そのA級冒険者、実は隠れ聖女につき~自由になるため、聖女であることを隠します~

妃桜 綾華

第1章:隠れ聖女編

プロローグ

 昔々のその昔、まだ世界が真っ白だった時代、新しく生まれた世界に、3柱の神が降り立ちました。


 1柱は創世竜、1柱は破滅竜、1柱は傍観竜を名乗り、新たな生命とともにその世界を始めました。

 創世竜は人間とその文明と“魔法”を。

 破滅竜は魔族とその文明と“輪廻”の概念を。

 傍観竜は亜人とその文明と“自然”を作り出しました。


 各々が世界を発展させ、白紙だった世界に多種多様な“色”が付いたのです。

 拙くも正しい世界、手を取り合った素晴らしい世界。そんな理想を掲げ、新たな世界は色づいていきました。


 しかし、そんな世界も長くは続きませんでした。


 きっかけは1人の少女でした。人間でありながら、“神”たる竜種と同じ輝きを持つ少女。創世竜は彼女に恋をし、また破滅竜はその少女の力を欲しがりました。

 後に“竜の巫女”と呼ばれるその少女を奪い合い、人間と魔族の争う暗黒の時代が幕を開けたのです。

 激化する争い。血で血を洗うその戦いによって怨嗟は止まらず、「人間が魔族を殺した」「魔族が人間を殺した」の鼬ごっこはもはやどちらが先なのかも忘れ、本能のまま争う生命の醜さを露わにしました。

 亜人を統括する傍観竜のみが戦争に参加せず、ただじっ....と世界の行く末を見守っていたのです。


 そんな中、傍観竜の下に1人の少女が訪ねてきます。

 それは件の“竜の巫女”でした。

 彼女の存在があったからこそ、平穏な世界は崩れ始めた。傍観竜はその考えのもと彼女に問いました。


『何用か小娘。返答によってはその灯を絶やすことになろうぞ』


 しかし、彼女は悲し気な表情でこう言います。


『私は争いなど望んでいません。どうして竜神様と同じ力が使えるのか、どうして私が生まれたのかもわかりません。ですが、私がこの世界を崩壊へと進めているのは事実です。創世竜様、破滅竜様では叶えられないことをお願いしに、こうして1人で参りました』


『お願いだと?』


 彼女は悲し気に、この世界を思いながらこう告げたのです。“私を殺してほしい”と。


 その後、この世界は変わりました。

 “竜の巫女”の死は、2柱の神を封印し、実質、創世竜と破滅竜はこの世界を去りました。2柱の神が居なくなったことにより、人間・魔族双方の力はそがれ、争いは鎮火したのです。


 彼らは封印間際に、少女に問います。『なぜ自ら消えようとするのか』と。

 少女は彼らにこう答えました。


『世界も、自然も、人間も、魔族も、亜人も、竜神様もすべて1つの生命なのです。私はちっぽけな人間ですが、もうこれ以上私のせいで誰かが傷つくのは見たくないのです。だから行きましょう。私もお供いたします。地獄の底まで、3人で』


 こうして、世界に一時的な平和が訪れました。

 世界の守護神を傍観竜とし、創世竜の力の残滓から人間界を守る“四大守護竜”と飛竜種が生まれ、破滅竜の残滓からは魔界の“三竜帝”と邪竜種が生まれました。


 ですが、いがみ合った歴史は変えられません。

 人間と魔族は憎み合った心を奥底に持ち、今もなお戦いは続いているのです。

 人間の傷ついた心を癒す存在として、“竜の巫女”の後継は“聖女”と呼ばれ、代変わりを繰り返す今でも日々人間界の平和と安寧を願っているのです。




***




 ろうそくの灯った薄暗い部屋。とある山の麓の辺境の村に佇む木造の小屋の中、ベッドに寝転ぶ女性とあどけない顔の少女が一人。

 母親の読み聞かせた話を聞いて、5歳の少女は母親に問う。


「ねーねー、お母様はなんでこのお話をするの?難しくてわかんないよぉ....」


 母親は微笑みつつも悲しい表情をしてそれに答えた。


「このお話はね、誰にとっても“特別なお話”なのよ。今はまだ難しいかもだけど、きっとお話の。さ、もうおねんねしましょ」


 そう言われて被せられた布団のぬくもりに、だんだんと瞼が閉じていく。

 うと....うと....と遠のいた意識の中、「お母様、おやすみなさい....」と少女はつぶやいたのだった。




***




 ーーー熱い


 ーーー痛い


 傷ついて泥だらけになった体を抱えながら森の中を走る。暗い暗い森の中、ボロボロの少女はただひたすらにどこともわからぬ目的地を求めて走った。

 村は燃えた。突如襲ってきた


 なぜ?と疑問は取れない。ここは辺境も辺境、最東端にある山の麓の村だ。魔族による人間界への攻撃なのだとしても、こんな村を襲う必要なんてないはずだ。

 可能性があるとしたら....と自身の左手の甲に浮かぶ“紋章”を見る。


 こんなものが....こんなものがあるから!!と紋章に対す怒りをぶつけるが、擦ったり焼いたりしてもこれが消えるわけではない。

 そんな時間すら無駄だと、彼女は再び走り始めた。

 途中転び、ふらふらと木に当たりそうになりながらも走った。


 嫌いだ。嫌いだ。大嫌いだ。


 “聖女”という肩書も、魔族という存在も、自分の運命すら呪った。


「逃げ....ないと....」


 あらゆるものから逃げなければ。

 自身を呪うもの、運命を縛るもの、不都合な人生から逃げ延びる。

 逃げて、逃げて、逃げて....そして生き延びる。


 私は自由が欲しい。

 この世界の神たる竜のように、自由に飛び回れる翼が欲しい。

 誰にも縛られず、自由になれる運命が欲しい。

 自分の求めたその先に、何があるのかを見てみたい。


 そう考えていたからなのだろう、運命とは残酷だ。

 ぐらりと傾く体、突如襲う浮遊感。夜の暗闇と傷だらけの体は感覚を鈍らせ、足を踏み外した私は落下する。

 夢を見て、自由を求めても翼はなく、あるのはただ“聖女”の紋章が刻まれた手のみ。

 伸ばしたその手は何を掴むでもなく空を切り、遠のく意識の中私は谷底の川へと落下したのだった。


 この日、東の辺境にて村が1つ消えた。

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