第10話 覚悟

 時間は遡り、ダッカニア国、政統府——


 カッキスタの口から告げられた遺物に関する事項は、集った人間を等しく混乱させた。証拠もなく、口頭だけでそのような事を宣うカッキスタが乱心したと思った者も少なくはなかった。


 カッキスタは、ドンワーズから聞いたことの中から思い出せる範囲で事を抽象的に伝えただけだったが、彼女の記憶に残った強烈な事実は彼らにも同様に強烈な印象を刻み込む。

 がしかし、事前に見ていた常軌を逸したバッセルとの戦闘記録映像を踏まえても、もはや荒唐無稽ではなく現実の事象なのだということは呑み込まざるを得ないような、ある種停滞感を充足させる。


 統首に意見を述べた彼やその周囲の人間も、想像以上の情報を得て、どうにも消化できない異国の料理でも含んだかのような表情をしていた。


 そんな中、突如として会議場の扉が停滞を破るように力強い意志の元開かれた。


「ふっ……来たかね。待っていたよ」


「会議中、失礼します。中央調査局、異界探査部門メンバー一同、到着致しました」


 テルルが先陣を切り、扉を開いた。その奥から続いてカーラ、アドノ、トルスタが場に入る。


「なっ、異界探査部門!? 何故彼らがここに?」


 この件には直接立ち入らせない手はずだと聞かされていたカウンは、驚いたように僅かに席を立ち、彼らの方を見る。


「まさか、先ほどの電話は——」


「あぁ、すまんねカウン。確かに、ドンワーズ君の言伝を一瞬で破ってしまうことになるが……私にはそんな酷なことは出来ない。頼られたら、出来る限り力になってあげたいじゃないか」


「統首………」カウンもその言葉にあっけに取られ、決したように腰を席に戻した。


「勝手なことをして申し訳ございません、カウン大臣。しかし、我々異界探査部門全員の見解です。私たちも関わらせてください……お願いします……!!」


 カーラに続き、部門員全員が深々と頭を下げる。その様子を見て、カウンももはや拒むことは出来なかった。


「………分かった。全責任は私が取ろう。それに、異界のことを異界探査部門抜きに進めるのは、やはり道理ではないだろう」


 生えそろった白い髭をにわかに触りながら深い息をつき承諾する。

ふと目線を上げると嬉しそうなカッキスタの顔と、腕を組み満足気なユレインの姿が目に入る。


「だが……忘れるな。異界には直ぐには入らない。まずはその調査からだ」


「よし、役者もそろったことだ。直ぐに動くとしよう、時間を無駄には出来ない」



 絶望的な戦闘が行われていた件の小屋周辺は規制線が張られ、工事現場かのようなバリケードで囲われていた。あくまでも工事ですと言わんばかりの立て看板が鎮座し、カモフラージュの為に工事車両が複数停められ、防音壁が城壁を築いていた。

 そんな工事現場に移動してきたカッキスタや、連れられた大臣、そして諸局の人員数名。その中に異界探査部門の面々もあった。


 既に日は落ち周囲は暗闇に包まれているが、この場所だけは夜間作業が行われている様子を演出するためにスポットライトで煌々と照らされている。


「さ、入ってくれ……」


 運送用のトラックに詰められ運ばれてきた彼らは続々と降車し、息を呑み、緊張した面持ちのまま中に足を踏み入れていく。


「………」


 初めて実際に現場を目にするユレインは、未だにあちこちに残っている戦闘の痕跡を見渡し、そこで行われた出来事が現実であったことを実感する。

 事が起ころうとしていた時、海外の軍事技術視察のためにダッカニア国を離れていた彼は、やむを得ず軍指揮権を条文通りカッキスタに譲渡し、遥かな地から行く末を見守っていることしか出来なかった。

