俺と若葉とモモ
「その…………さっきはごめんなさい!!」
俺が服の形にした血の翼を纏ってしばらくしてから、さすがにさっきのは自分が悪いと思ったのか、少女は俺に謝った。
「あーうん、別にいいよ。俺にもちょっと悪いところがあったし」
俺に悪いところはなかったはずだが、やはりここまで謝られるとこっちも悪かった気がしてきてつい俺も悪かったみたいな言い方になってしまった。
「あの………その…………………」
目の前の少女は人見知りなのか緊張しやすい性格なのか、何かを言おうとしているものの、言い淀んでしまっていた。
まさか、俺が血の翼を纏っただけで結局のところ裸であることを指摘したいのだろうか?
俺は今、血の翼を森に入ったときの装備の形にしているのだが、その装備は何処にいったかというと、もともと穴が開いていたこと、そして、度重なる連戦でボロボロになってしまったことによりすでに現役を引退してしまっている。
つまり、今の俺は着る服がない状態というわけだ。
これで文句を言われてもこれ以上着る服がないのだが、どうしよう。
目の前の少女と俺がおろおろしていると、少女と一緒にやってきた二匹のスライムがピョンピョン跳ねてこちらにアピールしてきた。
「おぉ、どうしたモモ」
俺はそれに応えるように、腕を広げる。
すると、その二匹のスライムは同時に俺の胸へと飛び込んでくるが、俺はその勢いを止めることができず後ろに倒れてしまい、スライムたちも跳ね返って後ろに飛んで行ってしまった。
それもそのはず、このスライムたちは俺の膝の丈ほどもある巨大な個体であり、純粋な体重ならば二匹合わせた方が重いからだった。こいつらとはこのやり取りを何十回もしているのだが、奴らは一向に吹き飛ばされるから加減しようとかの学習をしようとせず、毎回力の限りぶつかってくる。もはや吹き飛ばされるまでがあいさつみたいなものだと学習してしまっているのかもしれない。
前の世界にもスライムはいたが、こんなにアホというか馬鹿というかなんというかその______頭が悪くなかった気がする。
「やっぱりこの子たちとはお知り合いだったんですね」
やっぱり?
少し引っかかることがあったが、まあ一応先に答えておこう。
「まぁ、そんな感じかな」
こいつらはこの森の中でよく見るスライムで、レベルアップとか魔法とか魔力とかでいろいろと実験台になってもらっていた奴らだ。今ではスキンシップも取るようになっており、モモという名前を付けるほど仲が良くなっている。
名前の由来は、レベルを上げる方法を確立させるために片方には純粋な魔力、もう片方には血を上げるという実験のせいで血のような赤色をしているが、出会った頃はきれいな桃色をしていたからだ。
決して“モ”ル“モ”ットからとったわけではない。断じて違う。
「モモちゃんっていうんですね…………どっちがモモちゃんなんですか?」
どっちが?
「いや、右がモッ君で、左がモーちゃん。二匹合わせてモモだ」
ん?どっちがどっちだっけ?まあいいか。
俺はどっちにしろ、スライムに理解できるわけがないと見分けるのを諦めたが、俺の紹介を聞いた二匹は、ピョンピョン跳ねながら場所を入れ替わっていた。
「…………………………」
前言撤回。こいつら結構頭がいいのかもしれない。
「もしかして、こいつらがここにあなたを呼んだの?」
「直接ではないですが、一応そうです」
そうか、こいつらにはずっと人間を連れてきてほしいとお願いをしておいたが、ついに人間を連れてくることに成功したのか。
俺は感謝の意を込めて二匹の頭(?)をぽよぽよする。
すると、二匹は嬉しそうに体を震わせた。
「かわいいですね…………………あ、忘れてました。私、若葉(・・)と言います」
「あ、俺の名前はミサキ、よろし_____若葉?」
「!?は、はい!何でしょうか!?」
俺は若葉という日本語(・・・)に違和感を覚えたので聞き返してしまったのだが、どうやら若葉は名前を呼ばれたと勘違いしてしまったらしく、驚きながら照れていた。
「いや、そうじゃなくて、その名前って日本語?」
「!?日本語を知っているのですか!?」
やはり気のせいではなかったようだ。もしかして彼女は日本人なのだろうか。そうだとすると____________あまり関わりたくないのだが。
