第3話 この国で異彩を放つ乳母


 しょうもない会話をしているうちに、部屋の空気がひんやりと異質なものに変化していく。


 雪も年に数度しか降らない比較的温暖な国だったが、今の室内は明らかに温度も湿度もおかしかった。

 屋根や窓にバラバラと大きな音を立てて、いきなり雨粒が降り注ぎ始める。

 






「……私のことを話題にしていたのかい?」



 短時間で災害が起こってしまうような大雨となっていて、雨音は今やとんでもない大きさになっている。

 ――なのに、荒げているわけでもない、ささやくような声がきちんと聞こえる不思議さに、兄妹は鳥肌が立つのを感じた。



 人払いしてある執務室に、いつからいたのか乳母が静かに立っていた――





(確かに撒いてきたのに……)

 姫は乳母に、夕餉には魚が食べたいとねだったのだ。


 姫を膝にのせて頭を撫でながらご満悦な乳母は、膝から下ろしたくないのだろう、最初は世話係に厨房までの伝達を頼もうとした。


 だがそれでは姫の目論見は台無しである。

「あ、あのね?乳母のほうがわたくしの好みのことをよく知っていると思うの。だから直接厨房まで指示を出してきて欲しいのだけれど」


 その言葉に、はっとしたように乳母は目を見張った。

「姫さまが私に願いごとを……」


 乳母はゆっくりと丁寧に、それはもう大事なものを扱うように膝から姫を下ろすと、

「すぐに戻るからじっとしているのだよ」

 そう言って


 そこまでは予想通り。姫は急いで実兄の執務室まで足早に移動する。

 一人になれるところは御不浄しかなく、見守られているというよりは、四六時中見張られているような存在に、いくらなんでもおかしいだろうと思ったのは昨日今日のことではない。

 とにかく乳母のことを尋ねたかったのだ。



 乳母は誰もが目を奪われる美貌の持ち主だった。

 腰まである白金の髪は一つにまとめられ、まるで水面に金銀をちりばめた光がキラキラとさざめくようで、動く度にふわりと鮮やかな色彩を描き出す。

 それは黒い髪・黒い瞳を持つ民たちの中にあって、異彩を放っていた。


 中でも特に目が離せないのはその瞳だろう。

 青よりも青い瞳を見るたびに、人は安らぎを得ると同時に、畏敬、同時に畏怖、絶対的超越者を前にした畏れを感じるのである。



 ゆっくりと足音も立てずに姫に近づいて、そっと頬を撫でた。

「……いけない子だね。そんなに私から離れたかったのかい……?」


 声音はもの悲し気だが……


 怒っている。

 


 部屋の温度がますます下がっていることを兄妹は実感していた。知らず冷や汗が二人の背中を伝う。


「イェレファロンよ。姫はまだ成人前ではありますが……もう伝えてもよろしいでしょうか……姫の秘密を」


「私を排そうとしてまで疑問が生じてしまったのなら、仕方のないことなのだろうね。姫が成人するまで、というのはあなたたちからの願いだった。好きにするといい」


「ありがたく存じます」




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