007 鳴動高校集団失踪事件

「この異常な現象が過去にもあっただと!?」


 驚きのあまり前のめりになる俺。


「鳴動高校生徒集団失踪事件って知ってる?」


「鳴動高校……」


 名前には聞き覚えがあった。

 しかし、明瞭には思い出せない。


「数年前にあったでしょ? 忽然と生徒全員が姿を消した事件」


 そこまで言われて完全に思い出した。

 当時はテレビやネットで大騒ぎになった事件だ。


「あれって生徒達の妄言ってオチだったろ。約一ヶ月後に数名が生還して、それからしばらくして残りも全て生還したはずだ」


 失踪した生徒の中に日本有数の大企業の御曹司がいた。

 そいつが金に物を言わせて仕組んだこと、とネットでは噂されている。

 要するに大掛かりなイタズラだ。


「全員じゃないよ、生還したのは。未だに見つかっていない人もいる。でも、私が注目してほしいのはそこじゃない。何人が生還したとか、妄言か真実かなんてことはどうでもいいの」


「というと?」


「生徒達の供述内容が大事なのよ」


「供述内容……」


「覚えているかな?」


 脳の片隅から記憶を呼び覚ます。

 たしか当時、生徒らは「謎の島にいた」と言っていたはずだ。


「気がつくと地図に載っていない謎の島に転移していて……って、これ、今の俺達と同じじゃねぇか!」


 麻衣は「そういうこと」と神妙な顔で頷いた。


「当時は妄言やら洗脳されているやら色々と言われて誰も信じていなかった。次第に報じられる頻度も減り、あっという間に大衆の記憶から忘れ去られてしまった」


「そんな事件よく覚えていたな」


「ネットで盛り上がっていたからね。ネットの話題には敏感なのよ」


「流石は数十万のフォロワーを持つインフルエンサーだ」


「ネットでは人気者だからね、私」


 そう言って笑う麻衣の顔はどこか寂しげだった。


「事件のことは分かった。おそらく同様の事件に俺達が巻き込まれていることも。でも、どうして事件の詳細を麻衣が知っているんだ? テレビじゃ謎の島に転移したってだけで、謎のアプリやら何やらって話は出ていなかったはずだ」


「テレビでも最初は報じられていたよ、ほんの少しだけね。ただ、私が詳しく知っているのはテレビで観たからじゃない。生還した生徒らがホームページに情報をまとめているからなの」


「ホームページ?」


「最初に生還した生徒らが作ったの。日本に戻って間もない頃に」


「そこに詳細が書いてあるのか」


「うん、島のことや効率的なポイントの稼ぎ方、他にも色々とね。ただ、島に残っている他の生徒に向けて作ったものだったから、当時はそのサイトを見ても意味不明だった」


「でも今ならよく分かると」


「その通り。で、検索したらサイトは生きていた。アプリ名やら細かい部分では異なっているんだけど、大体はサイトの情報と一致している」


「なるほど」


 ようやくはっきりした。

 麻衣がどうして詳しかったのか。


「そのサイト、俺も見ることはできるんだよな?」


「もちろん。個別チャットでアドレスを送るね」


 麻衣からアドレスを入手。

 さっそく開くと、古臭いデザインのホームページが表示された。


「たしかに、これは……」


 サイトには謎の島に関する情報が書かれていた。

 彼らがどうやってポイントを稼ぎ、生還したのか。


 そう、日本に帰還する方法まで書いてあるのだ!


 方法は単純明快。

 島を脱出して日本を目指すだけでいい。

 サイトを作った先人らは小笠原諸島に向かった。

 そこが最寄りだったらしい。

 俺達とは島の場所が違ったのだろう。


「問題は自力で脱出する必要があるってことか」


 サイトによれば、謎の島に侵入する手段はないという。

 ひとたび脱出すると島には戻れない。

 彼らの供述が妄言扱いされた理由もそこにあった。


「今まで黙っていてごめんね。言っても信じてもらえないと思ったの」


「かまわないさ。逆の立場なら俺だって躊躇うと思う。それより、このサイトの情報をグループチャットで共有しようぜ」


「え、皆に教えるの?」


「そのほうがいいと思うけど……嫌なのか?」


「嫌じゃないけど不安」


 麻衣は情報を共有するのに消極的なようだ。


「どうして不安なんだ?」


「誰も信じないだろうし、今のグルチャは荒れまくってるからね。皆パニックで苛立っているし、余計な発言をしたら八つ当たりされそうな気がする」


「一理ある」


 たしかにグループチャットは荒れていた。

 口調が刺々しい者、何を考えているのか不安を煽る者、ウケ狙いと称して自らの生殖器の写真を貼り付ける者……まさに地獄絵図だ。


 絶望的なのは、これでもまだ最初よりマシということ。

 ポイントで食糧を買えることが知れ渡る前はもっと酷かった。


「それにね、サイトの情報と私達の環境って細かい部分で違うじゃん。例えば〈クエスト〉なんかがそう。サイトには『序盤はクエストを消化してポイントを稼ぐといい』って書いているけど、これは明らかに私達の〈クエスト〉とは違う」


