〔第0章:第2節|{任務会議:ミーティング}〕

 十字架をかたどった、左右対称の西洋剣。名をそのままに「十字剣じゅうじけん」と呼ぶその剣は、芸術的で装飾的な、洗練された造形をしていた。

 柄頭ポンメルガードの中央に正八角形の枠を座し、その枠座には、直線的に描かれた金色の「天秤」のような紋章を宿している。紋章は枠座を貫くようにして、剣全体の上下左右に金線となって伸びており、縦は柄頭ポンメル(つかがしら)からポイント(きっさき)まで、横はガード(つば)の左右まで、象徴的に至っていた。グリップ(つか)全体はマットシルバーに加工されているが、刀身は金線を挟みながらも、金属光沢を放っている。

 刃の輝きは鋭利で、十字剣は芸術品でも装飾品でもなかった。

 十字剣は、実物真剣であった。





 金線をまたいで見返しているのは、我ながら無気力そうな面持おももちの顔。

 頭に沿って丸く流れている、あおみのかかった長めの黒髪。気怠そうで困惑してそうな目つきは、日常的に気怠さを感じ続けてるわけでもなく、困惑の感情に溺れているわけでもないはずなのに、おかしくもどうしても、そう見えてしまっている。

 人によっては腹立たしく見られるかもしれない。あるいは、心配してくるか。

 光の当たり具合の問題でもある。薄暗い部屋にある唯一の光源は、刀身の上下に白く反射している、天井から吊るされた蛍光灯だけ。

 その白光りに挟まれた自分の顔。普遍的ふへんてきな顔は我ながら……妙に、不快感を覚えてしまう。特に自己嫌悪的な心情にも覚えはないはずなのに、だ。


「——ソウガ? 自惚うぬぼレテンか?」


 イントネーションが妙な低い濁声だみごえが、背後から聞こえた。

 十字剣を抱くように持っていた青年——ソウガは、映る自分の顔を打ち消すようにして、十字剣を両手の中でクルリと回すと、右手に持ち替えてから振り返る。

 向かって立つのは、長身の男。

 明らかな異国の肌の、スーツを着崩した格好の黒人。白いタンクトップはすそを出し、足は裸足で、ヘラヘラとしたニヤケヅラをソウガに向けている。

 短く刈り込んだ黒い巻き毛は、もみあげから顎髭あごひげまで繋がり、本人のその薄ら笑いに合わせて揺れている。その右手にはソウガと同じく、一本の十字剣があった。

「華麗な負ケッぷリだッたよなァ、今の」

 流暢りゅうちょうながらも違和感のある話し言葉に、ソウガは悪態を吐くように返す。

「うるせえよ。てか、負けじゃねえ。まだ終わってねえだろ」

「終わッテンだろ、もう。なンならおレの十字剣も貸シテやろーか?」

「いらねえよ」

 ソウガは一度手首を返し、黒人の男が立っている正面へ。床に貼られた、二本の赤いテープの間に立ち戻る。いまし《方》、剣が手から弾かれる前に。

「言っとくがバンキ、試し斬りだぞ。試合でもないのに、マジになんなよ」

 ソウガに、相対する男——バンキは鼻でわらうと、共に同じ構えを取った。

 体格はともかく、二人は全く同じ構えを取った。十字剣を持つ右手を右ももの前へ出し、その手首は九十度に。ポイント(きっさき)を目線に合わせ、相手を一直線上越しに見る。左手は左半身と共に一歩引き、肘は肩の側に備えておく。軽く腰を落とし、左足の重心は爪先に。

