ルンバ

みねみね

ルンバ


 去年、引っ越しをして、部屋の広さが以前の二倍になった。夫がハウスダストアレルギーなので、掃除機がけを入念にする必要がある。引っ越しの片づけと掃除機掛けで一杯一杯になった私は、ある日目を回して後ろにひっくり返り、左手をついて捻挫してしまった。それで、見兼ねた夫が小型ロボット掃除機を買ってくれた。それがルンバとの出会いだった。

 

 本当は、中国産のお値段が控えめなものだったので、名前はルンバではないのだが、解りやすいので名前を『ルンバ』と決め、毎日話しかけるようになった。

というのも、小型ロボット掃除機は、手で持ち上げて各部屋まで持っていくので、他の家電と違って、ふれあいがあり身近に感じたからだ。

 

 さらに、とても優秀な家電だった。私が念入りに掃除機掛けをするよりも、よほど綺麗に埃を取ってくれる。ルンバが掃除機がけをしてくれる間に、別の作業も出来るようになり、時間に余裕ができた。空いた時間を休憩時間としてティータイムを楽しむ事も出来た。

 

 ところが、使い始めて一か月も立たないうちにルンバは故障してしまい、ほぼ毎日、勝手に起動してしまうようになった。ルンバを動かす前に、部屋をセットしておかないと却って部屋を荒らされてしまう事もある。ルンバとの順調な生活は急に暗礁に乗り上げた。

 

 使用説明書を熟読したが、対処方法がわからず、サポートを申し込む程の故障でもない。困った私は、熱心にルンバに話しかけるようになった。

『ルンバ、せめて2年は使いたいのよ。頑張ってね』とか、『ルンバ、あなたのお陰で助かっているのよ。ありがとう』とか、心を込めて話しかけた。

 すると、それから一か月くらい過ぎた頃、ルンバの故障は治った。家電に話しかけたら機嫌をよくするという、旧来の方法が通じたのだろうか?不思議な気もしたが、ルンバに気持ちが通じた事に私は深く満足した。

 

 それから一年の歳月が過ぎた。ルンバは相変わらずの大活躍で家の中をきれいに掃除してくれている。夫のハウスダストアレルギーもすこぶる調子がいい。

 

 私は、相変わらずルンバに話しかけている。起動時に『よろしくね』家具の下に隠れて作業しているときは『出ておいで』作業が終了した時には『ありがとう』そんな簡単な声掛けだが、四つの部屋と廊下、洗面所にルンバを移動させる事を考えるとなかなかの回数になる。

 

 夫とは、週に一回は酒を酌み交わしながら話をする。身近な事を、ああでもないこうでもないと親しみを込めて話をするのは、夫としか出来ないこと。

 

 だけどルンバは、一日に一番数多く話しかける家族になった。

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