第3話 ドンワーズ・ハウという男

「これは、酷いな……」


ドンワーズと別れた後、居合わせた職員は被害を受けた四人の様態をチェックしていた。

彼の言った通り四人の内三人は既に呼吸をしておらず、物言わぬ亡骸となっていた。

暗い銀髪の青年のみ唯一呼吸をしており、命がまだあるということを確認させてくれる。


 他の三人と比べて損傷個所は少ないものの、服を少し脱がせると腕や胸など身体の数か所で酷い内出血がある。恐らく打撲だろう。他にも細かい切り傷や皮膚が抉れた箇所もあり、最初脱衣させるのも憚られるほど痛々しい傷跡があった。


「……少し我慢していてくださいね。応急処置なら一応できますから、部隊が来るまでの辛抱です——」


 本当ならいつ次の攻撃が来るか分からない中ここに留まっているのは危険だが、彼の様態からして運び出すことも困難なため今は気休め程度の処置しか出来ないことに歯噛みする。


「……うっ、い、痛い……」


「っ……意識が!? 大丈夫ですか? 私の声が聞こえますか?」


「うぅ……聞こえ、ます……」


 想像を絶する痛みに耐え、か細いながらも必死に声を振り絞る。混濁する意識を振り払い何とか覚醒へと至ったが、その先に待っていたのは全身を刺すような激しい痛みだった。


 周囲は薄暗く、目の前には何やら焦りの形相を見せる男性の姿があった。

先ほどのことは断片的にしか覚えておらず、何か大きな音が聞こえたと思ったら意識がプッツリと途切れてしまったのだ。


「私のことが見えますか?」


「……はい……見え、ます…」


 自分を介抱してくれている人物は、先ほどまで取り調べをしていた男性ではなかった。 何となく安堵したトルスタは、幸い痛くない首をそれとなく動かし、辺りを見渡した。


「……———」部屋は見るも無残な破壊のされ方をしており、明らかに異常事態であるということが分かる。


「あぁっ、あまり動かない方が——」突然頭を動かし始めたトルスタを制止するように彼は慌てて声をかけるが、既にトルスタの目線はある地点に定まっていた。

「っ……」それを直視し、悟られないように短く息を飲む。ついさっきまで横に座っていた彼らは、暗がりでも一目で分かるほど全身に深い傷を負い横たわっている。


「見ても、あまり気分の良いものではないですよ……」


 彼はトルスタと他三人の関係については何も知らない。故に、視線を向けるトルスタに見るのをやめるように促すべきかどうか僅かに逡巡したが、結局止めることはしなかった。


「僕だけ……う、助かったんですか……」


「……えぇ、どうやらそうみたいですね。私は階下にいましたから、ここの攻撃直前の様子は知りませんが、恐らく座っていた位置的に偶然即死を免れたのでしょう」


 そう言われて、元々椅子があったであろう場所を眼で追う。既にそこには何もなかったが、少し遠くでひしゃげた机やパイプ椅子がいくつか無造作に転がっていた。


「生きていただけでも奇跡ですよ」


「……そう、ですね。……うっ……」


「…あっ、すみません。話をしてる場合じゃなかったですね」


 トルスタの呻き声で我に返り、彼は慌てて医療キットを取り出した。とはいえ現状大した処置は出来ないため、傷口の消毒や簡易的にガーゼ、包帯を巻く程度のことしかできる事はない。


「…そういえば、さっきの………えっと、金髪の……」


「…ドンワーズ局長ですか?」


「あぁ、そ、そうです。その人は…?」


「局長なら、これをやった犯人の対処に向かいました————」


 そう言った途端、ちょうど発砲音や砲撃音が聞こえ、再び爆発音が響いた。また建物に直撃したようで、庁舎全体がやや振動する。崩壊した壁の穴からバラバラになった瓦礫が月光を瞬間的に遮り落下していくのが見えた。