 しかし、報告を聞く限り自分が居ようといなかろうと、結果に差異は無かったのではないかと、そんな風に考えていた。


 問題の小屋は、側面に大きな穴が開いたままだった。そしてそれ全体を囲うように二回りほど大きな箱を被せられ、外部からの視認を防いでいる。


 手狭な室内にカッキスタを始めとして主要人物が数人入り、あれ以来手を付けられていない事件現場をしげと眺める。


「これが………その、転移装置とかいう物か?」


 どれほど珍妙な見た目をしているのかと思いきや、それは縦に長い箱——例えるならば一般的な業務用印刷機器を縦に引き伸ばしたような見た目。しかし見た目とはまた別にそれが異質な物であるという直感はあった。


なんとも地味で家電じみたその容姿にユレインらはあっけに取られていた。


「それで、どうするんだ?無人機は用意したが………」


「案ずるなユレイン。ちゃんと策はある」


カッキスタが合図すると調査局の人員が数人前に出て転移装置に何やらし始める。


「何をさせているんだ?」


「指紋だよ。アレを最後に触ったのはドンワーズ君だ。まぁ仮定の話だが、彼の指紋をなぞれば、同様にこれを起動できるのではないかと前々から考えていたんだ」


「なるほど……。装置を動かす話で、動かし方は分かるのかと疑問に思っていたが」


 彼らは慣れたように機械のあちこちに粉末を塗布し、紫外線ライトを細かく照らし当てる。すると、いくつかの指紋がまばらに浮かび上がった。


「………出ました。照合完了、ドンワーズ局長の指紋もばっちりです」


「よろしい。あとは操作方法を割り出すだけだね——————」



 ボイドホールから姿を現わしたそれを見て、目を丸くするドンワーズ以外の三人。それの上部に備え付けられたレンズが微細に動き、周囲を見渡すように体を一周させた後おもむろにドンワーズの方向へとその体を向ける。


「なんか、古臭い機械だな………」


『クヴェルア』の住人からすれば、何世代も前の骨董品に見えるかもしれないが、ドンワーズからすれば紛れもなく『ダッカニア』における軍事装置の一つである。とはいえ別にこれが最新式の物というわけではないが。