 十字剣の基本的な構え。互いに相手を真っ直ぐ見据みすえる。

「顔が不快だ。あっち向け」

「向かセテ見セろよ。デキるもンならなッ!」

 十字剣が左右から打ち合い、刀身が金属音を響かせる。

 身長と力ではソウガに不利だったが、打ち合った剣で弾かれたのはバンキの方だった。明らかにワザと……クソが。

 ソウガの視界の下から、長い左足が振り上がる。勢いに乗じた想定外﹅﹅﹅という卑劣ひれつな一撃。ソウガは追撃をあきらめ、剣を振るよりも先に、自分の身体を後退させた。

「試し斬りって言ってんだろ! 足出すなよ!」

「そレも剣デ、ふセイデ見セろ!」

 バンキの剣が振り下ろされるも、ソウガはさらに一歩退がった。

 ソウガは、バンキの戦い方が嫌いだった。というか、知る者全員から嫌われていた。

 お試しで足を断切するのは、あまりにレギュレーション違反。バンキもそれが分かっているが故、あえて足を突き出してきたのだ。

 ソウガは後退しつつ、相手の十字剣を警戒。

 その剣が今度は下から斬り上がってくるが、これは想定通り。刃を回すように軽く外側へと弾く。

 左手が掴みかかるように伸びてくる。クソ野郎。マジで斬ってやろうか。

 そんな思惑も一瞬で過ぎ、ソウガは素早く身を屈めながら剣を引き、手の中で逆手に持ち替える。その柄頭ポンメルでバンキの顔面——を寸前で下に向けて、その胸を突いた。

「ウェゥッ!」

 後ろへ倒れるバンキ。長い手足を床に投げ出し、左手で胸を押さえる。派手に倒れるパフォーマンスだが、剣だけは持ったまま。これもワザとだ。

「痛ェな……」

 バンキは相変わらず薄ら笑いで、胸をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

「おレの負ケかァ? イや〜、残念残念だ」

「勝ち負けじゃねえって何回言えばわかんだよ。てか、わかってんだろ。——ガンケイ!」

 ソウガとバンキがいたのは、部屋の真ん中ら辺。

 ソウガが振り返ったのは、左後ろ。この部屋唯一のドアから向かって、左手奥の一帯。

 打ちっぱなしの壁材で囲まれた部屋だったが、その隅の付近だけは一部、特殊な床材が被っていた。床まで繋がったその特殊材の上には、壁沿いに広いL字型の机が置かれ、幾つかの電子機器が置かれ、鏡や顕微鏡けんびきょう、ガラス器具などの科学室的な小道具も見える。その手前には数本の剣が横たわり、さらにその前には、男女が二人座っていた。隣り合った丸椅子で背を向けていた二人は、ソウガの呼び声に同時に振り返る。ソウガが呼んだのは右側に座る少年の方——ガンケイだ。

 バンキみたく学生服を着崩しているが、バンキほど高くない身長の黒髪の少年。光の辺り具合の所為だろう、若く血色の良いはずの肌はその彫りが深く濃く、青白く見えている。ソウガと似た雰囲気をまとうも、髪は毛先がボサボサで不健康的に見える様相だ。年相応の青さを残す少年だったが、その手にも十字剣があった。

 ひるがえって隣に座る女は、スーツでも学生服でもなく、カジュアルでお洒落な服装だった。

 花柄の白いシャツにダークブラウンのロングスカート。スカートと同じくらい濃い茶髪を、左右それぞれ目と耳の間から二つに束ね分け、胸下まで真っ直ぐに降ろしている。ガンケイと共に振り向いたよく焼けた小麦色の笑顔には、本人の純然さを相乗させるような、可愛らしいそばかすを浮かべている。その笑みは、ソウガより一つ年上である事を忘れさせるような、実に無邪気な風貌ふうぼうであった。

 そしてやっぱり、手には剣を。

「なに?」

 ガンケイが眉をひそめ、訊き返す。

「変わってくれ。相手にならない」

「……それなりに良い試合じゃないの?」

 ガンケイではなく、隣の女が言った。

「なら、キキはバンキとやってくれ」

「…………遠慮しちゃう」

 女——キキは誤魔化すように笑った。

「試し斬りにもならねえんだぞ。こいつの——」


「——GoodグッドMorni~ngモーニ〜ング?」


 妙に聞きざわり﹅﹅﹅﹅﹅の悪い嫌な挨拶と共に、ソウガは反射的にバンキから一歩離れた。直後、すぐ横から十字剣が下から上へと勢い良く繰り出されてきた。ソウガは剣を即座に右手に持ち替えると、手首を一回転。剣は思っていたより綺麗にひらめき、バンキの突き出してきた追撃を大きくも優雅に弾いた。衝動﹅﹅に任せたソウガの動きはアドレナリンの所為か的確で、ソウガは素早くバンキのふところに入ると、右半身を押し込みながら相手の刀身を抑えつけ、その十字剣をるように手首側から引き剥がす。勢いのまま自分の剣のポイント(きっさき)をバンキに振り下ろすように向け、その背後でバンキの十字剣は、コンクリートの床材を二度弾き、そのまま床を滑っていった。

