天才錬金術師マリエラは、皇妃になりたいわけじゃない

皆川

第1話 マリエラ、アンセムと出会う

 長い金髪を緩く編んだ少女は、魔塔の窓辺で外を眺めていた。

 右手の上では、青い人形が踊っている。



「マリエラ」



 しわがれた声で呼ばれて、マリエラは振り返った。青い目が好奇心できらりと光った。マリエラ・ルネサンスは、若干12歳でこのミストリア王国で、最も優秀な錬金術師だった。手の上の人形はホムンクルスだ。魔石でできているため、宝石でできたような見た目で、全身が青い。


 部屋に入ってきた老人は、ゆっくりとした動作で、椅子に座った。



「師匠、どうかしましたか」


「お前にパーティーへの招待が来ている」


「いつですか? うれしい! 絶対行きますからね」



 マリエラは貴族の子だったが、魔塔に入ったので、社交界からは距離があった。一生行くことがないかもしれないと思っていた華やかな場に、参加できるのがうれしくなる。



「王室主催のパーティーだが」



 そこまで言って、師匠は両手で頭を抱えた。



「お転婆が、そんな格式のあるパーティでおとなしくできるとは到底思えない」


「大丈夫ですよ。この前も国王陛下とお話しましたけど、うまくやったでしょ」



 マリエラは胸を張って言う。

 国王陛下とお話したのは、マリエラが最年少でホムンクルスを作成した功績があったからだ。その時に、目にとまって、パーティに誘われたらしい。



「今回は外国の皇子もくるのだ。ルルベルナ帝国の第二皇子だとか、だから歳のちかいお前が候補に挙がったんだろう」



 マリエラは魔塔の下級貴族だ。本来、国賓をもてなす王国主催のパーティに出られる身分ではなかった。しかし、国王陛下の覚えもめでたく、特別に参加できることになったらしい。



「お願いだから、静かに、目立たないようにするんだぞ」


「はぁい」



 師匠に言われてマリエラは返事をした。いわれなくても、面倒なことには巻き込まれたくないので、おとなしく、おいしい食事でも楽しもうと思っていた。




 ところが、パーティが始まってみると、マリエラの席は帝国の王子の隣の席だった。年が近いからいいだろうということで隣にされたようだ。

 帝国の皇子の反対側の隣には、王国の王子が座っている。


 さすがのマリエラも、パーティ参加者全員から注目される隣の席で、少し緊張しはじめた。なるべく話しかけられないことを祈りながら、おとなしく過ごした。

 イベントごとが大体終わり、このまま何もなく終わるかもしれない、とマリエラが少しほっとして、デザートのケーキを一口食べたところで、声がかかった。



「ねえ、君、名前はなんていうの?」



 帝国の皇子から名前を聞かれて、マリエラは驚いた。



「マリエラ・ルネサンス」


「僕はアンセム」



 マリエラは皇子の名前を知っていた。無礼があってはいけないと、師匠に叩き込まれたからだ。アンセム・ルルベルナ皇子。最近まで平民として生きていたが、母親が亡くなり、皇室に引き取られた。

 年齢は、正妃の間に生まれた皇子の一つ下、12歳のマリエラの一つ上の13歳。

 


 知っている、と思ったが、マリエラはうなずくだけにした。

 反対側にいる人と話せばいいのに、と思ったが、反対側にいる、ミストリア王国の王子ゼンは、今年24歳になる。倍ほども年がちがうので、自分からは話しかけづらいのかもしれない。