「…多分、局長が犯人と交戦しているんでしょう。大丈夫ですよ、局長は強いと、我々の間でも評判ですから」


「そ、そうなんですね…」


 ——とその時、コツン。と遠くから足音が聞こえた。

 最初は空耳かとも思ったが、コツコツ、と固い廊下と靴が接触する足音が連続して鳴っているのに気が付いた。

 上で取り込み中のはずのドンワーズではないことだけは確かだった。職員の彼も気づいたようで、崩れかけた壁に音を立てないようにそっと近づき、こちらに合図を送った。


「私が見に行きます。もし私が帰ってこなかったら、局長の帰りを待っていてください」


 そう告げる彼の手には小銃が握られていた。

物陰から慎重に身を出し、それの正体を探ろうとする。そして、ある地点まで銃を構えながら進む。トルスタからは見えなかったが、彼の声だけ僅かに響いた。


「女の子…? なんだ、君はいったい——!?」


 問いかけから少しの間。それから唐突に銃声が鳴り響いた。驚いて一瞬閃光が弾けたそちら凝視すると、彼は何かに畏怖するように後退してきていた。

 そして次の瞬間、眩い光の線が周囲を明るく照らした。その光は、振り向いた職員の頭を貫通していた。


「へ…————?」


 自分でも驚くほど気の抜けた声が出た気がする。それが職員の頭部を貫いたあと、頼もしい表情をしていた彼は糸が途切れた人形のようにドサッと鈍い音を立て、あっけなく床に倒れた。


「チッ…リメイオのやつ、何が穏便によ。めちゃくちゃじゃないの…」


 突然現れた女は光線を発射した銃のような物を仕舞い込み、足元で物言わぬ屍と化した職員だった物を苦い顔で一瞥すると、トルスタの方に向き直った。


「……ちょっと、全滅してるじゃない。これじゃ何も聞けないじゃないの…」


「っ……」殺される。そう直感的に判断したトルスタは、咄嗟に元の仰向けの姿勢になり、死んだふりを敢行した。


「あぁもう、生体信号だけは維持できる程度に抑えろって事前に言われてたのに……あのバカ……———」


何のことか分からないが、とにかく死んだふりを続けるしかない。


「———って、あれ? 生きてる……?」


 目を微かに開き状況を確認すると、その女はフードを被っており、暗がりのなかでデバイスのようなものを操作していた。相変わらず何をやっているのかは分からないが、彼女にとって何か事態が好転したようだった。

 それから、画面とトルスタたちを交互に数回見て——


「そこに居たのね」


「……!?」


その彼女の視線は、紛れもなくトルスタに注がれた。


「ねぇ、生きてんなら何か反応しなさいよ。焦ったじゃない」


「………………」


「……まだ死んだふりしてんの?」


グリッ、と、彼女の太いヒールが身動きできないトルスタのみぞおちにめり込む。


「う゛あっ………!!!?」


「ほら、元気じゃない。馬鹿なことやってないで、さっさと行くわよ」


「う………え、え……?」


「………? 何、どうしたのよ、あんたは——」


 ——そう言いかけた瞬間、再び何かがこちらに飛来し、激突。それは轟音と共に半壊した壁を今度こそ粉々に粉砕した。



「さぁ、清算の時だ。クソガキ—————」


「チィッ!!」


 瞬間移動の如き芸当を見せたドンワーズは、そのまま勢いをつけリメイオに肉薄し、強烈な拳を見舞った。咄嗟にリメイオは砲身を持ち上げ盾替わりに防御するが、ただの打撃による衝撃を抑えられず数メートル後退する。


「うぐぅっ…!クソッ………!!」


 後退した勢いのまま砲身を強引に動かし、再びドンワーズを狙撃しようと試みる。簡易チャージ。先ほどのような高威力の弾は出ないが、代わりに中距離から近距離で役立ついわゆるショットガンのような役割を担ってくれる。

 しかし、リメイオが砲身を調整しようとするその一瞬の隙をドンワーズは逃さない。拳を振りぬいた後すぐさま跳躍し、こちらに向いた銃口を砲身ごと蹴り上げ発射を阻止する。真上を向いたまま虚しく発射された弾は夜空に咲く花火のように炸裂した。


