076 絶望の最終ミッション

 7月31日、日曜日。

 あと数分で第3ミッションが発令される。


 俺はグループチャットを見ていた。

 食堂のテーブルに肘を突き、両手でスマホをポチポチ。


 目的は他所の状況確認だ。

 第2ミッションをクリアしたギルドがいないか調べている。


 徘徊者戦の前だと、俺達の他に攻略したギルドは一つだけだった。

 三年の須藤という男子がマスターをしている20人規模のギルドだ。


「お、やっぱりきたか。教師陣の意地を感じるな」


 〈サイエンス〉が第2ミッションを突破していた。

 徘徊者戦で一気に稼いだ模様。

 クラス武器を駆使して積極的に打って出たようだ。


「他は……ダメか」


 ログを遡るがクリア報告は見つからない。

 〈スポ軍〉と〈アローテール〉、あと一つも無理だったようだ。

 その三ギルドは既に諦めているし、もう間に合わないだろう。


「最終的に三つのギルドに絞られたわけか」


 〈サイエンス〉と須藤のギルド、そして俺達。

 ここまで来たからには何が何でも最終ミッションをクリアしたい。


「やっぱりクラス武器が関わってくるのかな?」


 麻衣が隣に座った。


「たしか麻衣の勘では関わってこないんじゃ?」と笑う。


「そう思うんだけど、もしかしたら……みたいな?」


「実装タイミング的には普通にあり得るよな」


 ギルドクエストの発令から間もなくしてクラス武器が実装した。

 そのことを考えたら、最終ミッションに絡んできてもおかしくない。

 グループチャットでも脱落者たちを中心にその話で盛り上がっていた。


「ま、あと10秒で分かるさ」


 9時59分51秒……52秒……。

 一定のリズムで秒数が進んでいく。

 何故かいつもより遅く感じた。


「ワクワクっすねー!」


 燈花が向かいの椅子に座る。

 由香里と美咲も席に着いてその時を待っている。


「さぁ、来るぞ」


 58秒……59秒……。

 そして、時刻が10時00分になった。


 強制的に画面がホームへ戻る。

 同時にミッションの内容が表示された。

 これまでと違ってですます調の文面だ。


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【最終ミッション】

今から24時間後、ギルドメンバーを一人選んで投票していただきます。

全員が同じ人物に投票した場合のみミッション達成となります。

それ以外の投票結果はクエスト失敗として扱われます。

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 そこまで読んだ時、俺達の顔はニヤけた。

 誰もが「楽勝じゃん」と思ったからだ。


 俺達は5人しかいないから意思の疎通が容易い。

 全員で適当な投票先を選べばいいだけだ。


 だが、ミッションの説明文には続きがあった。

 最後の一行、それを見た時に全員の顔が歪んだ。


=======================================

クエストの成功報酬は投票で選ばれた者にのみ与えられます。

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 自然と手が震える。

 怒り、絶望、その他、色々な感情が含まれていた。


 皆で団結して、一人の帰還者を選ぶ――。

 クエスト名の「団結力」はそういう意味だったのだ。


「これって、投票で選ばれた人しか帰れないってこと!?」


 最初に口を開いたのは麻衣。


「そういうことだろうな……」


「じゃあ残りは帰れないってことっすか!?」


「ふざけてるよ! こんなの!」


 麻衣が思いっきりテーブルを叩いて立ち上がる。


「麻衣さん……」


「死に物狂いでナーガを倒してさ! ポイントだって貯めた! ここまで頑張ったのはみんなで帰れると思ったからじゃんかよ! 一人しか帰れないなら最初からそう書いておけよ! こんなの理不尽過ぎる!」


 麻衣が怒るのは当然のことだった。

 Xの悪趣味なやり口には俺だって不愉快極まりない。

 だが――。


「気持ちは分かるが、どうにかして一人を決めよう」


「いやいや、ありえないっしょ!」


「どうしてだ?」


「一人だけ帰ったら裏切りじゃんか! ここまで皆で一緒にやってきたのにさ! こんなんで選ばれても嬉しくないし後味が悪いだけだよ!」


「全員が納得した上で選ぶなら裏切りにはならないだろう」


 すかさず麻衣が反論しようとする。

 その前に、「それに」と俺は続けた。


「すぐに帰還する必要はない」


「え?」


「日本に帰る権利は好きなタイミングで行使できる……ギルドクエストが発令された時に書いていただろ? だから、ここで選ばれた人間は問答無用で日本に送り返されるわけじゃないんだ」