 そんなことを考えていたらミストリア王国の王子がことさらに大きな声で言う。



「マリエラは我が国自慢の錬金術師で、最年少でホムンクルス精製に成功したんですよ」


「ホムンクルス?」


「皇子はご存知なかったかな、帝国は我が国とは違い、錬金術は主流でなかったかな」



 ゼン王子の話の最後の方はほとんど独り言のようだった。



「はい、帝国はどちらかというと魔術が主流で、今日一緒に来ている護衛のキースも。魔術師なんです」



 そう言ってアンセムは後ろを振り向いた。

 アンセムの席の後ろの壁で控えている若い男がいた。燃えるような赤い髪の男だ。



「護衛にしてはずいぶんと若いですね」



 ゼン王子が言うと、アンセムは笑った。



「僕も最初はそう思ったんです。でも、魔術師の実力は、経験よりも才能が大切みたいです。キースは帝国ですでに3番目の実力だといわれています」


「それはすごい」



 2人の話を聞きながら、マリエラは目の前のケーキをもう一口食べようとしていた。

 なぜなら、魔術師のキースに話題が移っていて、アンセムは王子と話がはずんでいるため、ケーキを食べている最中に声をかけられることはないと思ったからだ。

 さすがに主賓の話している途中で、ケーキを思い切り頬張るのはお行儀がよくないとマリエラはわかっていた。


 思い切って口にいれると、甘い味がふんわりと広がった。特に生クリームが今まで食べたことのないくらい美味しくて、ほおがとろけそうになる。

 さて、もう一口、と残りのケーキにフォークをさした瞬間だった。



「僕はホムンクルスを見たことがないので、ぜひ見たいです。マリエラ嬢、見せてもらえるかな」



 アンセム皇子が突然マリエラに話を振った。



「それはいい、ぜひ壇上で皆にみえるようにやってくれ」



 ゼン王子も余計なことをいう。

 マリエラは手に持っていたフォークをお皿の上に置いた。



「じゃあ、少しだけ」



 マリエラはケーキが中断して少し残念だったが、淑女らしいおしとやかな微笑みを顔に貼り付けた。


 こんな場で、失敗なんて絶対あっちゃいけない。とはいえ、何百回もやったことのある手順は、体に染み付いていて、間違えようがない。

 マリエラは耳につけている大ぶりの青い宝石がついたイヤリングに手を当てた。



『起きて、アイ』



 ホムンクルスと主人の会話は、テレパシーでする。思うだけで通じるので、今の声は他の人には聞こえていない。

 宝石に触れた指先に魔力を流し込むと、徐々にイヤリングは形を変えていく。


 宝石を中心に金色の装飾もパズルのようにくみ代わり、あっという間に青い小さな人の形に変わった。


 全身、宝石と同じ青色のホムンクルスは、浮遊して、マリエラの近くで指示を待つ。



「これは、すごい。初めて見ました」



 驚いた様子のアンセムに、王子が自分のことのように得意げにホムンクルスについて説明を始めた。



「ホムンクルスは魔石と主人の魔力を使って、自分で思考をもち、動きます。ほら、マリエラ、何か見せてあげて」



 『何か』と雑に振られて、マリエラは少し考えた。

 人を傷つけない、見栄えがよく、アイの得意な魔法がいいだろう。そう思い、心で命令する。



『アイ、幻影を作って』


『はい、マスター』



 アイは答えて、高く飛ぶ。

 パーティ会場の天井は高く、その一番上までアイは飛んだ。

 くるくると回転しながら降りてくると、アイの周りから虹色の帯が広がっていくように見えた。アイを中心に天井に向かって8本の虹が伸びる。



「わあ」



 いつの間にか会場の人たちは皆天井を見上げてアイとその周りの虹を見ていた。


 アイは、ゆっくりと上から降りてきて、マリエラの肩に座った。虹はアイの周りをくるくると渦巻いて収束して、消えた。



『マスター、どうでしたか?』


『完璧! さすがアイね』


『マスターがよろこぶとアイもうれしい』



 アイはくるくるとその場で嬉しそうに回った。

 アンセムが心で会話するマリエラたちの姿を見て、微笑んだ。



「すごいですね」



  そうそう、私のアイはすごいんだから! といいたいのを我慢して、マリエラはすました顔で、お辞儀をした。


 お辞儀をして、顔をあげて、アンセム皇子の顔を改めて見た。さらさらとした真っ黒な艶のある髪、目の形は猫のように丸く少しだけ目尻が上に上がっている。優しそうに口角は常にゆるく上がり、やわらかそうな唇は血色がよく、バラ色をしていた。