「んなっ………!?」


尋常ではない力で蹴り飛ばされた携行砲は、そのまま彼の手を離れビルから落下し、リメイオは丸腰になる。


「……クソッ、裏切り者が………!」


まるで親の仇でも見るかのように私怨に満ちた瞳で目の前の男を睨みつける。しかし、ドンワーズはそれ対して表情を崩さず、冷徹な面で彼を見据えた。


「諦めろ、お前程度に殺されはせん。おとなしく投降するなら命くらいは保証し——む………?」


 不意に調査局の方にドンワーズの意識が向き、視線はリメイオから逸れる。

そして、余所見をした一瞬を殺気立つ彼も逃しはしない。腕を広げ、手に力を込める。その手は眩く発光し、仄かに電気を帯び始める。

 帯電した手のひらをドンワーズに叩きつけるように大きく振りかぶり、再び跳躍した。


「死ねぇぇ!裏切り者がぁぁ——————!!」


「あぁ、そちらから来てくれて助かるよ————」


 振り向きざまに、手首を正確に足先で蹴り上げバランスを崩させる。弾かれた青白く発光する手は虚空を舞い、彼の歯を食いしばる表情だけがドンワーズの瞳に映った。


「ふんっ——————!!」


そしてそのまま浮いた脚を掴み、リメイオによって開けられた調査局の壁面に全力で投げつけた。



「けほっ………。もう、なんなのよ……!」


 瓦礫と共に舞う埃を払いながら飛来物を見やると、信じられないものが横たわっていた。


「リ、リメイオ!?………ドンワーズね………」


 崩れさった壁から外を見ると、既にこちらに拳銃の銃口を構えている、月明りに照らされたドンワーズの姿が遠くに見えた。


「っ…!?」


 咄嗟に積み重なった瓦礫を遮蔽物代わりにして身を隠すが、向こうの狙いはそれとは関係ないようで、こちらに銃を向けはしたが適当に発砲しただけだった。放たれた銃弾は隠れた女の斜め後ろ辺りに着弾。


 パァンと甲高い着弾音が響くと同時に、いつの間にか同じ空間に出現したドンワーズは、遮蔽物に隠れたままでドンワーズに気づいていない女の後頭部を鋭く蹴りつける。顔面がめり込んだ瓦礫の壁は血に染まり、彼女は力なく倒れた。


「ふぅ………大丈夫か?ええと、トルスタ君…だったか?」


トルスタの方を見ると、彼は頭を抱えてうずくまっていた。ドンワーズに声をかけられ、少し驚いた様子で周囲を見渡した。


「あ、え……は、はい。大丈夫、です………」


「…そうか、ならいい」


「えっ……こ、殺したんですか……?」


「ん……?」


今さっき飛んできた男と職員を撃ち殺した女は両方ピクリとも動いていなかった。


「あぁ、シア……女の方は死んでいるはずだ。どうせ生かしても情報を吐かんだろうからな。男の方はそれなりに重傷だが死んではいない。気絶しているだけだ」


興味なさそうにそう言うと、女の方に歩み寄り、ごそごそと探り始めた。


「ふむ、目ぼしい物は持っていないな。この銃は貰っておこう」


 ドンワーズが手にしたのは職員を打ち抜いた銃だった。それ以外に腕に付けていた端末を外し、ポケットの中もくまなく探し終えると、女の襟首をつかみ、穴が開いた壁から外へと身体を放り投げ、程なくするとドサッと生々しい音が響いた。

 その後、男の額に銃弾を撃ち込みトドメを刺し、同じように物色すると、死体を外に投げ捨てた。


「………さて、傷はあるが命に別状はなさそうだな。よかった」


「………は、はい。で、でも、この………職員の、人が…」


「だから今、仇を取った。死んだ人間は生き返らない。いつまでもメソメソするな」


部屋を見渡すと、少し前まで会話をしていた職員の亡骸が視界に入る。


「遅れてしまい申し訳ございません!負傷者の方は!?」


その時、救援部隊の人間が慌ただしく数名ドンワーズらがいる階に到着した。


「随分かかったな。何かあったのか?」


「いえ、それが………シグナルを受信してからすぐに出発しようとしたのですが、恐らく何かしらの妨害に遭い、緊急車両が動作不良を起こしまして………」


 十中八九奴らの仕業だと、そう推測するのはドンワーズからすれば難しい話ではなかった。しかし、彼らが手こずるほどというのは、こちらの技術力を凌駕するほどの物を使われたからに他ならない。


