双葉のノリと勢い

双葉音子(煌星双葉)

窮鼠、キミを噛む

「……何がどうしたんだ?」

「えへへ……」


 ある日の放課後だった。今すぐこの現実から逃げ出したい俺――一色いっしき奏太かなたの目の前には、花畑のように鮮やかになってしまった俺の彼女――虹林にじばやし美空みそらがいた。


「見た感じ、転んで拍子にインクを盛大に被ったってところか」

「御名答〜」


 近々開催される文化祭。俺達は、その準備の為に教室に残っていた。

 面倒ごとは嫌いだ。だから帰りたかった。だが、美空を1人にすれば碌でもない事以外の何事も起こらない。だから渋々残った。

 そしてその予感は見事に的を射抜いた。俺がトイレに行った一瞬。そんな僅かな時間が、彼女がやらかすのには十分、いや十二分過ぎたのだった。

 何かが崩れる音を耳にした瞬間、俺の全力が俺を走らせたが、力不足だったようだ。


「笑ってる場合じゃないだろ。とっとと着替えろ」

「ええ〜。私この服以外持ってきてないんだけど〜」

「はぁ……」


 どうして、こんなにも後先考えず行動してしまうのか。どうして、こんな短絡的思考のことを好きになっしまったのか……。

 いや。こんなのだからこそ、俺の庇護欲を掻き立てる事が出来たのだろう。


「俺のジャージを貸してやるから。すぐ汚すなよ」

「ごめんね。奏太くん以外に汚されちゃった」

「その言い方辞めろ!」


 やらしい目つきの美空から逃げるように、俺はロッカーにあるジャージの下へ向かった。

 再び聞こえる金属音から目を逸らしながら、教科書に埋もれていた布を引っ張り出す。


「持ってきたぞー」

「彼女失格だよね。また、彼氏以外に汚されちゃうなんて……」

「だからその言い方辞めろ!」


 何故か上半身から下着以外が無くなってる美空の深い谷間から、思わず目を逸らす。

 危険予知能力以外が全て優れていること、早く自覚してくれ……。


「アレレ〜? 奏太ったら、顔に赤ペンキでも被っちゃった?」

「……調子に乗ってると、ジャージ貸さないぞ」


 頼むから早く服を着てくれ。思春期男子が、そんなに欲望を抑えるのが上手だと思うなよ……!!


「別にいいじゃん。昨日の夜より露出度低いんだし」

「存在しない記憶を創る暇があるなら、とっとと床を拭け」


 普段は清楚ぶってるくせに。2人きりになるといつもこうだ。せめて、それをするなら家にいるときだけにしてくれ……。


「はいはい。……それにしても、とてもキレイだと思うの。このインク塗れの床」

「……たしかに、とても鮮やかでキレイだな」

「なんだか、奏太くんと付き合い始めたときのことを思い出すなぁ……。あのとき、一気に私の世界に色がついた感じがしたの」

「俺もそう思う。一気に俺の世界が鼠色になった」


 感慨にふける美空をよそに、様々なインクが混ざり合って出来た鼠色を指差してそう言った。


「何でそんな色なの! それなら、今から肌色に染めてあげる……!!」


 その言葉が気に触ったのか。美空は、彼女の体を守る数少ない服を全て脱ぎ捨てようとした。

 このまま何もしなければ、俺の楽しい?スクールライフが終わりを迎えてしまう。


「……そろそろ反撃させてもらうぞ」

「反撃ってな……ひゃあっ!?」


 嬌声をあげた美空の肩には、くっきりと歯型が残されていた。


「いつから、お前が狩る側だと思っていた?」

「あっ……。ああ……」


 如何なる赤も、今の美空の顔には勝てまい。それほどに、彼女は取り乱していた。


「これで懲りるんだな……。次は、もっと敏感なところを噛むからな」

「は、はひぃ……」


 これで、なんとか凌げただろう。

 そう安堵した俺には、明日、先生から呼び出しをくらうことを予測することはできなかった。

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