「そういえば、そんな説明があったような……」


「あと、こういう機会が今回だけとは限らない。今後もクエストやら何やらで帰還の権利を得られるかもしれない。そういう可能性を考えた場合、ここで投げ出して得られたはずの権利を放棄するのは勿体ないだろ」


「たしかに」


 麻衣は納得したようだ。


「風斗君は前向きですね」


 美咲が微笑みかけてくる。


「前向きというか現実主義者リアリストなんだよ、俺」


「素敵だと思います」


「頼もしい」と由香里が続く。


 俺は「サンキューな」と笑った。


「で、肝心の一人はどうやって決めるのさ?」


 麻衣は椅子に座り直し、目の前に500mlのペットボトルを召喚。

 中に入っている水を一気に飲み干した。


「日本に帰りたいってのは誰もが思うところなわけだが――」


 俺はテーブルの上で手を組んだ。


「――我こそは選ばれるに相応しいと思う人間はいるか? 自己推薦だ」


「「「「…………」」」」


 誰も答えなかった。

 俺にしたって自分が最適だとは思わない。


「では他者推薦といこう。この中で最も相応しいと思う相手は誰だ?」


「私は風斗だと思う」


 真っ先に由香里が言った。

 それに美咲が「同感です」と続く。


「私も風斗かなぁ」と麻衣。


「私もー!」


 女性陣は全員が俺を選んだ。


 特に驚かない。

 こうなることは分かりきっていた。

 そして、その選択は間違っていると断言できる。


「どうして俺がいいと思うんだ?」


「風斗はリーダーだし、切れ者だから」


「風斗のおかげでここまでやってこられたわけだしね」


「そうそう! 文句なしに一番の功労者っすよ!」


「ですね」と美咲。


 皆が俺を選んだ理由も概ね予想通りだった。

 だからこそ、俺は険しい表情で言う。


「そういう理由じゃ俺を選んじゃダメだろ」


「「「「え?」」」」


「皆が俺のことを頼もしく感じてくれているのは嬉しく思うよ。でも、頼もしいリーダーならこの場に残しておくべきだ。もし俺が権利を行使して日本に戻ったら皆はどうやって過ごしていく予定なんだ?」


「だって、風斗はそんなことしないでしょ?」と麻衣。


「もちろんするつもりはないが、何かの拍子に行使してしまう可能性はある。例えば誤操作とかな。権利の行使はまず間違いなくスマホで行うから、コクーンを弄っていてうっかり……という可能性は否めない」


「そっか、そういう展開もあり得るんだ」


「俺のことを頼もしいと思うなら俺の帰還は最後に回すべきだ。誤解しないでほしいが、役に立たない者から先に帰還させろと言いたいわけじゃない。俺達の中に役立たずなんていないからな」


「分かっているよ」


 そこで間を置く。

 俺もペットボトルの水を購入して喉を潤した。


「ではどうやって選ぶかだが……俺としては、今の俺達の状況を多くの人に知ってもらいたいのと、忘れないでいてほしいって気持ちが強くある」


 俺達が転移してから1ヶ月すら経っていない。

 もっと言えば3週間すら経っていない。今日で19日目だから。

 なのに、俺達の事件を覚えている者は殆どいなかった。

 間違いなく近代史に残る大事件だというのに。

 そのことが本当に辛かった。


 別に覚えられているからといって何があるわけでもない。

 帰還の役に立つこともないだろう。

 そんなことは分かっているが、それでも覚えていてほしかった。

 俺達がとんでもない事件に巻き込まれていることを。

 日本に戻る日を目指して謎の無人島で頑張っていることを。


「だから、日本での発信力が最も高いメンバーを選びたい」


「それって……」


 麻衣が驚いたように俺を見る。


「ああ、そうだ」


 俺は頷き、麻衣の目を見つめた。


「麻衣、俺は君を推したい」

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