「たしかになぁ」


 俺は〈クエスト〉を開いた。

 表示されたのは「現在、受けられるクエストはございません」の一文のみ。

 積極的にクエストを消化しようにも、そうすることができない。


 おそらく先人らのクエスト画面は違っていた。

 ゲームのように大量のクエストが表示されていて、そこに書かれている条件を満たせばクリアになったのだろう。


 また、細部の違いだけでなく、決定的に違う箇所もあった。

 中でも印象的なのは〈スキル〉と〈相棒〉だ。


 この二つは効率よく稼ぐなら絶対に押さえておきたい。

 なのに、ホームページにはそれらのワードが一切出てこないのだ。

 先人の環境には〈スキル〉や〈相棒〉が存在しなかったのだろう


「だから不安なんだよね、情報を共有するの」


「気持ちは分かるが、それでも共有したほうがいいと思う。夜になるとヤベーのが出てくるって書いてるし、このままだと大惨事になりかねない」


「徘徊者ね」


「そうだ」


 サイトによれば、深夜2時から4時の間に化け物が出る。

 化け物は「徘徊者」と呼ばれていて、数はおそらく無限。

 倒しても倒しても新手が現れて人を襲うそうだ。


 徘徊者の対策法は二つ。

 一つは拠点に引きこもる。これがベスト。

 拠点がない場合は高所――例えば樹上に避難すれば安全らしい。


「この島で徘徊者が出るかは分からないが、可能性がある以上は教えておくべきだろう」


「風斗って正義感に溢れているんだね」


「そうか?」


「だって、信じてもらえなかったら袋叩きにされかねない状況なんだよ? それでも皆を助けようとしているじゃん。風斗にとってどうでもいい人達だろうに」


 たしかにどうでもいい連中ではある。

 なにせ俺は高校デビューに失敗した残念な男。

 転移者の中に友達はいない。


「正義感と言えば聞こえはいいが、実際は少し違う。俺は自分のために情報を共有しようとしているんだ」


「自分のため? どういうこと?」


「どうでもいい奴等でも、徘徊者のことを教えてやらなかったばかりに死なれたら後味が悪い。それだけさ。だから、こちらの提供した情報を相手が信じなくて死ぬ分には気にしない。それは相手の自業自得だからな」


「なるほどね」


「とはいえ、鳴動高校集団失踪事件やサイトのことを教えてくれたのは麻衣だ。情報を共有していいかどうかは麻衣が決めてくれ。麻衣がダメって言うなら俺は誰にも言わないよ」


「ううん、皆に教えていいよ」


「分かった」


 俺はすぐさま情報を共有した。

 教師も参加する学校全体のグループにサイトのURLを貼り付ける。

 それから「今の俺達はこれと同じ環境だと思う」と添えておく。


「まさかグルチャでした最初の発言がこんな内容になるとはな」


「謎の情報通って感じでカッコイイじゃん」


 麻衣が茶化すように言った。


 その数分後――。


「そろそろ反応がある頃か」


「絶対に嫌われてるわー。こんな非常事態にうんたらかんたらーって怒ってる人がいるに違いない!」


「果たしてどうかな」


 俺達は緊張の面持ちでグループチャットを開いた。


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RyoTA:このサイトの情報マジじゃん


リカリカ:ウチらも鳴動高校の人らと同じ事件に巻き込まれてんの!?


M.MiSa:やばっ!


柴内慎吾@野球:漆田ナイス! 誰か知らんけど(笑)

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 グルチャの話題は俺の発信した情報で持ちきりだった。

 麻衣の予想に反して情報を疑っている者はいない。

 それだけ今の事態が異常ということだ。


「見ろ、麻衣。めっちゃ感謝されてるぞ俺達」


 しばらくすると俺達に対する感謝の声で溢れた。

 ポイントの稼ぎ方や帰還方法について分かったのが大きい。

 鳴動高校の時と違って転移者に教師がいるのも安心感を高めていた。


「皆に感謝されるのって気持ちいいものだね」


「同感だ。今後も有益な情報があったら発信していこう」


「だねー」


 俺は「ふぅ」と息を吐き、スマホを持ったまま立ち上がる。

 休憩は終わりだ。


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【備考】

鳴動高校集団失踪事件を題材にした作品が「ガラパゴ」になります。

よろしければこちらも読んでみてくださいね♪

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