「ドンワーズの方、向いてる………」


 シアティレの言う通り、先ほどからドンワーズの方に執拗にカメラを向け、その四本足をぎこちなくギーギーと音を立てて動かしている様子は一見虫のようにも思える。

 しかし、その他に何か動きを起こすわけでもなく、相変わらずドンワーズの方に目——レンズを向けていた。

 皆もその緊迫した様子に身動きが取れなくなっていたが、不意にレンズ付近に取り付けられているスピーカーからノイズが流れだし、それはやがて人の声を纏って静寂に響いた。


『ザザ………ドンワーズ・ハウ!き…るか…ザザ……こちらダッカ…政統府、聞こ…ら返事を…くれ!』


「うわっ、喋った!?」


「おい、今「ドンワーズ」って………」


 ノイズ混じりに低く響いたその男の声に驚く周囲だったが、その中にとある人物の名前があったことで疑念は確信に変わった。


「………」


 ドンワーズはすぐに返事はせず、注意深く機械のそばに近寄りしゃがみ込んだ。スピーカー部分のパーツを外しツマミを適当に回すと幾分か通信が安定する。


「………聞こえている。こちらドンワーズ・ハウ。繰り返す、こちらドンワーズ・ハウ。現在『クヴェルア』にいる。通信が安定していないが………」


 その言葉を吹き込んで間もなく、それに付けられたスピーカー部分からは何やら大勢の人間が騒いでいるかのような歓声が僅かに聞こえてきた。


『貸し………え…レイン…ザザ………ドンワーズ君、私だ。カッキ…タだ。どうやら無事に無人機は到着したようだな』


「っ………カッキスタ統首……!はい、無事に……!」


『よかった。それで……今はどういう状況だ?通信は安定してきたようだが………それ…君以外に何人かいるようだが、敵なのか?』


「………いえ…敵では——ありません、少なくとも今は。すみませんカッキスタ統首、詳しい話はともかく、今こちらはかなりややこしい状態になっていまして………」


『ザザ…そうか…いやなに、君が生きているかどうか確かめろと、君の部下がうるさくてね…全く、頼もしい子たちだ』


「それは……ご迷惑を」


『別に責めてはいないよ。寧ろ我々もそのつもりで動いていたからね。…彼らは後押しをしてくれたに過ぎない。ちょうど私の隣にいてね、皆、君の声を聞けて安心しているよ』


「そうですか、それなら良いですが………ですが、まだ帰ることは出来ません」


『………』


 何か力になりたい。何か我々で出来ることはないか。そうカッキスタはドンワーズに言いたかった。それはこの会話を聞いている皆もそう思っていた。しかし、それを彼に問うたところで〝大丈夫〟という呪いの言葉しか返ってこないということも分かっていた。

 それでも、カッキスタは聞く。


『………ドンワーズ君。何か、我々に出来ることはないかね? こうして初歩的かもしれんが無人機を送り込めたんだ。我々もようやく——』


「統首……心苦しいですが、助けは不要です。こちらの問題はこちらで対処する必要があります。それに、これ以上皆を、『ダッカニア』を危険に晒したくはありません。——はっきり申し上げますが、統首様方がこれ以上尽力されても、私の役に立つことは何もありません」


『っ………』


「ですから………。ですからっ………もう、そちらに残っている転移装置は、破壊してください…——」


 ドンワーズは、四本足の機械をおもむろに持ち上げ、開いたままのボイドホールに向かって歩き始めた。ディクターたちも口を開くことをせず、その様子を黙して見ていることしか出来なかった。

 ドンワーズがそれを苦渋の顔でそれを送り返そうとしたその時、一層大きな声がそこから響いた。


『——局長!!!!』


「っ………!」


 音割れするほどの声をマイクに吹き込んでいたのはカーラだ。その聞きなれた声を忘れるはずはない。


『局長!………言ってましたよね!!?用事を片付けたらすぐに帰って来るって!!また戻ってくるって!!なのにまた一人でっ、私たちを置いて一人で行っちゃうんですか!!?』


 涙を孕んだその声はドンワーズの鼓膜を痛いほど揺らし、彼の口元には自然と力が入る。


『局長が戻ってきてからまだたったの一年しか経ってないのに、また居なくなるなんて絶対嫌ですッ………!!!』


『そうだよ局長。局長が戻って来ないとカーラが泣きわめいてうるさいんだから……だから——絶対帰って来て……!!』


『ドンワーズ局長。僕たちには、局長という存在が必要です。だから僕からもお願いします。帰って来て下さい…!』


 少し遅れてもう一つ声があった。


『ドンワーズさん——』


「っ……トルスタ——」


『僕は……まだ皆さんと知り合って間もなくて、ドンワーズさんともまだそんなに親しくはないです。けど、僕を救ってくれたのは間違いなく貴方です。だからその……僕も、ドンワーズさんに生きて帰って来て欲しいです……!お願いします。諦めないでください!』


「…………………」


『ドンワーズ君。そちらで何が起きているのかは我々の知るところではないし、理解の範疇にないのだろう、だが言っただろう? もっと頼ってくれ。確かに我々の力では不足かもしれないが、君個人で出来ることにも限界があるだろう?』


 ドンワーズはその場で立ち尽くしていた。


『〝協力とは人類における和平の一歩だ〟そうだろう?』


「っ…!? なぜその言葉を………」


 脳裏でその言葉をドンワーズに送ったある人物がよぎる。その言葉は何度も反芻され、やがて胸の内に浸透するように消えていった。

 深呼吸をする。知覚するすべてが真っ白になるように考えを整理した。少しの間の後、ようやくドンワーズは次の言葉を発する。


「…………………分かりました。必ず帰ります」


『………ありがとう。無事に帰って来てくれ』


「…………」


それを持ったまま、三人に向き直る。


「…そういうことだ。私は絶対に帰らないといけない。しかし、この状況をどうにかしない限り、そうおちおち帰ることも出来ない」


「……らしいな。まぁ、確かにこの状況下で帰られたらこっちも困るが」


 ディクターらにとって確かにドンワーズは間違いなく自分たちを裏切った敵である。しかし、それでも『クヴェルア』での三年以上の付き合いで彼がどれだけ頼りになる存在かよく知る立場でもある。

