第17話 古海栄徳・2-3
※
夜勤明け。
朝六時に帰宅して泥のように眠り、目を覚ましたのは正午近く。カーテンの隙間より差し込む陽光が目に
そろそろ片付けないと。でも、捨てられずにいる。
雑然と積み上げられた段ボール箱の山。高層ビルもかくやな一群が部屋の大半を占めている。猫の額程度の狭い部屋が
いっそ断捨離してしまおうか。どうせ中身は大した物じゃないのだから――と、割り切れたら苦労しない。
段ボール箱に詰まっているのは、かつて推したアイドルや女性声優に纏わるグッズだ。キーホルダーや缶バッジなどの公式アイテムに、彼女達が表紙を飾った雑誌やファンブックに至るまで。なけなしの金をはたいて揃えた思い出の品々だ。もっとも、推しに裏切られた以上、無用の長物と化しているのだが。
フリマサイトに出品すれば小遣い程度にはなるだろう。だが、手間に見合うかどうかは別だし、手放す決心がつかずにいるのもまた事実。まったくもって未練がましい。
公式の商品なら幾らか値がつく分だけまだ良いだろう。つい最近まで推していたVTuber――
全身全霊で推したVTuberだったのに。
捧げた熱意の分、失った時の虚無感は殺人的だ。
いつぞやの配信で『自分の道は自分で決める』と宣言した時なんて、感動で溢れる涙が止まらなかった。きっとこの子は大成する。させてみせると誓ったのに。結局、冬の動画を最後に、何の前触れもなく更新が途絶えた。元より知名度のない個人勢であり、復活する可能性は万に一つもない。彼女は今頃何をしているのだろう。どこかで楽しくやっていればいいのだが。それすら判然としないのが虚しさに拍車をかけている。
「まるで俺の人生そのものだな」
ぬるい水で喉を潤し、キッチンの戸棚からカップ麵を取り出す。朝飯を飛ばして昼飯の時間だ。お湯を沸かして注ぎ込み、三分たてばすぐ完成。ワンタン入りの醬油ラーメンだ。食欲を誘う香ばしい湯気が立ち上っている。
料理をする気力がない時、こういうジャンクフードは有難い。栄養の偏りは問題だろうが、どうせ長生きするつもりはないので些末事。とりあえず腹が膨れればいい。健康なんて二の次だ。
麺を
『……――にて、中学生の
本日のトップニュースは殺人事件だ。
昨日、地方の中学校にて、女子生徒が刺し殺されたらしい。犯行時刻は下校途中の夕方。部活終わりに背後から襲いかかってめった刺し。現場の昇降口は血の海と化し、学校は臨時休校を余儀なくされた。犯人は同じ学校の男子生徒と報道されるも、こちらの名前は伏せられている。要約するとそんなかんじだ。
被害者は晒され、加害者は保護される。
いつも通りの報道なのだが、冷静に考えてみるとおかしな話だ。もっともらしい理屈はあるだろうが、庶民からすれば首を傾げざるを得ない。同種の疑問に至る者は存外多いらしい。実際、SNSでは既に犯人が特定され、顔写真が流出している。
隠されると余計に知りたくなる。いわゆるカリギュラ効果だ。そして、義憤を覚えた一般人が、正義の名の元に暴走する。ネットリンチが良い例だろう。実のところ逆効果で、むしろ隠す方が危険なのではないか。一抹の疑念が拭えない。
『……――逮捕された少年は動機について、兵頭さんにいじめられたのが許せず殺そうと思った、などと供述しており……――』
隠されているのは名前だけではない。
ワイドショーでは事件の経緯について、オブラートで何重にも包み込んで報道している。動機の背景であるいじめについてはほとんど言及せず。兵頭梅香についても、クラスの中心人物で明るく友達も多かった、としか伝えられない。
一方、SNSでは剥き出しの悪意が放流されている。
伊賀野優弦がいじめを受ける様子を収めた動画だ。否、いじめという表現が
いじめの主犯である兵頭梅香の情報も見逃せない。なんと、某企業の社長令嬢らしい。ネット上の不確定情報ではあるものの、生徒はおろか学校全体が
以上の二点を鑑みるに、伊賀野優弦が復讐を決意したのも頷ける。きちんと元凶に矛を向けただけ、非関係者を巻き込む拡大自殺より幾分マシだ。なんて意見を呟けば、不謹慎と袋叩きにされるのは確実だろう。口は
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