098 まさかの交渉
夕食前、俺は皆に救出作戦の説明をした。
食堂に集まってもらい、増田と練った計画の全容を話す。
「2時30分、〈サイエンス〉の連中と一緒に〈ハッカーズ〉の拠点を急襲する。数分以内に奴等の拠点を制圧し、囚われている連中を解放し、クズどもを防壁の外に連れ出す。で、外で締め上げるってのが大まかな内容だ」
「合同作戦とは! 燃える!」
涼子がグッと拳を作る。
「それはいいけど防壁はどうするのさ? 問題は防壁に阻まれて手出しできないってことでしょ」
麻衣は冷静に言った。
「それが2時30分なら問題ないんだ。何故ならその時間は防壁がない」
「あ、そっか、仕様が変わったんだ」
「うむ。そして、防壁が消えている間は誰でも拠点に入れる」
「そうなの!?」
「増田先生が検証済みだ」
「すげー! でも、どうやって検証したの? わざわざ抜けたのかな?」
「平和ウィークが始まるより前に、徘徊者戦の最中に近くのギルドが助けを求めて逃げてきたことがあったそうだ。で、その時〈サイエンス〉のほうも苦しい状況で拠点の防壁が壊れていたんだけど――」
「逃げてきた連中は入場制限を変更しなくても入れたわけかー!」
「そういうこと」
「なるほどねー。じゃ、その時と同じ仕様なら大丈夫だね」
「防壁の発生時間が変わっただけで、防壁自体の仕様が変わったわけではないから大丈夫だろう……と、増田先生は言っていた。俺も同意見だ」
「質問、質問、質問っす!」と燈花が手を挙げる。
「どうした?」
「なんで2時30分なんすか? 2時でもいいんじゃ? 防壁は3時になると出ちゃうんだし、30分しか時間ないっすよ!」
「一番の理由は移動時間だが、その他にも色々と考慮して決定した。今回の作戦は拠点に着いてから数分で結果がでるから1時間も必要ないし、2時になった時点だと毒嶋らが警戒しているかもしれない。2時30分という時間は何かと都合がいいわけだ」
「なるほどっす!」
その後もどういう風に動くか細かく説明した。
「スキルの組み合わせも作戦に適したもので頼む、以上だ」
「諸君! 正義は勝つって証明しようぞ!」
涼子が立ち上がって拳を突き上げる。
「そうだな、やってやろうぜ!」
「「「おー!」」」
俺は増田に、「こちらは問題なく作戦を実行できます」と送信した。
◇
1時30分。
いつもなら徘徊者戦に備えて起き始める頃――。
俺達は大型トラックで移動していた。
運転するのは美咲で、俺は助手席に座っている。
ペットを含む他の皆は荷台の上で作戦の時を待っていた。
「予定より少し早く到着できそうです」
「そのくらいでちょうどいいさ」
目的地は〈ハッカーズ〉の拠点から約2キロの地点。
2時30分にそこで〈サイエンス〉の連中と合流する予定だ。
「増田先生のほうも少し早めに到着しそうだって」
増田から届いた個別チャットを見ながら話す。
〈サイエンス〉は全52人が作戦に参加するそうだ。
グループチャットでは誰一人として情報を漏らしていなかった。
それでも油断できない。
「今更だけど不安になってきたぜ、この作戦が上手くいくか」
「誰かが作戦を漏らすかも……と思っていますか?」
「ああ、それが一番の不安要素だ。よく分かったな」
「約1ヶ月間、風斗君と一緒に過ごしてきましたから」
小さく笑う美咲。
それに釣られて俺も笑った。
「今まで思ったことなかったけど、他人を信用するのって難しいな」
「ですね」
今回の作戦が失敗するとすれば、それは裏切り者が現れた場合だ。
〈サイエンス〉の中に、〈ハッカーズ〉に寝返る者がいてもおかしくない。
その可能性だけはどうやっても排除できなかった。
「ま、なるようになるさ。ヤバそうなら撤退すればいい。作戦が成功するかどうかは分からないが、下手を打っても奴等に捕まることはないだろう」
「はい」
俺はスマホの時刻表示に目を向ける。
「そろそろ2時だ。徘徊者に気をつけてくれ」
「分かりました。森の中なので速度を落として安全運転で向かいますね」
「おう」
〈地図〉を開く。
早めに移動した甲斐があり、城からは大きく離れている。
すなわちゼネラルの出現位置からも離れているということ。
なので、美咲が事故らない限り問題なく現地に辿り着ける。
――はずだった。
「風斗君!」
「分かっている!」
2時になった瞬間、美咲が全力でブレーキを踏んだ。
トラックが急停車し、荷台からざわつく声が聞こえる。
「なんでいるんだよ! お前!」
フロントガラスの向こうに映る敵を見て怒鳴る。
そこには何度となく戦ってきたゼネラルが立っていた。
「迂回しますか?」
「それだと大幅なタイムロスになって間に合わない」
「降りて戦いますか」
「それはもっと厳しい」
「ではどうすれば……」
相手がザコなら「そのまま轢き殺せ!」と言うところだ。
だが、ゼネラルにそれは通用しないだろう。
突っ込めばトラックを真っ二つにされるのが目に見えていた。
「ゼネラルじゃん! どうするの!?」
荷台から麻衣の声が聞こえる。
後ろの連中も気づいたようだ。
「風斗君……!」
俺は瞬時に対応を考える。
(どうする、どうすればいい!?)