 だからこそ、複雑だったのだ。


 しかし、彼が元居た世界の彼を知る人たちの声を聞き、僅かながら考えが変わった気がした。彼にも、そうまでして守る物があったのだ。


「ドンワーズ………俺たちは本来巡り合わない存在だったんだろう。これまで俺も、リメイオもシアティレも、そして他の研究員たちも、ただ博士に賛同して一面的な部分しか見ていなかった。博士は龍の力を争いではなく、人類の進化に使ってくれるのだと」


「ディクター…………」


「博士が掲げた研究所の理念は、人類の昇華であり、争いを助長することじゃない。それが離反時に誓ったことだ。だが、俺は他の世界を犠牲にしてまでそれを得たいとは思えない」


 ドンワーズから博士が何をしようとしているのか、それを聞こうとして結局聞けずじまいだったが、今なら分かる気がした。

 結局、博士にとって人命など二の次であり、体の良いことを並べて多数の人員を引き連れ離反したことも、自分の欲望のままに龍の——遺物の研究をするためだったのだと。


「ディクター、それはお前も博士を裏切るってことか?」


リメイオが食い気味に前に出る。


「そう……なるんだろうか、俺は。……争いの無い世界を作りたい。そう博士は言っていた。その言葉自体は、嘘ではないんだと思う。やり方はどうあれ、今の人間の形を捨て、龍の血脈を適応させることで、愚かな人類を再定義する。そんな壮大な理想に魅せられた一人だ」


「そうだ。俺とシアもそれに賛同したから——」


「——だが!それで、他の世界を使って実験しようなんて、それこそ『ドゥーノア』の二の舞だろう? 実験に犠牲は付き物というが、『クヴェルア』に飽き足らず、他の世界まで巻き込むなんてこと、初めからするべきじゃなかったんだよ」


「………ディクター、ちゃんと言えていなかったが、私が言いたかったのはそういうことだ」


「あぁ。分かるよ、ドンワーズ。これがお前の動く理由だってこと」


「ディクター、結局アンタまで裏切るの?」


シアティレが噛み潰したようにディクターを睨む。


「……すまない。博士の思想には賛同している。だが、それでまた異界の人間に被害が出るというのであれば、俺はすべきではないと思っている」


「綺麗ごとばっかり言わないでよ……!アタシたちに他の世界の人のことまで考えて居られる余裕があるの!? 今こうして危険な状況になってるのに、ちょっと向こうの声聞いたくらいで、善人ぶらないでよ!!」


「違う! 俺は…………!」


「アタシとリメイオは、博士に救われた恩がある!統制庁でこれから一生成功体として軍事実験に使われ続けるはずだった人生を、博士は変えてくれたの!!そんな思想がどうとかか関係なく、アタシたちは博士について行くって決めてるの!」


「…………このままバッセルについて行って、どうするつもりだ」


「え…………?」


不意にドンワーズが口を挟んだ。


「博士について行くということは、奴の野望通り、他の世界を自らの興味の赴くままに荒らし、その世界の人間に危害を加え続けることに加担することを意味している。お前たち………自身の境遇を、他者に振りまくつもりか?」


「…………それはっ!」


「この前は人形を壊しただけだが、もしまた『ダッカニア』にそんなことで危害を加えるなら、今度は確実に殺す。…………これだけは言っておく」


「っ、なんだよ、結局お前は俺たちが博士について行くのが気に入らないだけじゃねぇか。大体、初めからそうだった。俺たちに優しくしてくれたことなんて殆どなかったじゃねぇかよ…………!」


「勘違いするな。お前たちが『クヴェルア』で何をしようと勝手だ。別に、私も何とも思わん。………だがな、バッセルもお前たちも、他所の世界を好き勝手に荒らす権利があると思うな……………!!!」


「……………っ!」


 ドンワーズに一喝され、二人とも言葉に詰まる。少しの間、ある程度ショックを受けた様子の二人はそれ以上言葉を発することもなく、一転憔悴したようにうなだれた。その様子を一瞥すると再び無人機に顔を近づけコンタクトを取る。


