勇者(メアリー)が死んだというこの状況

「ぐすっ………す、すみません」

「いや、いいよ」

 どれだけの時間泣き続けていたのだろうか。アンはようやく泣き止んで立ち上がった。

泣き止んだというよりも涙が枯れてしまったという方が正しいのかもしれないが、顔を上げた彼女の表情は、少し明るくなったように見えた。

 途中から俺の体力が限界になって、座り込んで俺の腰に抱き着いて泣いていたアンに寄りかかってしまっていたが、それはアンには内緒だ。

「申し訳ありません。怪我をしているのに、ずっと立ったままでお疲れですよね?」

 あれ?ばれてないよね?とりあえずカマをかけてみるか。

「ごめん、重かった?」

「いえ、そんなことはありませんよ」

「…………………」

 重くなかったのなら、いいか。

 人という字は、短い棒と長い棒が互いに支え合ってできている。つまり、さっきまでの俺たちということだったのだろう。人というのは、そういう生き物なのだ。うん。

 俺は先ほどまでの会話をごまかすように、目に少しかかる前髪を整える。そして右目の近くを手で触れたとき、メアリーに頭を掴まれて眼帯が燃えてなくなってしまっていたことに気づいた。

何か眼帯の代わりになるものがあればいいのだが…………あ、持ってたわ。

「あ、そうだ。これもらっていい?」

 そう言いながら、俺は手に持っていた仮面を持ち上げる。

 メアリーのもとから離れたのにもかかわらずいまだに黒いそれは、鼻より上くらいしか残っておらず、真ん中あたりには縦に太いヒビが一本入っていた。すでに先ほどまで感じていた惹き寄せられるようなオーラはすでになかったが、太い一本のヒビなどでは割れないような、不思議な頑丈さを持っているように感じた。

「別にいいのですが………もうそれには力は残っていませんよね?」

「まぁ、それはそうなんだけど。眼帯の代わりになるかと思って」

「あぁ、そういうことなら………………どうぞ」

 俺は許可が出たと同時に、すぐに仮面をつける。

「ありがとう、メアリーの形見みたいなものなのに_____おぉ!穴が開いてないのに、ホントに前が見える!すっご!!ナニコレ!?」

「………………そういえば、不思議ですよね。私もその形を見て、前が見えるのか結構不思議に思っていたんですよ」

「そうか、そうだよな……………。そうだ、アンもつけてみるか?」

「いえ、その、私は________」

「ご無事ですか!お嬢様!!」

 俺はこの仮面がなぜ見えるのかどうかの仕組みを知りたかったが、聞き覚えのある声に中断されてしまう。

 声がする方を見ると、俺たちが来た森の中から大勢の騎士と神官を引き連れた副領主のサムさんが出てきた。俺はサムさんに向かって手を振ろうしたが______

「突然申し訳ないのですが、勇者ミサキ様を見かけませんでしたか?」

「……………………あっちの方に行きましたよ」

 やけに物々しい感じの神官がこちらを向いて話しかけてきたため、俺は不穏な気配を感じ取り、振り上げた手でそのまま適当な森の中を指さす。

「まさか、すれ違いに_______いえ、待ってください。あなたが身に着けているその仮面はまさか…………」

「やべっっ…………………何のことですか?これがどうかしましたか?」

「今「やべっっ」って言いませんでした?まさかその仮面は、勇者ミサキ様の言っていた…………………」

 まさかこの仮面のことを、メアリーが他人にしゃべっていたとは思わなかった。俺はさらに状況が悪化したことに危機感を抱く。

何やら俺を怪しい目で見始めた神官はともかく、サムさんの周りにいる騎士たちは、森から出てきたときから俺のことをずっと見ており、腰にかかった剣に手をかけている者さえいた。

最初は騎士たちだけが俺を敵視していたが、神官たちは俺に注目していた程度で敵対まではしていなかった。全員が俺を敵視しているのではなく、半分だけだったため場を何とか収めることができそうだと思っていたが、それもどうやらうまくいかないらしい。

「先ほど、ミサキ様の身に着けていた魔道具からの反応がなくなったのでミサキ様の身に何かあったのではないかと思い、最後の反応があった場所まで来たのですが、何かご存じですか?いえ________ご存じですよね?」

 完全に俺のことを怪しむようになった神官が、俺に向かって問いかけてくる。

 さっき森の中に入っていったと嘘をつくのではなく、あげた手をそのまま上に伸ばし、「俺がミサキです」と正直に言った方がよかったのだろうか。もしかしたら、あの場面では全員の思考をかき回した方が場を制するという点においては最善だったのかもしれない。

「おい、領主様(・・・)。領主の権限を使ってこの場を何とか収めることは______」

 俺は小声で隣にいるアンに助けを求めようとしたのだが。

「おい、そこの白い髪の奴。まさかお前、あいつの妹か(・・・・・・)?」

 騎士たちのリーダーっぽい奴が俺にそう聞いてきた。

どこかサムさんと似ているような似ていないような顔をしているのは気のせいだろうか?

「仮面で目元を隠していても、間違いない!あいつは_____」

「団長!まさか、あれが領主様を殺そうとしたという_____」

「油断するなよ、まずは領主様を守ることを最優先に______」

「領主様の母親を殺した亜人の妹_____」

「領主様の母親って勇者(・・)でしたよね?ならあいつは相当_____」

「ああ、あれの妹なら相当な強さのはずだ______」

「領主様を騙して_____」

「まさか、また戻ってきたのか_____」

「「「________怪物め」」」

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