 少し圧倒されたのであろう、固まった薄ら笑いを浮かべるバンキに、ソウガはあえて偉そうに言ってやる。

「……どうよ?」

 部屋の隅から小さな拍手が聞こえた。

「凄っご〜い! ソウガ、やるねぇ〜!」

 一部始終を見ていたキキだ。ソウガはバンキに背を向け、剣を拾いに向かってやりながらも聞こえるように吐き捨ててやる。

「お前の不意打ち挨拶も、そろそろ見切ってきたぞ」

「……よーやく、半人前くらイか?」

 ソウガは十字剣を拾うと、剣先を床に向けてバンキに渡す。バンキは唖然とした気構えの抜けないであろう微妙な表情で、ソウガのそれを見てすっとした。気分が良い。

「お前と同じ土俵でなら、こんくらい朝飯前だ」

「そーか? 偶然ニシか見エなかッたゼ? ……そレデもま、半人前半分だケどな」

 ソウガは立ち位置に戻った。

 残念ながら、口論はあまり得意ではない自覚がある。バンキに対し藪蛇やぶへびにならないうちに、次の斬り合いの意を示しておく。バンキも再び構える。

「ショーがネエよな。結局、おレの事がだ〜イ好キなンだもンな」

「いい加減、自分の好感度の極小さに気付け」

 互いにひと言言い合ってからの、腰を落とした次の一瞬。



 バーーーーン!!!!



 と。誰もがビクッとした音と振動をともなって、この部屋唯一の出入り口が勢い良く開かれた。

 部屋中の視線を集めたソウガの背後のドアの前には、一人の女が胸を張って立っていた。



「——わたしの、登場!」



 両腰に手を当てて宣言したのは、顎を突き出し、見下すように一行に視線を返す、露骨に不遜ふそんな態度の女。

 ドアの開閉にしては強過ぎる勢いは、腰まで垂れていた女自身の濃緑色のツインテールを大きく揺らした。首から足先までパンクロックとゴスロリを混ぜ練ったような、派手で装飾の多いモノトーンの格好で、背負っているリュックサックは毳毳けばけばしく、蛍光オレンジで…………きたならしい。よごれているのではなく、統一されたモノクロ感が台無し、という意味でだ。少なくとも、お洒落やファッションに疎いソウガには、あまり羨望的せんぼうてきな格好ではない。今日は﹅﹅﹅そういうスタイルらしい。

 部屋の中にいる誰よりも小柄で、誰よりも幼さを残した顔であったが、その視線は幼子とはほど遠い、乱暴な不快感やら嫌悪感を乗せて、この暗い部屋——「第二地下倉庫室だいにちかそうこしつ」全体を、左から右へと一瞥いちべつした。

 全面コンクリートで囲まれており、壁には換気扇がついているだけで窓は一つもない。天井から下がっている光源となる蛍光灯は、今いているのは中央の二本と左側の一本のみで、LEDの白さは優秀だったが、部屋の大半は真っ暗だ。部屋自体地下にしては広く、奥半分は陰を増幅させるように、多種多様なオフィスチェアやデスクが乱雑に押し込まれ、積み上がっていた。

 向かって左側の作業区域にはキキとガンケイ。部屋の中央にはバンキとソウガ。最後に部屋の右側——暗闇でほとんど見えていない場所を見る。電気を点ければ、運動用の器具やマットが置かれているのが見えるだろう、トレーニングゾーンだ。



「……しけてる」



 挨拶無しに侮蔑ぶべつを吐いた小娘に、キキが陽気な声で手を振った。

「おはよ〜、シダレ」

 小娘——シダレはワザとらしく口角だけを目一杯上げて、誰が見ても「作り笑い」だと分かる顔を一瞬。開け放ったドアもそのままに部屋の中へ。作業区域と床のテープの間を横切り、奥に転がっていた一台のキャスターチェアにけばいリュックを置くと、デスクに腰を下ろす。

 シダレと目が合うと、ガンケイは頷いた。「よう」と、ソウガも。

 二人なりの挨拶に対し、シダレは「フンッ」と、鼻を短く鳴らした。

「おレニ挨拶は無シか?」

 バンキはニヤリとして言った。シダレは無言で、中指を立て返す。

「機嫌が良イな」

 これもこれで、いつも通りの挨拶であった。シダレはソウガの十字剣を見る。

「なにしてんの?」

 ソウガは剣先をガンケイに向ける。刺々しい「なにしてんの?」から逃げたわけではなく、当事者であるガンケイを示したのだ。当事者が答える。

「……バージョン9のお試し。シダレも一昨日試したやつ」

「あっそ。……アレ﹅﹅は?」

 興味無さげなシダレが顎で指したのは、トレーニングゾーンの暗闇の中。

 目を凝らせば一人の何者かが、敷かれたヨガマットの上に座っているのが分かる。座禅を組むかのように胡座あぐらで、気配なく微動だにせず、そこに居た。これも、いつもの事であった。

