第38話 友の最期
迫り来る『
それに向かってくる『
ジェラルディンは渾身の力を込めて先頭の男に両手突きを放つ。狭い道ではかわすのも難しい。心臓を突き刺し、背中まで貫く。目の前の男がジェラルディンの剣に手を掛けながらにやりと笑う。致命傷どころか即死でもおかしくないはずだが『
ジェラルディンは更に一歩前に踏み込み、前進する。『竜鉄鋼』の剣は先頭に続いて背後にいた男もまとめて串刺しにしていた。
そこへ三人目の男が仲間を飛び越えながら向かってきた。ジェラルディンは斜め上から迫り来る影を見据えながら一気に剣を引き上げる。人間二人をもろともに切り裂き、更に三人目の男も腰から上に掛けて両断した。
悲鳴すら上げられず、『
先頭の一人が短弓を持っていた。それを奪い取ると素早く弓を構え、矢を射る。まっしぐらに飛んだ矢は一人の『
早く正確に、そして強い矢を放てるのが強い武人である。父のブランドンの言葉だ。
続けて放った矢はまた別の『
だが反撃は続かなかった。残りの『
「さあ来い、外道ども」
ジェラルディンは弓を捨てて再び剣を取る。ここを己の死地と定める。あとは何人道連れに出来るかだ。
その時、後方から激しい足音が迫り来るのが聞こえた。ジェラルディンは振り返った。明らかに人間の足音ではない。
馬の嘶きがした。疾風のような影が目の前を横切ったかと思うと、迫り来る『
「まさか……」
ジェラルディンのつぶやきに呼応するかのように、アンドリュースが前足をあげてもう一度嘶きをあげた。
「何故戻ってきた、テオ様は無事なのか?」
背中には乗っていない。
アンドリュースは申し訳なさそうに尾を振る。やはり途中で置いてきたらしい。
「助けに来てくれてありがとう。あとは私一人でやる。下がっていろ」
この狭い道で馬の巨体は命取りだ。『
「お前はテオ様を頼む」
先はまだ長い。テオは馬を失ったばかりだ。アンドリュースの脚ならば必ずやテオを王国まで戻せる。そのためなら谷底で肉塊に成り果てても本望のはずだった。
だがアンドリュースは動かなかった。ほんの一瞬、ジェラルディンに顔をすり寄せると前足をあげ、ジェラルディンの横を駆け抜けて崖道を駆け出す。
「待て!」
アンドリュースは止まらなかった。体を岩壁にこすらせながら来た道をひた走る。逃げも避けもできないと判断したのだろう。『
アンドリュースの体がのけぞる。頭を大きくそらせると、ムチのようにしならせ一気に覆面ごと『
白い馬体を血で染めながらもアンドリュースは進み続ける。そこで残りの『
額を割られ、血しぶきを上げ、出血で目を塞がれ、喉から奇妙な音を吐き、腿を深く貫かれ、どう見ても残りわずかの命を懸命に燃やし、アンドリュースは速度を緩めることなく『
「くそっ!」
最後の一人は体当たりを受けた瞬間にアンドリュースの体にしがみついていた。太い首に腕を絡ませながら身軽な動きで手綱をつかみ、鞍にまたがろうとする。アンドリュースは振り払おうとはしなかった。竿立ちになると、我が身を崖の下へと投げ出した。
血まみれの白馬が宙を舞い、頭から落ちていく。ジェラルディンは愛馬の名を呼んだ。最後の『
空中でアンドリュースの上に立つと大きく跳躍する。泳ぐように手を伸ばす。その指が道の縁へ届く寸前、強い衝撃で吹き飛ぶ。アンドリュースの後ろ足で蹴り上げられたのだ。岩壁に赤い花が咲く。『
その死出の道を先導するかのように白い馬はまっすぐと暗闇の底へと落下していった。嘶きが岩山にこだました。
ジェラルディンは道端にひざまずくとアンドリュースの落ちた辺りを見つめていた。落ちた音も聞こえなかった。アンドリュースは生まれた時からジェラルディンが自ら手塩に掛けて育てた馬であった。
ハイド王国との戦いでは、共に戦場を駆け抜けた。間違いなく戦友であり生涯の友だった。いずれ共に戦場の露と消えるのを覚悟はしていたが、このような形は想定外であった。めまいを覚え、谷底に吸い込まれそうな錯覚を覚えるのをかろうじて踏みとどまる。まだ旅は終わっていない。ジェラルディンの戦は終わっていない。
立ち上がると落ちていた『
「戦いに参加しなかったところをみると、監視役か」
これで『
「見事であった。そなたのことは生涯忘れぬ」
握り締めた拳をほどき、食いしばった歯を解放すると、埃を払って先へ進む。
しばし歩いたところで正面からテオが歩いてくるのが見えた。手を挙げたのでジェラルディンもそれに応じる。
「ご無事でしたか。いや、焦りましたよ。いきなり振り下ろされて……」
そこでテオは目をみはった。ジェラルディンの髪が短くなっているのに驚いているようだ。
「……その髪は?」
「ジャマだったので切り落としました」
ジェラルディンは端的に告げた。切った時期は少し前だが意図は同じだ。鬘も戦いのどさくさで谷底へ落ちたらしく、影も形も見当たらない。
「そう、ですか……」
それきりテオは残った『
「追っ手は全員、
「よろしいのですか?」
「悼むのは戻った後です」
弔ってやりたいが、その手段も時間もなかった。
「急ぎましょう」
テオに先んじて道を進む。今になって体が痛み出した。セオドアや『
一向に収まらぬ疼痛に歯を食いしばりながらジェラルディンは谷間の道を進み続けた。
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次回から週一更新になります。
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