「……………………もしかして、若葉さんは日本人なんですか?」
「いえ。昔、私に名前がなかった頃、一人の勇者がつけてくれたんです」
「なるほど………………違ったか」
俺はそれに安堵したが複雑な気持ちにもなった。
「こちらこそ、期待させてすみません…………」
「いや、こっちこそ、呼び捨てにしてごめん」
ため口でしゃべっているのに今更呼び捨てもないと思うのだが、若葉さんにはなぜか親近感がわき、ため口で話しかけてしまう不思議な魅力がある。
「「………………………」」
お互いがぺこぺこしていると、その後にはただ静寂の時が待っていた。
親しみやすいのに、どこか気まずい。そんな不思議な魅力(?)もある人だった。
「実はこいつらにずっと、人を連れてきてほしいって言ってたんだけどね?」
この沈黙は気まずい類の沈黙だと感じた俺は、無理やりスライム二匹をダシに会話をしようと試みる。
「そしたら最初、何を連れてきたと思う?」
実は、めっちゃでかいサソリを引き連れてきたんだよー。
そう続けようとしたが。
「あ、おばけサソリを連れて行ったんですよね?」
「え?」
なぜか若葉さんに答えられてしまい、会話が途切れてしまった。
いや、会話という点においては相手に答えてもらうのも正解なのだが、予想外の反応に俺の脳が一瞬フリーズした。
「え、じゃあ、その次は…………?」
「はい、おばけライオンですよね?」
「………………………次は?」
「はい、おばけ鳥ですよね?」
「……………………次」
「おばけ牛」
「………………」
なぜ知っている。
俺主体の会話が目的だったのに、主導権が奪われてしまった。
「あ、あとさっき連れて行ったおばけいぬも倒しましたよね?」
「え………………う、うん」
しかもさっきの戦いのことまで知っているのか。
ん?犬?連れてきた?
「よかった…………………おばけいぬは気配をほぼ完全に消しているので見つけるのが相当難しかったはずですが、モッ君とモーちゃんはちゃんと連れていけたんですね」
「ん?どゆこと?」
「あれ?違いましたか?」
「いや、あっているけど……………?」
なぜだろう。会話がかみ合わなくなってきた。
「では、そろそろ行きましょうか」
「ん?どこに?」
「え?もちろん黒龍のもとへ、です」
「え?」
「え?」
「「…………………」」
どこから会話がかみ合わなくなったんだ?
とりあえずこれまでの会話を整理してみるも、どこからおかしくなってしまったのかが全く分からない。若葉さんも同じように感じたのか、考えている俺と目があった。
よし、とりあえず怪しくなってきたところからもう一回話してみるか。
「えーっと、実はこいつらに、人を連れてくるように言ってたんだけどね?そしたら最初、何を連れてきたと思う?」
「おばけサソリを連れて行ったんですよね?」
「うん」
「じゃあ、その次は?」
「はい、おばけライオンですよね?」
「次は?」
「はい、おばけ鳥ですよね?」
「次」
「おばけ牛」
「で、最後に」
「さっきおばけいぬを倒しましたよね?」
「うん」
「よかった。モッ君とモーちゃんはちゃんと連れていけたんですね」
「ん?どーゆーこと?」
「あれ?違いましたか?」
「いや、あっているけど」
「「……………ここ(です)か!!」」
お互いが会話のずれを見つけたことで、この問題は解決した。それと同時に、本来は会話で得ようとしていた気まずさをどうにかするという目的も、ともに問題に立ち向かったことでそれ以上の友情に近いものが芽生え、そちらも解決した。
「俺は若葉さんの「あれ?違いましたか?」を今までこいつらが連れてきた魔物が、合っているのかどうか確かめてると思ってた」
「やっぱりそうでしたか。私はあなたの目的が私の考えている目的と違ったのかと思って、その質問をしたんですよ」
「なるほど。で、その目的って?」
「はい。黒龍と戦うことですよね?」
「いや、違う」
「違うんですね……………」
「「…………………」」
若葉さんとも自然に話すことができて打ち解けたと思ったら、共通の会話がないと話が続かないレベルの薄っぺらい関係性しか形成できていなかった。
そして結局、二匹のスライムが俺にタックルしてくるまでその沈黙は続いた。
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