メイロ﹅﹅﹅には昨日。……ま、たぶん使わないと思うけど」

 ガンケイが言うと、



「おはよう」



 冷たく抑揚のない、透くような女の声が聞こえた。シダレが開けっ放しにしたドアから。

 視線は再びドアの方へ。

 全体が生成り色きなりいろ所謂いわゆる「姫カット」の女。頬で切り揃えた左右の触角だけが純白に染められており、肌は人一倍色白く、鼻筋も唇も耳の輪郭までもが細い。唯一目元だけが、どこか穏やかそうに、儚い雰囲気の中でもはっきりとして見えている。

 本人の体だけでも充分、印象的な白さであるにも関わらず、着ている物も全て真っ白で、白無地の長袖シャツに白いアンクル丈のズボンと白いスニーカーをまとった彼女は、シダレと同じように、しかしシダレよりは無垢な視線で、全員を——闇に胡座あぐらをかいている者まで見定めると、状況を察したように瞬きを一回。ドアを閉めた。

「おはよ〜、クフリ」

 白い女——クフリはキキに軽く頷くと、もう一度「おはよう」と告げ、ガンケイを見た。その手にある剣も。

「新版の説明?」

 通った声にガンケイは頷いた。

「そう。ご苦労様」

 シダレと同じように、部屋を横断するクフリ。その後ろ髪は腰まで真っ直ぐ伸びている。

「さっき、『のろうドロシーの夕焼ゆうや事件じけん』の報告書が出来たけど、見たい人いる?」

 クフリの言葉に、全員の反応は忌諱的きいてきだった。

「うぅ〜。……私はいいや」

 吐き戻すようにキキが煙たがり、ガンケイは首を横に振る。シダレは無関心の顔で無視。バンキは苦虫を潰したような表情を浮かべ、ソウガを見る。

「お前が大活躍シたやつジャネエか? ン?」

「うるせえよ」

 総じて、あまり楽しい任務﹅﹅ではなかったのだ。

「だと思った。グレンに言っておくわ」

「それよりさ——」

 キキは丸椅子からぴょんと立ち上がると、クフリに尋ねた。

「なんで招集されたか知ってる?」

 クフリは首を振った。

「どーセ、任務だろ? 久シ振リと言エば久シ振リか?」

「あんたは、でしょ。この間サボったじゃない」

 噛み付いたのは、勿論もちろんシダレ。

「サボッたわケジャネエよ。たまたまイなかッただケだ」

「そのたまたまが、今回も——」

「そう言えば」

 減らず口二大巨頭が不快な論争を始めようとすると、クフリが静かに口を挟んだ。

「私も詳しくは知らないけど、任務だとは言えるわ」

「どうして?」

 キキは訊き返す。

エリート﹅﹅﹅﹅がいたわ」

「……どうして?」

 キキが深く首を傾げると、ドアがゆっくりと開いた。



「おはよう」



 またまた、一人の女が現れた。今度は強く低い声だった。

 凛とした顔の女。鋭敏な視線が部屋中を貫いた。一気に引き締まった空気が、過激なほどに全員の肌と意識を刺激する。

 濃紅色の髪をポニーテールにたばね、ワインレッドの鋭いフレームの眼鏡をかけていた女は、薄いレンズの奥に鋭い眼光を構えていた。高く筋のある鼻と知性的で細い輪郭と、上下に着ている黒い革のジャケットが、女をより堅牢けんろうで、より優秀そうな雰囲気を体現し、その威厳を強めている。その手には剣ではなく、数枚の紙束が。全員を見通すような視線が部屋中に渡り、ひと言。

そろってるな」

「グレン、おはよ〜」

 女——グレンは全員を見て頷く。

諸々もろもろかたして集まってくれ」

 ブーツが音を立てて部屋を横切った。同時にそれぞれが動き出す。

 ソウガもバンキも作業台へ向かい、キキから鞘を受け取ると、刀身を納め——ン?

