あなたしかいないからーリリアーデとエリーナ
「ちょっと、何なのよこのスープ、不味いんだけど」
「薬草が入っているからですかねぇ?」
「知らないわよ!」
少し元気になると、文句を言い始めるのがエリーナだ。
ちょっと阻害薬を多めに入れすぎたかもしれない。
リリアーデは微笑んだ。
「少しでも体調が良くなるようにと思って、薬草も植えているんですよ。民間療法というやつです」
「何なのよ、その喋り方。不敬じゃない」
敬語は使っているものの、令嬢が話すものよりも崩れているのを罵られる。
口は達者だが、エリーナも体調が良いわけではない。
その声には言葉の内容ほどの元気は無い。
「敬う相手がいないので、問題ありませんよ」
「失礼ね……失礼が過ぎるわ」
ぶつくさと文句を言ってくるので、その口に彼女が好きな菓子を詰め込む。
文句を言いたげな眼差しは向けるが、もぐもぐと大人しく咀嚼し始めた。
いつも味見をしているから、そんなに不味いとは思わなかったけれど、少しは味も改良しないといけないわね、とリリアーデは思い浮かべる。
「夕ご飯にはもう少し美味しくなるように工夫してみますわ」
「そうして頂戴。薬草なんかいれなくていいわよ」
フン、と小さく息をついてそっぽを向くけれど、それは聞けない。
何故なら。
「ギル様に食べて頂くついでに作っているので駄目ですね」
「何よそれ、まるで毒見役じゃないの」
そっぽを向いた顔を戻してキッと見つめてきて、思わず笑う。
変なところでエリーナは真面目で、そして小心者だ。
「ちゃんとお二人の前に私が味見してますから。問題ないですよ」
「だったら、貴方の味覚が問題って事じゃないの」
思わず笑えば、笑うんじゃないわよ馬鹿、とまた罵倒が返ってくる。
そして沈黙がおりて。
「お兄様なんて捨ててしまいなさいよ。そんな価値はもう無いでしょ。わたくしもお兄様も死んだ方がいいの。生きていてもしょうがないのよ」
「その価値は、他人が決めるものですよ。……私にはその価値はあるので」
「……やっぱり馬鹿ね」
「自分でもそう思います」
番とは違うけれど、姿を見るだけで満たされるし、心の底から快復してほしいと願っている。
生きることが辛いのなら、私がその分を何とかすればいい。
どうしたらいいのかは、分からないけれど。
「ちょっと待って?お兄様は分かるけど、何でわたくしまで巻き添えになってるの?」
「……それは、私の話し相手が欲しいからですかね」
助けたのに巻き添えを食らったと怒られて、そこにも笑いが浮かぶ。
シーツの中からじとーっとした目を向けて、また文句を口にした。
「……聞いて損したわよ」
「じゃあ、復讐ってことでどうです?私に嫌がらせしてきたので」
「嫌がらせをした女を生かし続けるなんてどんな拷問よ。貴方もしかして酷く扱われるのが好きなんじゃないでしょうね」
分からないけれど。
死んでほしくないんです。
私を一人にしないで。
置いていかないで。
涙を見せたくなくて、リリアーデはエリーナのベッドに顔を伏せた。
この広い棺のような離宮の中で、話せる人なんて誰もいない。
敬語を全てそぎ落とした涙声で、リリアーデは言う。
「しょうがないでしょ。貴女しかいないんだから」
「……本当に、馬鹿ね」
聞こえてきたエリーナの声も湿っていた。
もっと違う出会いをしていたら、友人になれただろうか。
いや、それはないか。
私もエリーナも性格が悪いもの。
思わず、可笑しくなって涙が引っ込んだ。
そして、顔を上げて言う。
「私、二人に合う薬草を見つける為に毎日きちんと日記に残してるんですよ」
「……そう。無駄な努力をご苦労様」
「それに、一応念の為に薬も用意してありますから」
「犯罪じゃない」
相変わらず可愛げのない事を言うエリーナを見て、細い指を握る。
いざとなったら、罪を犯してでも助けたい。
それでも、罪とならない方法を見つける時間はある筈だ。
「薬草で治ったら、犯罪じゃありませんからね」
「その前に治りたくないって言ってんの、聞こえてないのかしら?」
私が笑うと、諦めたようにエリーナはため息を吐いた。
そして、目を伏せたままで言う。
「そこまで言うのなら、運命に勝って見せなさいよね」
「はい」
私室へと戻り、エリンギルが眠っているのを確認して、リリアーデは庭に出た。
小さな温室と薬草園で、栽培している薬草と野菜を摘む。
薬の成分を分析したり、レシピを得てしまったら、やはり犯罪になってしまう。
途方のない作業だとしても、二人を救うには、日々の積み重ねが必要なのだ。
そしていつか。
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