運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号

第1話 プロローグ

今日私は断罪される。

十年の年月を経て、結局私は番に気づいて貰う事すら叶わなかった。

「勘違い令嬢」

それが私に与えられた汚名。

番を勘違いで愛し続け、真実の番との仲を引き裂いた悪女。

そう。

誰も運命の番だと、外からは判断出来ない。

中には番ですら気づかない場合すらあるのだから。

なのに、神様は何故、こんな縁を与えるのだろう。

いいえ、もしかしたら、神様は関係ないのかしら?

ただ、そうあるだけのもの。


ここ竜人族の国、カイザン王国では竜人族が殆どだ。

厳峻な山々に囲まれて、一方が海に面している土地ゆえか、他国の侵略を受けることなく、だが、他国に攻め入ることもなくただ密やかに暮らしていた。

土地も貧しくはなく、海からの交易で他国とは繋がっている。

厳しく連なる山々を越えて陸路から訪れる旅人は少ない。

閉鎖的といえば、閉鎖的な国かもしれない。

だからこそ、番に対しての信仰のような扱いは、この国では重かった。

特に王族には破ってはならない決まり事もあり、番という存在は大事にされている。

例えば正妃がいたとしても、その後番が現れれば、身分を問わずに側妃として迎えられる位には。

王族にとって、番と結ばれることは使命のようなものでもある。


私は、学園で行われる卒業の祝宴に向けて、ドレスを着る。

きっとこれが、最後の装いだ。


「エデュラ……本当に、行くの?」


母が悲しげに問いかけてくる。

ずっと迷惑をかけてきたのに、私の家族は皆優しい。

優しすぎるくらいだ。

なのに、私は。

自分の気持ちばかりを優先してきてしまった。

ただ、愛して、愛されたかっただけ。

その気持ちを盾にして、家族も犠牲にしてしまっていたのだ。


「ええ。お母様。今まで申し訳ございませんでした。今日、何が起きてもわたくしは受け入れるつもりでございます。出来れば家族には迷惑のかからないよう…」

「そんな事はいいの。貴方はそれで本当に良いの?」


母が私の言葉を遮る。

私は真っすぐ母を見つめた。

どれだけ笑われ、嘲られても、私は私の思う通りにしてきた結果だ。

でも、母にとっては、娘の不始末でしかないのに。

それでも娘の幸せを願い、不幸を遠ざけようとしている。


「はい。お母様。わたくしには、番よりも愛する家族がおりますもの」

「エデュラ……」


大切にして貰えない、だけど愛すべき番とは一体何なのだろう。

でも、会って一目見れば、心が痛くとも愛さずにはいられない。

大事な家族さえ踏みつけにしても、諦められない存在。

ずっと、ずっと。

そうして諦めきれずに。

でも、それももう終わる。

どんな形になるか、分からないけれど。

ずっと覚悟はしてきた事だ。


化粧をして、着付けてくれた小間使いや侍女も、悲しげな顔をしている。

私は少しだけ微笑んで礼を口にした。


「有難う」


ずっと心配してくれたのは、使用人達も同じだ。

幼い頃からずっと支えてきてくれた。

悪評が立っても、ずっと。


「お嬢様、お綺麗です」

「お嬢様、お気をつけて」


涙ながらに口にした使用人達に、改めて微笑みを向けて私は立ち上がる。

栗色の髪は、地味だと罵られていた。

瞳は紫だが、やはり淡い色だからか、目立たないと揶揄された。

でも、それを気にするのも今日が最後だ。

白いドレスは着ることのできない花嫁衣裳のようだった。


私は静かに馬車へ向かう。

侯爵家の家紋が入った馬車に乗り込もうとすると、一人の男性が待っている。


「あら……どうしたのです?ランベルト様」

「お迎えに上がりました。せめて、エスコートをと思いまして」


彼は人間だ。

人間の国の最大の帝国から留学してきた生徒で、かつて皇族はその祖先に竜族の血が入っていたという。

だから竜人国に興味があったのだ、と男爵家の彼は言っていた。

そして、だからこそ、偏見の目を持たずに私と接してくれた数少ない人でもある。


「まあ……お気遣い有難う存じます。でも、ご一緒するとまた嫌な目に遭われるのではないかしら……」

「それも、今日までです。さあ参りましょう」


本当は一人でも大丈夫だったけど、申し出は心強い。

私は差し出された手を取って、馬車に乗り込んだ。



学園に併設された豪奢なホールで、舞踏会が開催される。