 刀身に映った顔——自分ではない者の顔が、奥からソウガを見返していた。そのの視線が鏡面で交錯すると、ソウガに手を振り始めた。

 ガシャッ。

 咄嗟とっさに振り返った所為で横たわる十字剣の山に鞘が当たり、派手に音が響いた。視界の隅から何か言いたげなガンケイの視線を感じたが、ソウガがドアを凝視ぎょうししていると、全員の視線がそっちに流れる。

 ドアの前で立っていたのは、見知らぬ一人の男。

 銀髪のウルフカットが短く跳ね、もみあげは猪の牙のように、口端まで伸びて尖っている。面長おもながで眉は細かったが、目鼻立ちは濃い。髭は生やしておらず、若いかもしれなかったがソウガよりは年上だ。グレンと同じくらいだろうか。水色を基調とした白い染み模様と銀の角張った線が重なる浴衣のような和服を着て、この現代にどこで入手したのか下駄まで履いている。祭り事に出向くような格好だが、腰帯には扇子せんすでも団扇うちわでもなく、二振りの刀剣。まるで両刃の十字剣に対極するように、片刃の湾曲刀と直刀が一本ずつ差されていた。それぞれ灰色と緑色の鞘に納められ、左手を置いている。

「グレン、入っても?」

 男は見た目通り、細くとも見た目らしい﹅﹅﹅強い声だった。

「嗚呼。入ってくれ」

 グレンは頷いたが、シダレが訊く。

「あんた、誰?」

 だが答えたのは、別の男。



「同類。——エリート﹅﹅﹅﹅だ」



 ゆっくりと、トレーニングゾーンの暗闇から音を立てずに現れた男——メイロだった。

 鍬形クワガタのように全体が左右に大きく分かれた、ソウガより明るい青髪の男。肌の血色がかなり良く、浅黒く深い盤石ばんじゃくな雰囲気の顔立ち。ドア前の男よりも体格はひと回り小さいが、こちらも黒地の和服姿で、黄色い稲妻のような模様が黒地に濃く浮いて見える。足もとは違い、下駄ではなく足袋を履いており、集まり始めた部屋の者たちと合流する。

「その、エリート様﹅﹅﹅﹅﹅がなんの用?」

 シダレが再び訊くと、エリートと呼ばれた男は軽薄な笑みを浮かべ、軽く手を振る。

「ソウガ」

 そばでガンケイが小声で呼ぶ。

「なんだ?」

「それ、貸して」

 ガンケイは掌を向けて、十字剣を渡すよう求める。ソウガは剣を鞘に納めると、両手で献上するように差し出した。

「 ……念の為に言っとくけど、作業区域は聖域﹅﹅だよ? 知らずに触れちゃダメ」

 鞘とはいえ不用意に音を立てたことが、ガンケイのかんさわったようだ。

「悪い」

 素直に謝罪の意を示す。

 当然だ。よわいは下でも、歴は先輩だ。無駄に反抗するよしはない。

 ソウガはこの場で、最も後輩にあたる。





「では、任務会議ミーティングを始める」

 第二地下倉庫室の中央で円陣を組んだ9人。

 全員が内側を向いて立ち、黒の革ジャンの上下の女——グレンの言葉を促して待つ。

 真白の透明感が強い女——クフリ。暗闇にいた和服姿の男——メイロ。

 陽気で呑気な洒落た女——キキ。大人びた雰囲気の少年——ガンケイ。

 目立つ白黒の派手な女——シダレ。長身のニヤケ面黒人男——バンキ。

 そしてこの中で、自分の所在そのものを疑いたくなるほど、普遍的な格好の男——ソウガ。

 と、和服姿でグレンの隣に立つ男。

 我らがリーダーであるグレン——開口一番は、彼の者﹅﹅﹅の紹介であった。



「紹介する。彼はダンガ——〈継承けいしょうソレット〉のヴァイサーだ」



 〈継承ソレット〉。

 4つの〈ソレット〉の中で、人の身で個としての『最強の極致』を司る一派。

 このご時世において、人里離れた奥地にまう狂人の集団。常人には理解しがたく、常軌を逸した過激過剰な鍛錬に日々を捧げ、身体能力と付随する精神力を極限化する事を「矜持」として活動し、時に戦力として、時に抑止力として動く〈ソレット〉。が、目の前に。

「あんたが? 〈継承ソレット〉の導き手ヴァイサー?」

 シダレの生意気口調に、男——ダンガは口角を上げた。

「よろしくな、〈十字じゅうじソレット〉諸君」

 ソウガもシダレと同じで、〈継承ソレット〉のヴァイサーは初めて見た。というより、〈継承ソレット〉自体を初めて見た。話には聞いていたが、向かい合った顔を見るに、他の数人も同じようだった。

