だった。

 マッサージを受ける前は65点だったはずだ。


「そこまで上がっていないようだが?」


「私が手を止めると戻りました。肩を揉んでいる最中は80点近くまで上がっていましたよ」


「マジか。確認したいからもう少し肩を揉んでもらえるかな?」


 美咲は「はい」と頷き、先ほどと同じように俺の肩を揉み始める。

 しかし――。


「大して変わらないな」


 スコアは67点から68点に上がっただけだ。

 それも一時的なもので、美咲が手を止めると67に落ちた。


「おかしいですね……」


「アレじゃない? 美咲の胸が後頭部に当たって興奮したんだよ! 風斗って隙あらば美咲や涼子の胸を凝視するし」


 笑って茶化す麻衣。


「おいおい、そんなんでスコアが上がるわけないだろ。きっとただのバグだよ」


 などと言いつつ、俺も麻衣と同意見だった。

 何かしらの理由で一時的にスコアが爆上がりするなら理由はそれしかない。


(もし美咲の胸が理由でスコアが上がったのなら――)


 とんでもない奇策が浮かぶ。

 だが、今はその奇策を試すことができない。

 それになにより――。


「時間だ。中に入ろう」


 いよいよ測定の時が近づいてきた。

 俺達は休憩を終えて鍾乳洞の中に足を踏み入れる。


「天国はここにあったっすよー!」


 両手を上げて叫ぶ燈花。

 俺達の顔にも笑みが浮かんだ。


 鍾乳洞は期待通りの涼しさだった。

 天井にへばりついている大量のコウモリは眠っている。

 大小様々な虫どもは虫除けスプレーのおかげで近づいてこない。


「来た! 鍾乳洞ブーストの時間だ!」


 下降の一途を辿っていたスコアが上昇に転じる。

 グングン、グングン、スコアが伸びていく。


「いっけー! どこまでも伸びろー!」


 大興奮の俺達。

 それすらもスコアの上昇要因となる。


 60点前半だったグループスコアが60点後半に到達。

 さらに上がり続けて70点を突破し、その後もさらに伸びる。


 そして――。


「測定されたぞ!」


 全員の手首がチクッとした。

 ただちにリュックから紙を取り出して測定結果を確認する。


=======================================

 風斗:75

 麻衣:74

 美咲:76

 由香里:75

 燈花:72(生理)

 涼子:77

 琴子:75

 グループスコア:74

=======================================


 グループスコアは期待を上回る74点を記録。

 あとは順位だが――。


=======================================

 本日の順位:2/7

 総合スコア:221

 総合順位:3/7

=======================================


 無意識に「嘘だろ」と呟く。

 総合順位はともかく本日の順位ですら2位だった。

 だが、しかし――。


「見て! 今日の1位は〈スポ軍〉じゃないよ!」


「本当だ!」


 麻衣に言われて気づいた。

 俺達よりも高いスコアを叩き出したのが〈スポ軍〉ではない、と。


 するとどこのグループが1位だったのか。

 リーダーの名前を確認する。


ならさき……ああ、女子グループか」


 三年の楢崎率いる女子だけで構成されたグループ。

 それが本日の1位で、スコアは75点。

 俺達より1点だけ高い。

 ちなみに〈スポ軍〉のスコアは70点だった。


 楢崎のグループは総合順位も2位と奮闘している。

 スコアの推移を見る限り、現状では俺達の上位互換みたいなグループだ。

 ウチと同じでアウトドアに精通している者がいるのだろう。


「明日のスコア次第じゃ〈スポ軍〉の総合1位転落もありえるな」


 スポ軍の総合スコアが238点に対し、楢崎グループのスコアは230点。

 ひっくり返ってもおかしくない差だ。


「楢崎さんのグループって風斗に告白している子がいなかったっけ?」


 麻衣が言った。


「いましたね、三人ほど」と美咲。


「じゃあ楢崎さんのグループが1位になったら風斗は知らない女のモノになるわけっすかー!」


「そんなのダメ」


 何故か弓を構える由香里。


「お姉さんもそれは許せないな!」


「ですね、何としてでも阻止しないと」


「燃えてきましたともー!」


 女性陣が妙に燃えていた。

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