折に触れ、ここでは生徒達へ向けての夜会が催されてきた。

その殆どに、私は一人で参加していたのだ。

婚約者である王太子のエリンギルが、愛する番のリリアーデをエスコートしていたからである。

愛おしそうにお互いを見つめあう、その姿を見るのも今日で最後。

そう思えば辛くない。

辛いかもしれないけれど、最後だと思えば耐えられる。


私とランベルトが入場して暫くすると、エリンギルとリリアーデも二人揃って現れた。

場に流れる緊張感は、最後の時が訪れるのを物語っている。


「エデュラ・ボールトン侯爵令嬢、前に出よ」

「はい、殿下」


名を呼ばれて、私はランベルトから離れると中央へ進み出る。

目の前には寄り添うエリンギルとリリアーデ。

白銀の髪に青い目のエリンギルに、薄紅の髪に深紅の瞳の可憐なリリアーデ。

誰が見ても、お似合いだ、と言うだろう。


「今日を以て、そなたとの婚約は解消する。何か言いたいことはあるか」

「いいえ、ございません、殿下。謹んで婚約解消を承ります」


私は顔を上げて、エリンギルを見つめて淑女の礼を執る。

気づいて、気づいて、といつも願いながら見ていた顔だ。

美しく整った顔に、逞しい身体。

愛しい、番。

こんな時でさえ、何故だろう、心が幸福になるなんて。


「ふむ。殊勝なのは良いことだが、今まで私と番のリリアーデを引き裂いてきた大罪人であるお前は追放刑と処す」

「殿下、それは余りにも……」


何故かエリンギルの傍らにいるリリアーデが止めようとする。

もしかして、見せつけたいという理由から?

それとも、王妃教育を受けた私に執務をさせたいから?

良い理由は思い浮かばない。


「何だ?不服か、リリ」

「だって、お可哀そうですわ。勘違いとはいえ、殿下に愛を捧げてきたのですもの」

「優しいな、リリ。どうする?エデュラ。リリアーデの慈悲に縋っても良いのだぞ?」


離れたくない。

離れずに済むのなら。

いいえ、でも。


「追放刑を、承ります」


例え全てを奪われても。

家族にこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。

それくらいの理性は残っている。

私は力を振り絞るように、もう一度淑女の礼を執る。


「頑なな女だ。可愛げのない。だが、殊勝な心掛けは気に入ったぞ。褒美を取らせよう。おい、押さえろ」


エリンギルの命に拠って、彼の騎士達に跪く様に肩を押さえつけられる。

私は抵抗することもなく、それに従って床に膝を着いた。

彼は小瓶を手にしている。


「お前が王太子という身分の私に縋りつくのが悪いのだ。だから、真実の番を失うことになるのだぞ?」


この人は、何を言っているのだろう?

真実の番は、貴方だというのに?


「よせ、止めろ!」


止めに入ってくれたのは、ランベルトだろう。

声だけで分かった。

ああ。

あの薬は、そうなのね。

おかしな人。

ランベルトは飲んだ方が良いと言っていたのに。

その時、私は断ってしまったけれど。


「さあ、これを飲むがいい」


やめて……やめて……!


私の中にいる、小さな少女が泣き叫んでいるようだった。

彼を無心に愛していた頃の私、なのかもしれない。

でも、彼がくれるものなのだから、受け入れないと駄目なのよ。


「殿下、そんな、お止めになってください」


何故かまた、リリアーデが止めに入る。

その顔色は良くないが、今度はエリンギルも手を止める様子は無かった。

歪んだ愉悦に塗れた笑みを浮かべて、私の口元に小瓶を近づける。

痛くはないが、口を開かせるように頬にも手を添えられた。


皮肉ね。

ずっと触れられたいと思っていて。

最後の触れ合いがこんな形だなんて。


小瓶が口元で傾けられ、苦い液体が口いっぱいに広がる。


こくり。

こくり。


喉が嚥下する度に、代わりの様に涙が溢れ出た。


ほろり。

ほろり。


暖かい雫が、頬を滑り落ちて顎先に着く頃には冷たくなっている。

まるで、エリンギルへの、番への愛が零れ落ちるように、涙と共に滑り落ちていく。

これは、番への愛だけを忘れさせる忘却薬。

私は涙で歪んだエリンギルを見上げたまま、その愛が失われていくのを感じた。

一つ一つ、出会った頃の思い出をなぞり乍ら。

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