「なンか……オーラがネエな」

「おまけにセンスもない。もっとお洒落とか考えなさいよ」

「外国人観光客ミテエだ」

 言いたい放題のゴスロリ娘と異国の肌を持つ男。ソウガは隣に立っていたシダレに「おい」と軽く制し、バンキにも同じくクフリの制止が入る。

 ソウガは内心、冷や冷やしていた。ダンガは腰に物騒な物を二本も差しているが、こちらは背中を見せて数メートル先に手を伸ばさなくてはならない。互いに悪意を持つ事無く、起源ルーツが同じであるという前提はあるが、迂闊うかつに刺激するのが推奨される相手じゃない。今この場で8対1の戦闘が勃発しても、最後に立っているのはダンガであろう。それほどの実力者だと聞く。

 さらにソウガの聞いていた話通りなら、腰にあるその二本は、ただの刀剣ではないはずだ。強者ゆえの余裕からか、ダンガはその二本を揺らし、腹から笑った。

「ハッハー、……お前ら面白いな。初対面で見た目について問われるとは。軽い服が好きなだけなんだが……動きやすい格好を探してたら、これが見つかったってわけでな」

「申請出してくれれば、ものによっては作れるよ」

 ガンケイが口を挟むと、ダンガは癖のように返事代わりに笑った。……と、目を細めるとガンケイに指を差す。

「ちょっと待て。……お前、例のブラックスミス﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅か?」

「その呼び方は認めてはないけど……特殊な武具の設計と鍛造、ついでに製造責任者、的な意味合いのことを指してるなら、確かにそうだよ」

 ソウガはガンケイと二年の付き合いがある。それは、彼の表情に照れが混じっていると見抜けるほどの期間だった。認められている事が密かに嬉しいのだろう。

 グレンが咳払い。ダンガは笑って言った——「次の機会にな。〈十字ソレット〉のブラックスミス」

 全員が改まって、グレンに注目する。

「始めよう。急な召集で悪かったが、集まってくれて良かった」

「その急な召集﹅﹅﹅﹅は、〈継承エリート〉を呼ばなきゃいけないような事なの?」

「シダレ」

 いちいち突っかかるな。ソウガが呆れ声で再び制すと、片眉を上げるゴスロリ娘。

「……なに?」

「黙れよ」

「あんたも——」

「黙れって」

 大多数の視線に、舌打ちがピリオドを打つ。かなしいかな——これもいつも通りのことだった。

「何も言わずに、黙ってて」

 クフリに先制され、ヘラヘラと肩をすくめるバンキ。

「質問は後で受け付けよう。まずは概要を」

 グレンはひと呼吸。



「二日前、〈四宝しほうソレット〉の秋のヴァイサー・ファンショが行方不明になった。我々〈十字ソレット〉は、明日から彼の『捜索任務』にあたる」



 〈四宝ソレット〉。

 〈ソレット〉の中で唯一、『四季人しきびと』と呼ばれる人外じんがい種族によって構成されている一派。四季人しきびとは〈継承ソレット〉と同じく、人間社会とは非接触の分派であり、〈継承ソレット〉が鍛錬のためにそうであるのに対し、四季人しきびとは生活圏内と存在その全てを、人間社会から隠している。

 それは四季人しきびと自体が、『心恵こころえ』と呼ばれる「春夏秋冬」それぞれにまつわる、先天的な特異能力を有している種族であるためで、その中でも、人間社会と人外種族との境界を線引きし、互いが必要以上の干渉関係を気付いたり、社会に混乱をもたらさないよう、『現実げんじつ境界きょうかい』を司ると誓った者たちが、〈四宝ソレット〉である。

 故に、〈四宝ソレット〉は〈ソレット〉の中で唯一、戦闘が専門ではない《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。



「詳細を説明する。——『特定管理対象とくていかんりたいしょう』という言葉を知らない者は?」

 挙手したのは、ガンケイ、バンキ、ソウガの三人。意外にも知っている者が多い。

「〈四宝ソレット〉が管理している『識別可能な人外概念』のことだ。主に『生類』と『区域』に分けられ、それぞれ命ある生物なのか座標変更が不可能な一帯なのかで、分類される。

 ファンショは〈四宝ソレット〉のヴァイサーとして、その対象を直接訪問し、状態を確認するための『巡回任務』に出た。これが二日前の話だ。朝から出発し、二箇所ほどその対象を巡って、夜中には(さと)に帰って来るはずの予定だったが、ファンショはその夜帰還しなかった。

