第41話 関所と詐欺師伯爵 上


 街道を進むと、人通りは増えた。尾行らしき人間はやはりいなかった。念のため、途中の宿場町で衣服を買い換える。いつまでも貴族風の格好では人目に付く。


 公衆浴場で旅の汚れを落とすと、テオは青く染め上げたシャツの上に茶色いベストを着込み、下は黒いズボンである。その上から濃緑色のマントと三角帽子を付け、食料や水袋を詰めた背嚢を背負う。


 ジェラルディンは白いシャツに紺色のズボン。その上から緑色のフード付きマントを付けた。最後に着替えや石けんなどの小物を詰めた背嚢を背負う。


 腰には『竜騎士』セオドアから奪った名剣を差す。鞘は忘れてきたために、似たものを誂えた。ジェラルディンには大振りではあるが、捨てるには惜しかった。


 最後に、代わりの馬を用意して進む。アンドリュースへの裏切りという言葉が頭をよぎったが、詰まらない感傷で任務をしくじることこそ最大の裏切りであろう。

 

 街道を進み、ウィルモット王国の国境に辿り着いた。ハイド王国へ通じる関所である。谷と谷の両端に、巨大な門が据え付けてある。


 聞いたところによれば、谷間にかけられた橋には仕掛けがしてあり、いざという敵には谷底へ落ちて敵の侵入を防ぐ。強引に突破するのは難しい。


 脇道へ抜ける手も考えたが、両国の境は峻厳な山が横たわっている。下手に関所破りをすればかえって遠回りになるだろう。


「止まれ」

 ウィルモット王国側の兵士が立ちはだかる。二十代から四十代ほどの男が六人。


「馬から下りろ」

話しかけたのは、責任者らしき年かさの男である。強くはなさそうだが、先の仕掛けもある。ジェラルディンたちは素直に従った。


「何者だ?」

「我々は、行商人の夫婦です」


 返事をしたのはテオだ。事前に取り決めた通りの返答だ。


「人に聞かれたら旅の行商人夫婦、ということにしましょう」

 衣服を整えたときにテオがいささか気弱そうに提案した。夫婦には見えないけれど、と心の中のつぶやきが聞こえた気がした。女の格好ではいざというときに後れを取る。


 責任者から確認するような視線を向けられた。ジェラルディンはうなずいた。


「ハイド王国へ布の買い付けに参ります」

 布の産地であるのは本当だ。羊の畜産が盛んで、質の良い羊毛が採れる。ドリスコル王国との休戦条約の際も、ハイド王国産の羊毛とその織物が友好の証として贈られている。


「馬車もなしにか?」

「新規開拓も兼ねておりまして」


 良い業者を見つけたら改めて交渉するつもりだ、とテオは朗々と語る。


「羊毛ということは、ラデルか?」

「いいえ、西のカストルの方を回ろうかと。私どもは新参者の小さな商いですので」


 ラデルはハイド王国南部の牧場地帯である。大規模な畜産農家が多い。つまり、すでに大規模な取引先も決まっているだろう。そこに割って入るのは並大抵の労苦ではない。反してカストルは山岳地帯で、交通の便も悪い。羊も小規模の牧場が点在するのみである。だからこそ、新規開拓の可能性があるとしたらカストルの方だ。


「……通れ」

 商人と信じてくれたらしい。頭を下げて関所の門をくぐろうとした時、背後から声を掛けられた。


「そこの者。こちらを向け」


 声を掛けたのは先程の責任者であり、問われているのはジェラルディンだった。恐る恐る、という体で振り返る。


「その剣はなんだ?」

 指を差されたのは、『竜騎士』セオドアから奪った剣だ。鞘こそ地味なものを拵えているが、旅の商人が護身用に帯びるには無骨に過ぎる。


「私の妻は元々傭兵の娘でして……」

 テオが媚びを売るような顔で取り繕う。ジェラルディンも頭を下げる。


「見せてみろ」

 言われるまま剣を差し出す。受け取った兵士が乱暴に鞘を引っこ抜く。


「ほう」

 感嘆の声を上げる。素人目にも業物であることは明らかだった。


「いくらだ?」

「は?」

「この剣はいくらだと聞いている」


 欲しくなったらしい。『竜鉄鋼』の武器は、帝国内で限られた業者のみに販売を許可されている高級品だ。関所の門番程度の給金では、まず手に入らないだろう。

 横からテオがジェラルディンの袖を引っ張った。ここで騒ぎを起こせば、面倒なことになると言いたいのだろう。


 ジェラルディンとて承知の上だ。いかに業物であろうとたかが剣である。命には代えられない。くれてやるのは構わないが、売りさばくと丸腰になる。短剣や隠し武器程度でこの先を切り抜けられるとは思えない。この先で代わりの武器を買い求める必要がある。『竜鉄鋼』の剣と同程度となると……。


「金貨三百枚」

「ふざけるな!」


 ほぼ相場どおりの金額なのだが、兵士は侮辱と受け取ったらしい。喚き散らすとジェラルディンの鼻先に『竜鉄鋼』の剣を突きつける。


「そんなご大層な名剣を何故持っている?」

 売り物、という言い訳は通用しない。刃を見れば多くの戦い経てきたのは明らかだ。


「怪しいな」


 たちまち兵士に取り囲まれる。いずれも警戒心を露わにして槍を構えている。やむを得まい、とジェラルディンが一戦交える覚悟を決めた時、テオが両手を広げてお待ちください、と言った。

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