 一瞬、みとれて、そのすぐ後に、マリエラはアンセムの後ろに光るものを見つけた。

 何だろう、確かめる前に嫌な予感がして、マリエラの手が出ていた。



「危ない!」



 マリエラがとっさにアンセムを突き飛ばす。


 ヒュッという音がして、マリエラとアンセムのすぐ近くを小さい何かが通り過ぎた。

 アンセムは驚いて尻餅をつき、マリエラがその上に覆い被さる形になった。



「あ」



 アンセムが自分の左耳を手で押さえる。

 アンセムの左手が血で濡れていく。マリエラはそれを見て、自分の予感が当たったことを知った。誰かが皇子を攻撃したのだ。



「大丈夫ですか? 一体何が!」



 すぐ近くにいたゼン王子が一番に気づいて、駆け寄る。アンセムの負傷を見て取って、耳にハンカチを当てた。


 マリエラは立ち上がり、先程光ったものが見えた方向を指差した。



「あっちです、あのカーテンの陰から何かが飛んでくるのが見えました」


「衛兵!」



 ゼン王子が大声で衛兵を呼ぶ。

 ほぼ同時に、マリエラが指差したカーテンの裏から、先程話題に上がった赤い髪の魔術師、キースが出てきた。気絶した人を引きずっている。


 私たちの前に放り投げた。



「ミストリア王国の警備はどうなってる」



 感情の読めない声でキースは言い捨てた。

 責められたように感じて、ミストリア王国の衛兵、ゼン王子は何も言い返せずにいた。


 そんな中、耳に傷を負ったアンセムがゆっくりと身体を起こす。



「警備の問題じゃない。帝国でだって、ここに来る道中だってよくあることだったじゃないか」


「ですが」


「誓ってもいい、僕を狙ったその男は、ルルベルナ帝国の手のものだ。ミストリア王国で起きたことにして、罪をミストリア王国に問うつもりだったんだろう。大騒ぎしたら相手の思うとおり…」



 アンセム皇子の声が小さくなる。

 顔から血の気が引いて、青白くなり、唇は紫色で、手が細かく震えていた。

 アンセムの様子がいつもと違うことに気がついたキースがアンセムに駆け寄り、耳の傷を確認する。耳の傷は切り傷の縁が、すでに腐ったように変色していた。



「これは、毒だ。医師を呼べ!」



 キースが周りにいた衛兵に指示をだす。



「どいて!!」



 毒、と聞いて、マリエラはキースを押しのけ、傷口を確認する。

 これなら、私にも解毒できる、と思ったマリエラは、ホムンクルスのアイに呼びかけた。



『アイ、お願い』


『はい、マスター』



 アイは水の魔石を使って作り出されたホムンクルスだ。

 水の魔法の中には癒しの魔法がある。


 マリエラの一言で指示を理解したアイは、アンセムの傷口に触れ、解毒を始めた。


 王子を始めとする王国の人々には慣れた光景で、これで皇子は助かると安心する雰囲気があった。

 しかし、帝国の魔術師、キースだけが違った。



「やめろ!」


「やめない!」



 帝国には錬金術士がいないから、見慣れていないだけだろう、そう思ってマリエラはかまわないことにした。

 ゼン王子が、キースの肩を叩き、安心させるように言う。



「大丈夫です、マリエラを信じてください」


「信じられるか!」



 キースは怒鳴った。


 そして、それだけではあきたらず、キースは乱暴にホムンクルスのアイを掴んだ。


 マリエラは気づけなかった。

 解毒は指示を出すにも難しく、傷口に集中していた。もう少しで終わる、という気持ちもあり、アンセムの顔色を注視していた。

 何より、マリエラの周りには、そんなことをする人が今までいなかったので、気づくのが遅れた。



『マスター、アツ、イ』



 アイの声が聞こえて、マリエラはようやく気づいた。

 アイはキースに鷲掴みにされて、アンセムから引き離されたところだった。


 キースは怒っていた。アイを掴むその手が赤く光っている。

 その色を見て、マリエラは焦った。

 赤く光る魔力は火の魔力、剥き出しの魔石でできているアイにとって、他人の魔力は毒だ。



「やめて! やめなさいってば!」


「こんな怪しいものに皇子を任せられない」


「あんた、何にもわかってない!」



 マリエラは必死になってキースの腕につかみかかった。しかし、マリエラでは手の長さも背の高さも力も、年上のキースにはかなわない。


 状況が掴みきれていないのか、傍観している周りの衛兵を、マリエラは睨みつけた。



「あなたたち、このままじゃ皇子がダメになるってわかるでしょ!? 手伝いなさい!」



 12歳の少女の迫力に押されて、衛兵たちがようやくキースの取り押さえに加わった。


 しかし、キースはきつくホムンクルスを握りしめた手を離さない。



『マスタ アツイ』



 アイの声がだんだん切羽詰まっていくのを、マリエラは、恐怖の中で聞いていた。



「アイをはなせ!」



 ついにマリエラは叫びながら、キースの腕に噛みついた。痛みでようやくキースは手を離す。


 しかし、アイはすでに自分で飛べる状態ではなかった。

 マリエラが手を伸ばしたが届かない。



『アイ!!』



 真っ青なホムンクルスのアイは、ゆっくりと落ちていく。

 そして、床にぶつかり、粉々に割れた。

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