「ゴホン…………統首、聞こえますか?」


『………あ、あぁ、そっちの会話は聞こえないようにしていたから安心してくれ』


「………配慮ありがとうございます。それで、今後の方針を大まかに決めたのでお伝えします。それと、現在『ダッカニア』を取り巻いている厄介ごとについても簡潔に説明させてください」


 ——現状の対立構造は、クヴェルア統制庁軍事研究所に所属していたバッセルらが離反し、新たに立ち上げた研究組織「エリュシオンズ・アーク」と、その離反者を粛清するために現在攻撃を仕掛けているクヴェルア統制庁軍部の双方における攻防である。


 離反者の粛清を大義名分にしているが、実際は離反時にバッセルが持ち出した『ダッカニア』へと繋がる転移座標のデータを取り戻すことが本義であった。勿論、その理由はバッセルと同じく『ダッカニア』の遺物を手に入れることである。


 詰まる所、両陣営による遺物の争奪戦。それこそがこの争いの本質であった。


『なるほど、予想していた以上に厄介だねそれは………要するになんだね、遺物が存在している以上、常に我々の世界は危機に瀕しているとでも言いたいのかね』


「残念ながら、そういうことになります」


『ふむ……ところで、それならば遺物をそちらに移動させたらどうかね? 聞きそびれていたが、疑問だったんだ。あのバッセルとかいう老骨が『ダッカニア』で事を起こしたのも遺物をあくまでもこちらで処理するためだろう、何か深い事情でもあるのかね?』


「それは、以前遺物の説明をした時には言わなかったことですが………あぁ、ええと、そちらには他に誰が?」


『ん? あぁ、その事かね………すまないドンワーズ君、今回の君の救助作戦を立ち上げた件で、もう遺物に関して隠し通すことが出来なくなった。だからその……ざっくりとだが、君から聞いたことはそこまで多い人数ではないが口外してしまった。許してほしい……』


「………分かりました。ならば………もう変に隠したりはしません。あの説明の通り、遺物には龍が封じられています。龍が現れた理由は、遥か昔の『ダッカニア』にイレギュラーとされる存在が別の異界から転移してきたことが理由だと仮定づけられています」


『ふむ、イレギュラーか。………なるほど、つまり『クヴェルア』に遺物を持ち込むこと自体がそれに該当する可能性があるというわけかい?』


「あくまでも仮説ですし、検証のしようもありませんが、昔の科学者が当時の観測記録を鑑みて最終的に出された結論だそうです」


『はぁ……本当に現実の話かいそれは……眩暈がしてくるよ』


「無理もないことかと……」


——と、その時、部屋の天井に取り付けられていたスピーカーから聞き覚えのある声が響いた。


『あーあー、聞こえるかね諸君』


「バッセル……!?」


『大口を叩いておいてすまんが、シェルターの防壁が突破された。もうじき実働部隊の連中が下りてくるぞ』


「何………!?」


『あぁそうだ、先ほどからドンワーズ君とお喋りしている方、少し良いかね?』


『………バッセル、かね?』


『そう、先日は色々と迷惑をかけてすまなかったね。謝罪しよう』


『私は気持ちのこもっていない謝罪は受け取らない主義でね』


『そうか、まぁよい。カッキスタと言ったか。会話は聞かせてもらったが、とにかくドンワーズ君の言う通り現状はそういうことじゃ。もし『ダッカニア』で遺物の研究をさせてもらえるなら、この事態を打開できんこともなかろう』


『…………………』


「統首、バッセルの小言に耳を貸す必要はありませんよ」


『分かっている………』


 揺れる。ここで彼の誘いに乗れば一発逆転の策を弄してくれるという期待がほんの一瞬でも浮かばなかったと言えば嘘になる。しかし、奴がこの世界に及ぼした被害を鑑みれば到底許せるはずもない。

