071 レジェンド・ナーガ

 皆でテーブルを囲んで作戦を考える。


 俺達ではナーガの鎧を破ることはできない。

 倒すなら鎧に覆われていない頭部を狙うしかなかった。


 ではどうやって頭部を狙えばいいのか。

 問題はそこだった。


「……無理じゃない?」


 麻衣は両手を上げて降参のポーズ。


「距離を詰めないときつい」と由香里。


「でも距離を詰めるのもきついっすよ!」


 皆の視線が俺に集まる。

 答えを求めるように。縋るように。


「まぁ酷い作戦で良ければ一つあるが……」


「待ってました! 風斗の閃き!」


 麻衣が「よっしゃ!」と拳を作る。


「閃きって程のものでもないぞ。非現実的だからな」


「とりあえず聞かせてよ!」


「そういうことなら――」


 俺は作戦とも言えないような作戦を話す。

 話を聞くにつれて、皆の表情は険しくなっていった。


「たしかにそれはちょっと……」


「きついっすねぇ……」


 俺は「だろ」と苦笑いを浮かべた。


「美咲はどう思う?」


「私は試してみたいです」


「本当か? 誰よりも危険なのは美咲なんだぜ?」


 作戦の要は美咲だ。


「やめたほうがいいよ。美咲、死んじゃうよ」


 麻衣は心配そうに言った。


「たしかに今のままだと厳しいので、奥の手を使うしかないですね」


「奥の手ってなんすか?」


「私も分からない。美咲さん、奥の手とは?」


「ふふ、じきに分かりますよ」


 燈花と由香里は首を傾げている。

 一方、俺と麻衣は何のことか理解していた。


「美咲が乗り気なら試してみるか」


「はい!」


 かつてない強敵に、かつてないデタラメな作戦で挑むことが決まった。


 ◇


 作戦の細部を詰めて作業を進める。

 約1時間後、全ての準備が整った。


「お待たせしました」


 船内の個室から美咲が出てきた。

 服を着替えていたのだ。


 新たな衣装は黒のライダースーツ。

 体のシルエットがこれでもかと浮かび上がっている。

 襟元が開いているので胸の谷間がよく見えた。


「美咲、ファスナーが途中で止まっているようだが」


 胸を凝視しながら言う。


「ここまでしか上がらなくて……」


 美咲はファスナーを上げようとするが、胸の手前から進まない。


「ご覧の有様でして……すみません」


「おほほほっ、お気になさらず。ぐへへ」


 後ろから「アホ」と麻衣に叩かれた。


「風斗もよく飽きないっすよねー。そんなにいいものっすかねー? 大きなおっぱいって」


 そう言って美咲の胸を揉み揉みする燈花。


「ちょ、ちょっと、やめてください、燈花さん」


「いいじゃないっすかー、ほれほれ、ほれほれ」


 困惑する美咲とニヤニヤする燈花。

 あまりにも羨ましすぎて、俺は開いた口から涎を垂らしてしまった。


「風斗君、そろそろ……」


「あ、ああ、そうだな!」


 咳払いをして切り替える。

 皆で甲板に移動すると、俺は作戦に必要な物を購入した。


 まずは水上バイクだ。

 一般的な代物なのに100万もした。

 レンタルできなかったのは想定外だ。


 次に専用のパラシュート。

 これで揃った。


「実際にこれらを見ると改めて馬鹿げた作戦だと思うな」


「きっと成功しますよ」


 パラセーリングを駆使して上空から攻撃を仕掛ける。

 それが今回の作戦だった。


 運転するのは美咲で、攻撃は俺が担当する。

 俺と美咲で隙を作り、残りの三人が船から叩く。

 ――という予定だ。


「バイクとパラシュートの取り付けは完了した。美咲、頼む」


「分かりました」


 美咲は一升瓶を召喚。

 中に入っている度数の高い酒を一気に飲み干した。


「キタァアアアア! 久々だなぁ! この感覚ゥ!」


 たちまち覚醒する美咲。


「美咲!?」


「美咲さん!?」


 案の定、燈花と由香里は驚愕した。


「おう由香里、チャンスが来たら外すんじゃないぞ?」


「あ、はい、もちろんです」


「外したら承知しないからな! 期待しているぞ! 風斗、行くぞー!」


 美咲は水上バイクを海に放り込んだ。

 間髪を入れずバイクに飛び移る。


「麻衣、船のほうは頼んだぞ!」


「任せて!」


 俺は大急ぎで専用のハーネスを装着。


「ヒャッホー! 飲酒運転サイコー!」


 教職者とは思えぬ問題発言が飛び出す。

 ドン引きする俺達をよそに、美咲は水上バイクで駆け回る。


「おっ」


 ほどなくして体が浮かんだ。

 そこからは早くて、あっという間に高度30メートルに。


「戦闘開始だ!」


 クエストを受けてナーガを召喚。

 前回は見上げさせられたが、今回はこちらのほうが上だ。


