1ー幼き日の出会いと、疑念

エデュラが初めてエリンギルに会ったのは7歳の頃だった。

王族はまず国民から番を探すべく、身分の高い順に城で王子と対面していく仕来りだ。

公爵令嬢が三人、侯爵令嬢が四人。

侯爵令嬢のエデュラの順番は五番目、侯爵令嬢としては二番目だった。


城の中庭にある庭園で、待ち受けていたエリンギルを目にしてエデュラは泣き崩れた。

余りにも幸福で、やっと出会えて、嬉しくて。

愛しさで胸がいっぱいになったのだ。


「つがいさま……」


エデュラの様子と小さな呟きに、番が見つかったのだと周囲は大騒ぎになり、けれど王子はきょとんとしていた。

その温度差に流石に周囲も冷静になり、王子に問いただしてみると、首を傾げながら王子は言う。


「番かどうかは分からぬが、好ましいと思う」


その一言で、第一王子エリンギルと侯爵令嬢エデュラとの婚約が決まった。


子供に負わせるには大きすぎる責任に、父と母は顔を青くしてエデュラを問いただした。

本当にそれで良いのか?と。

竜人国は平和だし、権力争いもそうそうないのだが、王族の外戚という立場は貴族の家門にとっては栄誉な事だろう。

だが、両親はそれよりも娘の身を案じていた。

エデュラはその大変さも分からず、いや分かったとしても愛しい気持ちに抗えはしなかったのだ。


「わたくしは、番さまのお近くにいたいのです」


幼くたどたどしい言葉で、しかし、しっかりとエデュラは主張した。

それを聞いて、両親も納得して後押しをしてくれる事になった。

エデュラはその頃毎日幸せだったように思う。

王宮へと召されて、王子妃教育を受けながら、偶に見かける王子の姿に幸福を感じていた。

週に一度は二人だけのお茶の時間も設けられていたけれど、王子も楽し気な様子でいたので、周囲も安心してこの婚約に疑問は抱かないでいたのだ。


でもある日から、少しずつそれが蝕まれていく。

王子の妹のエリーナ姫が双子の弟のエリード王子を連れて、エデュラに会いに来た。

そして、開口一番言ったのだ。


「わたくし、こんな地味なお姉さまはいやだわ!」


吃驚して言葉を失ったエデュラに、エリンギルが困ったように声をかける。


「妹は幼くて甘え方も分からぬのだ」


甘えている訳ではないだろうけど、エデュラはその言葉に頷くしかなかった。


それからというものまるで試すかのように、エリーナ姫はエデュラの元へ訪れては我儘を言う。

早目に始まった王子妃教育はそれほど大変ではなかったので、合間にその我儘をを叶えてあげるだけの時間はあった。

まるで召使のよう、と揶揄しながらも、エリーナ姫が満足するまで付き合っていたのだが。

今振り返ればそれも良くなかったのかもしれない。


「髪を結いなさい」

「はい。姫殿下」


エリーナ姫の侍女達は、困ったような顔をしながらも微笑んで場所を譲る。

エデュラはああでもないこうでもないと注文をつけるエリーナ姫に従って、髪を結いあげた。

二歳しか違わない幼い少女達のやりとりは、周囲の大人達には御飯事のように微笑ましく見えただろう。


「ふうん。まあまあ良くできたわね。やっぱり貴女は兄上の婚約者ではなくて、わたくしの侍女の方がお似合いではない?」

「そうでございますね」


彼女なりの誉め言葉なのだ、と周囲は言う。

彼女なりの甘え方なのだ、と皆が口にする。

けれど。

エデュラには分かっていた。

彼女は、エリーナ姫は幼くても女なのだ。

傅かれる女性はたった一人でいい、とその小さな傲慢さが許される世界にいるから。

周囲へ押し付けるのもまた許される立場にいるから。

だから、エリーナ姫はそう望んでいた。

唯一自分よりも上の身分になるかもしれない婚約者のエデュラを足下に置くことで溜飲を下げていたのだ。

もしかしたら、教育、だったかもしれない。

決して逆らわないよう。

自分の立場の方が上なのだと心に刻ませるために。

だから、常に兄であるエリンギルにも疑念を抱かせるように言い続けた。


「本当に番なのかしら?」


と。


人は信じたいものを信じる生き物だ。

貫き通せる強さがあれば別だが、毒のように染み込んだ考えに侵されてしまう事もある。

違うと分かっていても、少しずつ。

そうかもしれない、と思い始めるのだ。

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