 だが、他に自らの手で対抗策を用意出来る理屈もなかった。


『どうするね、もう時間はないぞ。このまま仲良くドンワーズ君も一緒に連中にハチの巣にされる顛末を享受するならそれも一興じゃが』


上から激しい物音が聞こえる。もうすぐそこまで迫って来ているのは明白だった。


「統首、とにかく一度転移装置を遮断してください。このまま装置を起動しておくと『ダッカニア』への道を開け続けることになります」


『っ………分かった。一度遮断する、ドンワーズ君、すまない……—————』


 ドンワーズは無人機をボイドホールに送り返し、その穴が塞がるのを見送った。


『ははは、臆病じゃのう。そんなに命を投げ捨てたいのかね』


「黙れ…!」


「ドンワーズ…………」


「……ディクター、とにかくここでは我々に地の利がある。仮にいくら内部スキャンされたとしても、この複雑な内部構造ではそう柔軟には動けないはずだ。そこを突けば勝機はある。絶望するにはまだ早い」


「そう……だな。おい二人とも、いつまでもそうしてないで、とにかく今は動くぞ」


ディクターは半ば放心状態の二人の背を叩き蘇生させる。


「ディクター、俺……何を信じればいいんだろ………」


リメイオとシアティレはまるで自分を見失ったかのように茫然としていた。


「それは俺に答えられることじゃない。きっとまだ見定まってないだけなんだ、だけどいつかきっと、自分で答えを見つけられる時がくる」


「いつかきっと、な…………………」


——残された四人は動き始めた。生き残る為に——



——時間は少し巻き戻る。——地上


 ドローンによって吊り下げられた細く長い一本の釘のように見えるそれは、強固な装甲を紙のように突き破るための聖剣である。

 サイベスは支給された電磁パルスモジュールを隊服に接続しアクティブ化させた。

携行可能な部類の中でも最も強力なモデルであるそれは、指向性電磁パルスを手元から撃つために最適化されており、モジュールと繋がっている専用のグローブをはめて使用される。


 サイベスはそれを装着するとナノマシンが蠢く床に注意深く手を当て、出力を最大化し放出した。——バツンッ!!と鋭い音が辺りに木霊し、ナノマシンで構成されていた天井部分は歪んだように変化する。


 その瞬間、すぐに後退すると上空から吊るされていた装甲貫通兵器がパルス照射地点に真っすぐ射出され、まるでプリンに突き刺さるように外殻を貫いた。

 その後、ピラーの側面からはリング状の帯が形成され広がり、あっという間に突き刺さった箇所を強引にこじ開けるようにして人が通れる程の穴が形成された。


「ふぅ、最初からこうすりゃよかったんだ。そんじゃ突入を開始する……!」


 下まで突き刺さったその釘をポール代わりにしてスルスルと滑り降り、内部に足を付けた。ほぼ暗闇だった内部に腰に取り付けていたポーチから小さいボールをいくつか取り出し宙に放り投げると滞空したまま空中で展開し、全体が発光し光源を確保する。


 シェルター内部は外殻のテクノロジーと乖離するように前時代的な様相を呈しており、工事現場かのような鉄板のみであらゆる場所が構成されているかのようだった。廃墟。そう評価する他ないような退廃的な印象を随所に受ける。


