143 ライオンハント
成獣のオスライオンを討伐する――。
この環境では絶望的な難易度だ。
「無理っすよ! パスっすね!」
「私もパスでいいと思う」
「私も燈花さんに賛成です」
ミッションは無理にクリアする必要がない。
クリアしたところでスコアのボーナスなどないからだ。
ただ報酬のアイテムがもらえるだけ。
「だが無限包帯は欲しいな」
「お姉さんも包帯は必要だと思う!」
ただでさえ便利な包帯が無限に使えるのは大きい。
俺のような素人ですら複数の使い道が思い浮かぶくらいだ。
「狩るだけなら大丈夫、私がいる」
由香里が弓を掲げて存在感をアピール。
たしかに彼女の腕前ならライオンを射抜くことなど造作もない。
問題はそれよりも――。
「そもそもライオンはどこに生息しているのですかな?」
「東北エリアだな。森の中に生息しているようだ」
島は全てが森に覆われているわけではない。
草原もあれば荒野もあるし、丘や谷だって存在する。
ただ、ライオンが生息しているのは森だ。
「ライオンってサバンナにいるイメージだけど」と麻衣。
「種類によるっすよ! 森で活動するライオンもいるっす!」
「燈花の言う通りだ」
地球だと、森に生息するライオンは単独で行動しがちだ。
サバンナと違ってプライド――群れのこと――を形成しない。
もっとも地球上の話なのでこの森だとどうか分からないが。
ライオンを狩る場合、考えるべきは倒したあとだ。
別のライオンに襲われる危険がある。
倒すこと自体は天下無敵の由香里がいるから何の問題もない。
「少人数で偵察に行くか」
地図によると、ライオンの生息地はわりと安全だ。
ライオンの他に警戒するべき動物はヒョウとオランウータンくらいだ。
ヒョウやオランウータンはそこまで積極的に攻めてくる動物ではない。
毒性の害虫もたくさんいるが、虫除け対策済みの俺達には関係なかった。
「私が一人で行こうか? 大丈夫だよ、狩りは慣れているから」
「いや、俺も一緒に行く。涼子もついてきてくれ」
「お任せあれ!」
「他の4人は適当に頼む。麻衣が仕切ってくれ」
「えー、私がリーダー?」
「そらウチの副リーダーといえば麻衣だからな」
「責任重大だなぁ。ま、頑張るよ! 風斗らも無理しないでね」
「分かっているさ。危険そうなら撤退するよ」
「よろしい!」
「じゃ、行ってくるぜ」
「ほーい」
俺は由香里と涼子を連れて東に向かった。
◇
ライオンの生息地までは早歩きでも片道2時間半の距離がある。
靴の質が低いこともあり、ほどなくして足の裏が痛み始めた。
思ったより過酷だな、と話しながら移動を続ける。
「諸君、今日はやけに暑くないかい?」
北東エリアの川を渡ったところで涼子が言った。
「たしかに暑い。こまめな水分補給が必須の暑さだ」
「ペットボトルを手に入れておいてよかった」
「お姉さんこれだけ暑いとやってられないや!」
涼子は迷わずにタンクトップを脱いだ。
透けていた胸部が堂々とさらけ出される。
やはり服を着ていた時のほうが情欲をそそられた。
「ちょっと、涼子」
「害虫は全く寄りつかなくなったしへーきへーき!」
涼子は脱いだタンクトップを川に突っ込むと、軽く絞って首に掛ける。
「あー気持ちいい! 漆田少年と由香里も試してみたまえ!」
「そんなことしないよ」
「俺は試させてもらうぜ!」
「え、風斗」
「本当だ! 首がひんやりしてたまんねーなこれ!」
俺が服を脱いだことにより、半裸組が多数派となった。
「流石は漆田少年! 気っぷがいい! 由香里も脱ぎたくなったかい?」
「そ、そんなことは……」
「いいではないか! ほれ、脱ぐがよい!」
「いや、涼子、待って」
「待たん! おりゃー!」
由香里は強引に脱がされた。
そして彼女の着ていたタンクトップは川に浸けられる。
「たしかに気持ちいい……」
「これで暑さもへっちゃらだ! 我ら裸の三銃士に死角なし!」
「裸の三銃士ってなんだよ」と笑う俺。
涼子も「がっはっは!」と上機嫌。
ヘルススコアもビビビッと回復した。
現在のスコアは3人揃って72点。
「移動を再開しよう。あと少しで目的地に着く」
「由香里、お姉さんと漆田少年を守ってくれたまえよ!」
「任せて、風斗は私が守る」
「お姉さんは!?」
「知らない」
「ええええええ! そんなぁ!」
大袈裟に仰け反る涼子。
由香里がクスクスと笑った。
◇
いよいよライオンの生息地に到着。
真夏の暑さに反して冬の青白さが感じられる森だ。
気温と景色のギャップに脳がバグりそうになる。
「それにしても暑いな」
何度目かも分からない水分補給。
