初恋のアネモネ
ようよう
第一幕 紫色
第1話
春。それは暖かな日差しに穏やかなそよ風、小鳥たちのさえずりに蝶やお花が舞う季節。多くの動物たちはこの日を待ち望んでいたかのように冬眠から目を覚ます。
そして春は出会いの季節でもある。新たな友人ができ、新しく先輩や後輩などの上下関係ができる。中にはその出会いをきっかけに恋愛に発展するものもいるだろう。そのため春は恋の季節とも呼べる。
しかし私には恋愛というものがわからない。これまでの人生で一度も、誰かに思いを寄せたりすることはなかった。
ドラマや小説で見る恋愛はどれもキラキラと眩しく、いつか私もこの物語のように綺麗で美しい恋愛ができる日が来るのだろうと思っていた。しかし生まれてこの方十六年、未だにできる気配がしなかった。
もしかしたら私に恋愛はできないのかもしれない、そう思い半ば諦めかけていた今日、私は新たな出会いを果たした。
四月二十三日、火曜日。目を覚ますと私は調理室の椅子に座っていた。
「いつの間に眠っていたのかしら」
放課後の調理室、ひたすらに静かなこの空間に今は私一人。この時間は料理研究部としていつもここで活動している。と言っても今部員は二人しかいない。
一人は私の友達で、他の部活と掛け持ちしている。主にもう片方の活動をメインにしているため、こちらにはたまにしか顔を出さない。そのため部員は実質私一人となっている。
昨年までは先輩が一人いたのだがもう卒業してしまった。
部活動存続のためには部員が三人必要とのことなので、現状一人足りないという状況だ。今年の新入生から何とかして一人引き抜きたいところ。
しかし体験入部ももうすぐ終わり、未だ見学すら一人も来ていなかった。
もうこの部も廃部になってしまうだろうと半ば諦めていたところに、突然一人の男子生徒がやってきた。
「料理研究部ってここであっていますか?」
ゆっくりと静かに開けられた扉の先には、少し癖っけのある髪に丸渕の眼鏡をかけた生徒が一人立っていた。
「えぇ、ここであっているわよ。入部希望ということでよかったかしら」
「はい、一年の佐伯彰人と言います。よろしくお願いします」
突然の入部希望者に少し驚きつつも、これで廃部は免れたという喜びを隠せなかった。
「料理研究部へようこそ。私はこの部の部長で二年の桃城遥花よ。よろしくね」
「桃城先輩、よろしくお願いします。ところで、他の部員はいないんですか?」
「もう一人いるのだけれど、掛け持ちしていてね、こっちにはあまり顔を出さないのよ。今部員は二人だけだからあなたが三人目よ。これからは楽しくなりそうね」
軽く自己紹介を済ませたら、少しばかり雑談をすることにした。
なぜこの時期になっての入部なのか。一番の疑問はそこだったのだが、答えは簡単だった。
今までこの部が存在することを知らなかったらしい。無理もない。部員は二人、内一人は兼部でほとんど顔を出せない。勧誘や宣伝などもろくにできていなかったのだから当然だろう。しかしたまたま教師からこの部のことを聞き、今に至るという。
その後も雑談は続き、この部についての説明をしたら入部の手続きを行い、この日は解散することにした。
「それじゃあ明日また調理室で」
「はい、今日はありがとうございました」
校門で別れ、それぞれの帰路に就く。
佐伯彰人君、真面目でおとなしそうな子だった。
目を奪われてしまいそうになるほどきれいな青い瞳。光に照らされると少し茶色に見える長くもなく短くもない髪。時々見せる優しい笑顔。身長は私と大差ない、少し私の方が小さいくらいだろうか。第一印象はかなりの好青年だった。
あまり長い時間話をしたわけではないが、初めて後輩ができ弟ができたようで少し愛おしく感じた。
などと考えていたら、後ろから聞き慣れた声と共に全身を包まれた。
「はーるーかっ」
「ひゃあ!?」
私の口から出たとは思えないような声が出た。
「わっ、びっくりしたぁ。どうしたのさ」
「びっくりしたのはこっちの方よ。なによ夏葉」
「いや、かわいいかわいい遥花の後ろ姿が見えたもんでつい」
「もう、冗談言わないの」
彼女は中川夏葉、私の親友でもう一人の料理研究部員だ。夏葉とは高校に入ってから知り合ったのだが、席が隣で趣味も合うということもあり、次第に仲良くなっていった。
彼女は私と違い明るく社交的で、誰とでもすぐに打ち解けてしまう。初めは私もそのうちの一人なのだろうと思っていたのだが、いつの間にか彼女と一番行動を共にするのは私になっていた。
そんな彼女に私も完全に心を開き、今では唯一本音で話せる友達となっていた。
「そういえば、料理研究部に待望の新入部員が入ったわよ」
「ほんと! よかったじゃん。それで、どんな子なの?」
「一年の佐伯彰人君という男の子でね、真面目でおとなしそうな子だったわよ。明日から来てくれるみたいだから、あなたも早く顔を出しなさいよね」
さすがに弟ができたみたいでかわいいなどとは、口が滑っても言えなかった。
「へー佐伯君かぁ。ちょうどよかった、明日バレー部休みなんだよね。早速明日行ってみるよ」
その後はいつも通り何気ない会話をしながら帰った。夏葉の社交性もあってか、いつも話題が途切れることはなかった。そんな夏葉との時間が私は心地よいと思っていた。
「それじゃあまた明日、学校で。バイバイはるか」
「えぇ、また明日」
そういって手を振りそれぞれの家に帰る。家に帰ると晩御飯を食べお風呂に入り、課題を済ませるいつもの日常。明日は何を作ろうかしら、なんてことを考えながら深い眠りについた。
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