「まるで人気がないな…………」


 予想はしていたが、ここまでもぬけの殻だと最初から無人だったのではないかと疑念が湧いてくるほどだ。

 そして何より複雑な内部構造。開けた穴から音波探知を実行し内部構造をつまびらかにしたはいいが、その浮かび上がった内部構造は思わず二度見するほどの物だった。


「これは骨が折れそうですね、隊長…………」


 背後の隊員もげんなりした様子で、転送されたその迷宮の図を見やる。

リング状に張り巡らされた通路からさらに枝分かれするように内外に分岐し、さらにその四方に上下を行き来する階段やエレベーターが設置されている。

 手当たり次第に内部を破壊することは禁止されているが故のストレス。加えて構造上死角も多い。


 次々と降りてきた隊員が周囲を見渡したあと、サイベスと同様に腰に付けていたポーチから親指程度の大きさのモジュールをいくつか取り出し適当にばらまいた。

カラコロと周囲を転がり、やがて脚が数本飛び出し蜘蛛のようにそれぞれ自律して動き始める。


「索敵モジュール準備完了です」


「よし、とにかく慎重に進むぞ。フォーメーション:オクトだ。モジュールに頼りすぎず、警戒を怠るな」


 実働部隊アイルレスの最終目標は、下層部にあるとされる転移装置及び転移座標データの確保。さらに主犯であるバッセル・S・スポラゴラとそれに追従するドンワーズ・ハウ。加えて「アルタ・レネヴェ」の被験者であるリメイオ・サキュナムとシアティレ・ユーバッカンの捕縛である。それ以外の生死は問わないものとされていた。


「しかし、バッセルはともかく、ドンワーズまで生かす必要があんのかね」


「それほどまでに惜しい人材だということでしょう。緊張地でも活躍していたと聞きました」

 

「まぁ優秀だったらしいな。パホニの元諜報部門員で……統一戦争で敗戦国となったパホニから捕虜として連れてこられて統制庁入りたぁなかなか……」


 小言を挟みながら警戒は緩めず早歩きで前進する。手当たり次第に見かけた部屋に突入をかけるが、やはり人がいる雰囲気は微塵も感じられなかった。


「やはり、全員下に移動したと見てよさそうですね」


「そうだな。あれだけ派手に地形抉って気づかないわけない。とっくに避難済みだろう。だが、そう思わせて伏兵を忍ばせてる可能性もあるが……」


「離反メンバーの大半はただの研究員で非戦闘員でした。戦えるのはせいぜいドンワーズくらいでしょう。あの実験体二名も訓練度合によって戦闘員になり得るでしょうが、それでも伏兵となり得るかはまだ未知数です」


「なるほど、まぁどちらにしろいきなり奇襲なんて出来ないだろう、この狭さじゃな」


 階下への階段も複数個所あるため数人に人員を分け、それぞれの階段から下へと降り、その都度合流する形を繰り返す。

 しかし、彼らの索敵陣形も虚しく、誰とも遭遇することなく上層中層と通過し、いよいよ下層に踏み入った。

 

 追従する光源モジュールがあるとはいえ、同じような景色に段々と精神が摩耗してくる。この精神攻撃が本命なのではないかと疑いたくなるような迷宮に疲弊しながらも味方と合流し、今度こそ人員が集中しているはずの下層の探索を開始する。


「……いいか、念のため改めて言うが、いきなり発砲はするな。対象を殺したら俺たちが処分を受ける」


「了解しました—————」


 下層はより道が開けており、上よりは見通しが立つ。しかし、広いということは戦闘もしやすいということである。

それを知覚した瞬間、既に攻撃は始まっていた。


「…………!」


 始めに感じたのは足元の違和感。今まで固く無機質な鋼板を踏み歩いていたが、ここに来て違和感を覚えた。踏み出すたびに足元が妙に沈むような感覚を皆一様に味わっており、最初は精神疲労のせいでそう錯覚しているのだと思う者も隊員の中にはいた。

 だがそれでも明らかに質感の変化を感じられ、先に進むにつれてその粘性が顕著になり我慢できずに声を上げる。


「隊長…………!やはりおかしいです、この床……!?」


「分かってる…………!だが、見ろっ………」


ライトで照らされた先の道も少しだけ煮えるように軟化しているのが視認出来る。


「これは……やはり溶けてるんでしょうか?」


「どうだかな……っ、考えるのは後だ!とにかくここを走り抜けるぞ!」


 ぬかるみから強引に脚を引き抜き脱出を試みようとしたその時、タイミングを見計らったように床を形成していた鋼板が一気に赤熱し同時に熱を急激に放出し始める。


「っ…!? これは、まさか…………!?」


「——もう遅いっ!!!」


 天井の排気口の枠が勢いよく外れ、彼らの頭上から、弾けるようにして放たれた青白い閃光が通路を一瞬で染める。その声が響いた時には、激しい雷撃が一行を直撃していた——

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