「美咲! 距離を詰めろ!」


「はいよー!」


 美咲がフルスロットルで突っ込んでいく。


「フシャアアアアアアア!」


 ナーガは火柱を召喚して対抗する。


「遅い遅い遅い! このスリル、たまんねぇ!」


 美咲は大興奮で火柱を回避。

 一方、俺は……。


「死にそう……オェェ……」


 酔い潰れていた。

 美咲の暴力的な運転によって脳がシェイクされる。

 揺れ具合がスループ船の比ではなかった。


「風斗! やれー! 倒せー! 早くしないと私が死んじまうぞ! がはは!」


「なんでそれで笑っていられるんだよ……」


 とにかく攻撃だ。

 俺は〈マイリスト〉から槍を召喚し、ナーガに投げつける。

 槍は敵の頭に刺さるが、威力が足りなくて抜け落ちた。

 おそらく大したダメージにはなっていない。


「想定内だ!」


 ひたすら槍を投げ続けた。

 投げ終わると新たな槍を召喚し、そしてまた投げる。


「ヌゥ!」


 これまで船を睨んでいたナーガの視線がこちらに向く。


「フンッ!」


 三叉槍による重い突きが迫ってくる。


「ひぃぃぃぃ」


 震え上がる俺。


「情けない声を出すんじゃねぇ! 男だろ!」


 うりゃあ、と急ハンドルを切る美咲。

 パラシュートがぐらりと傾き、三叉槍の直撃を回避した。

 だが――。


「まずいまずいまずい!」


 バイクとパラシュートを繋ぐ紐が切れた。

 三叉槍の穂にかすってしまったのだ。


「やっちまったー! 風斗、南無!」


「南無じゃねぇ!」


 このまま落下した場合、ナーガの目の前に着水する。

 下半身の蛇が飾りでない限り絶体絶命だ。


「無抵抗で死ぬ気はねぇぞ!」


 落下しながらハーネスを外す。

 一か八かでパラシュートから飛び降りた。


「うおおおおお!」


 両手で槍を持つ。

 狙うはナーガの顔面。


「当たれぇえええええええええ!」


 攻撃が届くことを祈って目を瞑る。


 ――グサッ。

 落下が止まり、手に衝撃が走る。


「お……?」


 恐る恐る目を開ける。


「フシャアアアアアア!」


 視界に映ったのは目を充血させて怒るナーガの顔。

 俺の攻撃は奴の額に突き刺さっていたのだ。


「風斗! 刻んでやれ!」


 美咲はすぐ近くをグルグル動き回っていた。


「任せろ!」


 槍から右手を離して刀を抜こうとする俺。

 対するナーガは三叉槍を捨てて俺を掴もうとする。


「まずい! 握りつぶされる!」


 慌てて左手も槍から離して海に落ちる。

 ――が、舞った水しぶきが消える前に引き揚げられていた。

 美咲が俺を回収して後ろに乗せたのだ。


「生きているか! 風斗!」


「どうにか……!」


「風斗ー! 美咲ー! あとは任せてー!」


 麻衣の声だ。

 船が近づいてきていた。


「燈花、由香里、発射!」


「やるっすよー!」


「風斗は私が守る」


 二人が甲板からバリスタを放つ。

 矢は敵の顔面を捉えた。


「なんで顔に攻撃できるんだ!?」


 その答えはバリスタの下にあった。

 急角度の傾斜台が置かれている。

 その上に設置することで射角を調整していた。


「傾斜台とは考えたな!」


「でしょー!」


 ふふん、とドヤ顔の麻衣。


「もっと早く閃いていたら無謀なパラセーリングは不要だったぜ!」


「そんなこともある!」


 麻衣が追加の攻撃を命じる。

 バリスタの攻撃がナーガを削っていく。


「ヌォ! ヌォオ……!」


 ついにナーガが倒れた。

 沈むことはなく、海の上に仰向けで浮いている。

 今がチャンスだ。


「美咲!」


「分かってらぁ!」


 一気に距離を詰める美咲。

 ナーガの傍に迫ると、バイクごと派手にジャンプ。


「決めてこい! 風斗!」


「おう!」


 俺はナーガの胴体に飛び移って抜刀。


「トドメだああああああああ!」


 巨体の上を走り、顔面を斬りまくる。


「フシャア……!」


 断末魔の叫びをあげるナーガ。


「うおおおおおおおおお!」


 存分に斬ったあと、顔面に刀を突き刺した。


「ゴ……ヴォォ……」


 ナーガの体は光と化し、そして、弾け散った。


 足場を失った俺は海に落下。

 既に濡れている体がますます濡れてしまった。


「流石は風斗! 私が見込んだだけある! でかしたぞ!」


「サンキュー」


 俺を回収して船に帰投する美咲。


「さぁ風斗、男らしい勝ちどきを頼む!」


「おうよ!」


 船に戻ると、俺は右の拳を突き上げた。


「俺達の勝利だ!」

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