「そうか。………いや、仕方ないことだ。あまり気を揉むな」


「ありがとうございます………。しかし、余りにも不甲斐ない………」


「反省はいいから、とにかく早く彼らを外に出してあげてくれ。私も手伝う」


 犠牲になった四人。四人の犠牲で済んだのは幸運と言うべきか。そんなことを遺体を抱きながらふと思った。「いや、こんなことを考えてはいけないな」


「はい…?」「いや、なんでもない」


不意に出た独り言を誤魔化しつつ、搬送を終えた。トルスタはいつの間にか意識を失っており、そのまま救急車両で病院へと運ばれていった。


「ありがとう、助かったよ」


「お礼なんてよしてください………我々の手落ちがなければ………」


 外では遅まきながら到着した救援部隊が展開され混乱状態が続いていた。一国の調査局の本部が突如襲撃されたということもあり、深夜にも拘わらずいくつかの報道陣が人だかりを形成していた。


「………はぁ、今日は眠れそうにないな」


「局長。局長は裏から出た方がよろしいかと」


「あぁ、そうだな。そうさせてもらうよ」


 隊員に促され、勤勉な報道陣に見つからないように建物の裏手からひっそりと抜け出した。


「では、後の場は任せる」


「了解しました。局長は病院に向かわれるのですよね?」


「あぁ、私はこのまま病院に向かうよ。彼らに付き添う責任があるからね」


そう言いつつ、真っすぐ病院には向かわずリメイオと対面していたビルの麓を訪れていた。


「………あった」


 目的はリメイオが所持していた砲。流石にこれを放置するわけにはいかない。扱いに難儀するそれをどうにか背負い、再び歩を進めた。



「クソッ……!!」


 彼女、シアティレは着用していたゴーグルを乱暴に脱ぎ捨てデスクに放り出し、椅子に座ったまま、姿勢を直すついでに呻きながら大きく伸びをした。無機質で眩い白い部屋は明るさに慣れない彼女の目を悪戯に刺激し、彼女は少し目を細めた。

 長時間ゴーグルを被っていた影響で、整えられていたはずの髪はくしゃくしゃになっている。

目の前の暗くなったモニターにその姿が映ると少しイラついたような顔して、それを鏡代わりにすぐさま適当に手で髪をセットし直す。


 『クヴェルア』に存在する、とある研究機関。公には存在を秘匿されているその場所は地中深くに位置し、秘密裏に異界を跨いだ活動を行っていた。その主要作戦実行室。数多くのモニターと長時間座り続けることを前提として配備された椅子。