 『巡回任務』では、各所の出発と到着を連絡する手順があった。だがファンショからの最後の連絡は、『二箇所目に着いた』という到着のみ。その二箇所目からの出発——本来あるはずの『帰路に着いた』という連絡はなかった。そして昨日丸一日が経過したが、今現在まで一切の連絡がない。何らかの状況におちいって、帰還と連絡ができない状態にあるだろうと、春のヴァイサー・リウワンから昨夜、救援要請を受けたため今日は急遽きゅうきょ集まってもらった、というわけだ」

 〈四宝ソレット〉の秋のヴァイサー・ファンショが行方不明。それはイコールで、秋の「あきかくざと」のヴァイサーが不在、という事だ。

 〈四宝ソレット〉は戦闘が専門でなくとも、「人外」は専門であるために、争い事に出向く事もある。人外種の中には、対話や交渉の通じない種が一定数存在し、それは知的生命が故に関わりを持ちたがらない生類や、そもそも意思疎通のできない半分けもののような生類も。

 〈四宝ソレット〉は『現実の境界』を侵そうとする事象に対し、物理的な制圧処置や事態の収拾を試みる。それが結果として、戦闘や戦争になる事もある。

 そして昨年発生した「人外戦争」にて、かなりの戦死者を出してしまっているために、この一年は酷い人員不足ながらもなんとか『境界』を支え続けてきた。専門とする「人外」関連の任務であっても重要性や専門性の低い事案に関しては、手が回らない分を他の〈ソレット〉へ委託して。〈十字ソレット〉が参加した、三ヶ月ほど前の『呪うドロシーの夕焼け事件』も、そうだった。

 そして昨年の「人外戦争」にて、ソウガは秋のヴァイサー・ファンショに会っている。

 『さき大戦たいせん』とも呼ばれるその戦争は、最終的には〈四宝ソレット〉の任務として完了するも、出向いた大半の四季人しきびとが失われた〈四宝ソレット〉は、他の〈ソレット〉にその戦場の後片付けの援助を依頼し、〈十字ソレット〉も手隙の者は呼び出されていた。三日程度の話であるが、ソウガも他の者たちと共に、瓦礫がれきや遺体の破片を運んだり、生き残った負傷者の治療に回ったり、人外的な存在の証拠たりえるものの隠滅いんめつ作業に手を貸した。

 『〈四宝ソレット〉や四季人しきびとたちは「人間より優れている」という思想が根強く、多少傲慢ごうまんな者たちも一定いる』と聞いていたが、記憶の中の橙色の髪の小柄な青年——ファンショはとても人当たりが良く、無惨にも崩壊した田舎街の戦跡せんせきでも、数度の世間話と談笑を気軽に重ねられる程度には、鼻にも付かず、感じの良い人物であった。ソウガ個人としても、行方不明とは少し残念だ。



「はい質問。——エィンツァー﹅﹅﹅﹅﹅﹅は? 一緒じゃなかったの?」

 キキの挙手に、グレンが答える。

「『先の大戦』の影響で、秋のエィンツァーは今二人しかいない。ファンショは『一人で大丈夫』だと言って出たそうだ」

 〈ソレット〉のリーダーたち「ヴァイサー」に対し、それ以外は「エィンツァー」と称される。〈ソレット〉に共通する階級的なこの二つの称号は、各〈ソレット〉にて明確な定義と役割は異なるが、本質的には意義が共通している。因みに、言葉自体は『四季人しきびと』の古代語に由来するらしい。

 リーダー的な存在である「ヴァイサー」と、ヴァイサー以外の「エィンツァー」。

 質問したキキはエィンツァーで、ソウガもエィンツァーである。歴は違えど、立場は一緒。

 ヴァイサーはヴァイサー同士対等であり、エィンツァーはエィンツァー同士対等。

 エィンツァーは各〈ソレット〉間で共通した、ヴァイサーの従義者じゅうぎしゃである。故にこの場にいる誰もが、ファンショのその判断を責める筋合いはない。

「ざまあないわね」

 であったが、シダレには通じなかった。その言葉は全員で無視した。

 ガンケイが挙手し、我らがヴァイサー・グレンに尋ねる。

「装備はどうする? 戦闘任務じゃないなら、手ぶら?」

「いや、一式持っていく。状況次第で夜間捜索も行う。ファンショのおちいった状況が分からない以上、念の為だ。全員分、フルセットで用意してくれ」

「アンテツとドンソウの分も?」

「頼む」

「そうじゃん」と、思い出したようにキキ——「二人はどうするの?」ダンガも同調する。

「そう言えばそうだな。『天秤てんびんのヴァイサー』はどうした? あとドンソウって誰だ?」

「ドンソウはうちのエィンツァーだ。二人は今、〈夜桜やざくらソレット〉と『共闘任務』に出てる。既に連絡はしてあるが、『今すぐの離脱はできない』との事だ。状況次第で離脱してもらう方向で話をしてあるが、それは明日以降の状況と場合による話でもある。念の為に頼む」