2Lのペットボトルに入れておいた飲み水が空になった。
「今日の気温は何度くらいかな?」と由香里。
「35……いや、下手したら40度あるかもな」
不幸中の幸いは湿度が低いことだ。
これで日本のような多湿なら絶望的だった。
「漆田少年、由香里、気をつけるのだ。我々は既に見張られているぞ」
珍しく真剣な表情の涼子。
担いでいた木の槍を右手で持って臨戦態勢だ。
その姿に俺と由香里も気を引き締める。
俺は飲んでいた水をリュックに戻し、涼子と同じく槍を持つ。
由香里は弓を構えた。
「どこから見張られているんだ?」
近くに敵の姿は見当たらない。
「あそこだ!」
涼子が指したのは遠くの木だった。
樹上から一頭のヒョウがこちらを見つめている。
「それにあそこも!」
次に指したのは斜め前方。
木々の隙間を縫った先に――。
「オスライオンじゃねぇか!」
――獲物がいた。
プライドは形成しておらず単独だ。
こちらの側面に回り込んでから近づいてくる。
体を低くして茂みに紛れながら距離を詰めてきていた。
「あのライオンはお姉さんたちを狩る気だ」
「どうやらそのようだな」
「近づいてきたら私が倒すよ」
由香里が体をライオンに向けようとする。
しかし、涼子が手で制止した。
「由香里、気づいていないふりをして前を向こう」
「どうして?」
「そうしないと警戒して近づいてこないからさ!」
「ライオンは百獣の王と呼ばれるわりに慎重だもんな」
「そうなんだ、知らなかった」
ということで、俺達はオスライオンに気づいていないフリをする。
獲物以外の動物に気を配りながら森の中を進む。
時折、何食わぬ顔で足を止める。
するとオスライオンもピタッと止まって動かない。
完全に奇襲モードに入っていた。
(すげぇスリルだ)
敵と俺達の距離は100m程しかない。
まさに一触即発。
緊張と暑さのせいで首筋を流れる汗が止まらない。
「次で仕掛けるか」
歩きながら小声で言う俺。
二人は「「了解」」と頷いた。
(あと少し、あと少し……)
ライオンの気配に集中しながらゆっくり進む。
そして――。
「今だ!」
俺の合図で攻撃開始。
「おりゃあああああああ!」
まずは涼子が持っていた槍を投げつける。
「ガゥ!?」
オスライオンは後ろに跳んだ。
突然の攻撃に意表を突かれていた。
「もらった」
宙に浮いたライオンを襲う由香里の矢。
それは絶対の命中精度をもって額に突き刺さった。
「ガルォオオオオオオオ!」
「「生きている!」」
俺と由香里が同時に叫んだ。
「漆田少年、槍で仕留めるんだ!」
「分かっている!」
俺は助走を付け、「うおおおおお!」と槍を投げる。
それは真っ直ぐ飛んでライオンを貫き――はしなかった。
「クソッ! もうちょいで当たっていたのに!」
「いや全然おしくないぞ漆田少年!」
俺の槍は想像とかけ離れた場所に突き刺さった。
しかし問題ない。
「任せて」
由香里が二本目の矢を放つ。
俺の槍と違って的確にライオンの腹部に刺さる。
それが致命傷になった。
「倒れたぞ!」
ものの数秒でライオンは転倒。
何秒かもがいたあと動きを止めた。
俺達は駆け寄って状態を確認。
「死んでいるよね?」
ライオンに刺さった矢を抜く由香里。
「素人目にはそう見えるが……」
ダンジョンの動物は死んでも消えない。
だから生死を判別することが難しかった。
「念のためにもう一刺ししておくかい?」と涼子。
「いや、もういいだろう。仮に生きていたとしてもじきに死ぬだろうし」
「承知した!」
「由香里、流石の腕前だった。すごかったよ」
「ありがとう。風斗の役に立ててよかった」
「漆田少年、お姉さんも褒めて褒めて!」
「涼子もすごかったよ。誰よりも早く敵に気づいていた」
「ふっふっふ! 伊達にお姉さんをしていないのだ!」
「ダメダメだったのは俺だけだな」
情けねぇ、と頭を掻く。
「そんなことないよ、風斗も頑張っていた」
「はは……。まぁ得手不得手があるってことで別の機会に頑張るよ」
なんにせよ戦いは終わった。
麻衣たちの待つ拠点まで戻るとしよう。
と、思ったのだが――。
「おいおい、いつの間に……!」
「しまった、お姉さんとしたことが獲物に夢中で……!」
俺達は完全に包囲されていた。
地面から樹上まで、見渡す限りにヒョウがいる。
地球上では単独で活動する動物だが、この島では群れるようだ。
「風斗、どうしよ」
「どうもこうもないぞ、これは……!」
生きた心地がしない。絶体絶命のピンチだ。
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