 そして仮想空間や異界ほどの遠距離でも機械等を遠隔操作可能とするためのゴーグルが各席に備え付けられた楽園。先の襲撃犯の本体はここにいた。


「なんなのよ、あれ!?知らないわよそんなの!」


そう喚いていると、隣に座っていた男もゴーグルを外し、大きくため息をつく。


「っあ、リメイオ、アンタも死んだ?」


ゲームオーバーになり帰還した相方をやや煽るように、横目で言葉を流す。


「チッ、うるせぇな。俺より早く死んだくせに、偉そうにしてんじゃねぇよ………」


言いながら乱れたライトブラウンの短髪を不機嫌そうにわしゃわしゃと掻いた。


「大差ないでしょ?だいたい、あんな取り回しのしにくい甲砲使うとか、脳筋にも程があるでしょ。結局ボコボコにされてるし」


「お前なんか蹴りで即死だったろうが」


「あんなインチキ能力持ってるなんて知らなかったの。どういう原理なのか知らないけど。そもそも、あたしらが知ってる異能と全然違うし………」


 ドンワーズ・ハウというダッカニア人の名前は、彼らの間ではある種語り草となっているほどだった。

 かつて『クヴェルア』という異世界に迷い込み、争乱の渦中に放り込まれ、とある地において名を挙げた。そして『クヴェルア』の様々な機密情報や技術を盗んだ大罪人。


 それが、現ダッカニア国、中央調査局局長であり、異界探査部門部長であり、そしてクヴェルア統制庁の元幹部である———ドンワーズ・ハウという男である。



「————う………」


「お、目が覚めたか?」


 目を開けると、白い天井が視界を占領した。それと同時に、横に座っている人物も目に入る。彼、ドンワーズはトルスタが目覚めると読んでいた雑誌をサイドテーブルに置き、病室を発った。


「………生き、てる………」


 あの後結局どうなったのか、あまり覚えていなかった。

爆発の後、職員の人が殺されて、女が急に出てきて、それから……それから………?


「——えぇ、目を覚ましました」


 離席したドンワーズは看護師を連れてきたようで、その傍らには彼より小柄な女性がいた。


「トルスタ・ロヒートさんですね? 意識が回復したみたいで何よりです。私の声はちゃんと聞こえますか?」


「は、はい。聞こえます」


「それなら安心ですね。もしかしたら動きたいかもしれないですけど、今日はまだ寝ていて下さいね」


「分かりました………」


「えーと、ドンワーズさんはまだこちらにおられますか?」


「あぁ、彼と話したいことがいろいろあってね」


「そうですか。では、ご自由にしてください。あ、でもあまり彼に無理はさせないでくださいね。それと、幸い今日はトルスタさん以外に人はいませんが、なるべくお静かに」


「あぁ、分かってるさ。ありがとう」そう言い残し看護師の彼女は一礼し、ガランとした病室を後にした。


「………あの、どれくらい経ったんですか?」


「一年くらい眠ってたって顔だな。安心しろ。寝てたのは一日だけだ」


「じゃあ、その……みんなは……」


「………死んだよ。君以外、全員」


「やっぱり、そう、ですよね………」あの時見たのは間違いではなかったと、そう思うとより当時の記憶が鮮明になる。


「その……これから、僕はどうなるんですか……?」


 衝撃的な出来事が続き忘れそうになるが、思い返せばトルスタたちは窃盗事件を起こし、まさに目の前にいる男から聴取を受けていたところだった。


「………あぁ。そこが、私も頭を悩ませているところだ」


 たとえトルスタが何者かに襲撃されようとも、罪を犯している以上は然るべき判決を受けなければならない。そこでドンワーズが当初思いついた案がトルスタたちを抱き込むという案だった。しかし、その内の三人は既に亡くなっている。


「ところで…話は変わるがあの時、あの女と何か会話はしたか?」


「女………? あ、あの時の——」


 突如現れ、トルスタを介抱していた職員を射殺し、身に覚えのないことを口走った女。ただでさえ暗がりであまり全体像を捉えられてはいなかったが、何となくトルスタは同じくらいの年代であるかような印象を抱いていた。


「会話っていう会話はしてなかったと思います。ただ……」


「………?」


当時の、やや耳を疑い掛けるような彼女の発言を思い返してみる。


『馬鹿なことやってないで、さっさと行くわよ』


「ふむ……その発言から察するに、君はその女と面識があると?」


「——っそ、そんなはずは………」


「まぁ、君が嘘をついているようには見えないが……しかしこのままでは埒が明かないな」


 そう言って考える素振りをする局長だが、実のところ、彼には過去の経験から思い当たる節がいくつか存在していた。


「………とにかく、その女が君を何処かへと連れて行こうとしたのは事実だろう。そうなれば、また今回のような襲撃が起こらないとは限らない。だから——」


 ドンワーズは深く息を吸い、またゆっくりと吐き出した。この決断は非常に重いものになると分かっていたからだ。


「だから、君を迎え入れることにした。調査局にな」

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