 ガンケイは「了解」と。

 バンキの挙手。

「そレデ? このエリート様は、おレらと一緒ニ行くンか?」

 親指を向けるバンキに対し、ダンガは首を振る。

「いや。実はたまたま近くにいたから、顔見せついでに寄っただけだ。〈継承俺ら〉には〈継承俺ら〉で別件があってな。この後また戻らなきゃならん」

「別件ってなに? 整形?」

「違う違う。俺らも別の委託任務﹅﹅﹅﹅があんだよ。『現実』を脅かす化け物﹅﹅﹅の『討伐任務』中だ。たまたま近くまで来てたから、剣のヴァイサーと連絡を取って、俺だけちょいと離脱して顔見せ、ってわけだ」

化け物﹅﹅﹅って?」

「シダレ、話が脱線してる」

 クフリの制止が入るが、ダンガは続けた。

「いいよいいよ。——〈四宝ソレット〉が『神裁鬼かみさばき』と名付けた、妙な瘴気しょうきまとった挙動不審の謎の獣だ。デケえ熊みたいな、四足歩行の化け物でな——急に山中に現れて、人外的な速度と力で、どこを目指してんのか……山ん中を駆け回ってやがる」

 何故かワクワクしてそうなシダレに、何故か嬉しそうに語るダンガ。……この近くにそんな奴がいるって言ったか?

「獣に言葉は通じねえって事で、そのまま俺らに白羽の矢が立って、今は〈継承うち〉のエィンツァーたちが山を降りないよう誘導しながら、使える武器使って対処中、って感じだ。やたら頑丈で普通の武器が通用しねえったらねえの。ハッハッハ」

 ダンガは苦笑し、腰に差した刀剣を手で叩く。そのどちらか、あるいはどっちもは、普通の武器ではない。ソウガの聞いていた話が本当なら、「元属武具げんぞくぶぐ」という人外的な武器のはずだ。

 「元属武具」は〈四宝ソレット〉で管理していた『特定管理対象』で、発見された異常物であるも、解析が終了しているために〈継承ソレット〉へ貸与されている。

 膨大な元素属性的なエネルギーを活用する、超常的な威力を有する武具——だったか? 人の身で使いこなせるのはそれこそ、〈継承ソレット〉くらいであると判断されたもの。そのどれかが、今この場にあるかもしれない……。

 ふと疑問が湧き、ソウガも挙手する。

「二箇所目の捜索って事は、一箇所目があるだろう? あと、その道中は? その辺の捜索はどうする?」

 グレンが答える。

「春のヴァイサー曰く、適材適所﹅﹅﹅﹅だそうだ。一箇所目は秘匿性の高い管理区域で自然の中にあり、委託できない事情があると。〈四宝ソレット〉の誰かが担うそうだ。道中に関しても、ファンショは山の中を突っ切って移動していたらしいから、どのみち〈四宝ソレット〉が担当するべきだと。それも、冬のヴァイサーが引き受けるらしい」

「ジャ、おレらニ押シ付ケテ、サボるわケジャ無イらシイな」

「春だけが遊ぶのね」

 減らず口二人の文句は、キキの言葉に流された。

「結局、二箇所目ってどこなの?」

「それが——」

 グレンは言葉を切ると、短く溜め息を一つ。ダンガも露骨に視線が遠のく。……何だ?

「懸念事項だが……」

 グレンは手にしていた紙の束を見せる。

 通常、人間的な戦闘が専門である〈十字ソレット〉の『戦闘任務』であれば、ここから具体的な戦略や戦術を話し始める。しかし、そうはいかないらしい。

 紙に写っていたのは、どこかの航空写真。遠目から撮影された、周囲が山に囲まれている地帯。その真ん中には、円形に近い家屋の密集地域。超田舎だが、集落と言えるくらいには密集している。

 写真の右下には、無機質なゴシック体で書かれた漢字が三文字。

「……う〜わ……。面倒な事になりそう………」

 シダレの隣で、会議中一言も発していないメイロが呻いた。



 そこには「針子村」と書かれていた。

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