完全に想定外のトラブルだ。
ゼネラルの出現地点はこれまで全く同じだった。
なので出現場所が固定だと思っていたが、それは間違いだった。
おそらく俺達の近くに現れる仕様なのだろう。
「――よし、皆はそのまま荷台にいろ。美咲も下りるな!」
俺は一人で車から降りた。
「風斗君はどうするのですか?」
「俺はダメ元でアイツに交渉を挑んでみる」
「交渉!?」
「話せば通じるかもしれない」
そう思う節はあった。
涼子が一騎打ちを申し込んだ時だ。
奴はこちらに合わせて待っていた。
カウンターを狙っていただけの可能性もある。
だからこれは賭けだ。
「もし交渉してダメなら俺がアイツを止める。美咲は車を進めて現地に行き、俺抜きで救出作戦を進めてくれ」
「そんなの危険だからダメですよ」
「大丈夫。今回は例のスキルを積んでいる。皆が無事に離れたのを確認したら俺も撤退するさ」
「……分かりました」
俺はクラス武器の刀を右手に持ち、歩いてゼネラルに近づく。
対するゼネラルは道のど真ん中に突っ立ったまま動かない。
ただ、俺との距離が詰まってくると武器を構えた。
「話がある」
「…………」
相手は無言だ。
それでも俺は続きを話す。
「今日のところは見逃してくれないか」
「…………」
ゼネラルは武器を構えたまま動かない。
「俺達はこれから〈ハッカーズ〉の暴走を食い止めに行く。そして、奴等に囚われた人たちを救出するんだ。ここでお前と戦えばその作戦が失敗してしまう。だから今日のところは見逃してほしい」
「…………」
ゼネラルの様子に変化はない。
言葉が通じているのか疑わしくなってきた。
それでも賭けるしかない。
「そっちだって今の状況は望ましくないはずだ。そうだろ?」
〈ハッカーズ〉の蛮行はXにとって望ましくない可能性が高い。
何故ならXは俺達がどうやって生き抜くかを見たがっているからだ。
そうでなければクラス武器を実装したりしない。
もっと言えば目の前のゼネラルは遙か昔に俺達の首を刎ねている。
だが、可能性が高いだけで確実ではない。
逆に人間同士の争いを望んでいる可能性だってある。
だから賭けなのだ。
「…………」
「もしも俺の言葉が通じているなら今日は消えてくれ。お願いだ」
「…………」
ゼネラルはしばらく無言で佇んでいた。
(やはりダメか)
これ以上の長居は避けたい。
メインスキルを使って攻撃を仕掛けるか。
そう思った時だった。
「――!」
ゼネラルが構えを解いたのだ。
そして、こちらに背を向けて歩いていく。
そのまま闇の中へ消えていった。
「やっぱり通じているんだ、俺達の言葉が……!」
ふぅ、と安堵の息を吐く。
「でかしたぞ漆田少年! さぁ車に戻るんだ!」
涼子の声が聞こえる。
それと同時に、大量の徘徊者が四方から迫ってきていた。
「感傷に浸っている場合じゃねぇなこれ!」
俺は慌てて車に乗ってシートベルトを装着。
「飛ばしますよ、風斗君!」
「ああ、頼むぜ!」
美咲がアクセルを踏み込む。
トラックが唸りを上げて、前方の徘徊者を蹴散らす。
作戦続行だ!
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