第8話 黄瀬蓮凪・1-3
「同じクラスだった連中から聞いたよ。あんたの家ってさ、変な宗教にハマっててガチヤバなんだって?」
「それは、その」
「
「でも私は」
「だから黄瀬もぉ、神様に誓って清く正しく生きましゅ~、とかイカレたこと考えてンでしょ。あー、寒気がする」
違う、そんなつもりじゃない。
教義のためでも、神様のためでもないのに。
自分の意志で決めたんだ。
それなのに、否定できない。
だって、本当だから。
お父さんとお母さんが、変な宗教――“
その娘とくれば、同じ穴の
何も言い返せないまま、血が出そうなほど
ふと隣を
当然の反応だよね。誰だってそうなるに決まっている。
張りぼての
だから、知られたくなかったのに。
でも、人の口に戸は立てられない。この土地にいる限り、悪い噂はいつまでもついて回る。たとえ知り合いのいない都会に出たとしても、不気味な宗教一家の娘という事実に変わりはない。
逃げ場なんてどこにもないんだ。
※
放課後。
橙色の教室に、私と朝音ちゃんの二人だけ。
お互い席に着いたまま、じっと黙り続けて三十分。クラスメイトでも関係希薄な者同士。ついでに秘密が暴露されたばかりだ。弁解するべきだろうか。でも、きっかけが掴めない。
昨日以上に重苦しい空気が幅を利かせている。
このまま何も言わず帰ってしまおうか。なんて無責任な気分になった時、朝音ちゃんが消え入りそうな声で問いかけてきた。
「ねぇ、あの話って、本当なの?」
何のこと、と聞き返すまでもない。
我が家が気持ち悪い宗教にハマっている件についてだ。
「うん、まぁ、本当かな。
「でもね、私は信じていないの。お父さんとお母さんが熱心なのも、正直どうかと思っているし。だから、朝音ちゃんを助けたのは、教義とか神様のためとか、そういうのとは全然関係ないから。安心してほしいの」
紛れもない本心だ。
なのに、言い訳するほど嘘臭くなってしまう。何を言ったのかより、誰が言ったのかが大事な世の中だ。その意味では、私の言葉は信じるに値しない。
ずっとそうだった。
物心ついた頃から“地球の神命会”ありきの人生。自分で選んだ道じゃないのに、勝手に試練を背負わされてきた。重みで押し潰されてしまいそうだ。
何もかも投げ出せたら、どれだけ楽になるだろう。
でも、お父さんとお母さんを見捨てられない。“地球の神命会”を抜けると言えば悲しむのは目に見えている。それに、“
だから、こうして板挟みだ。
嫌だと思っているけど逃げられない。
中途半端な体たらくで自己嫌悪に陥っていると、
「あたしのことなんてどうでもいいよ!」
金切り声が
普段叫ぶ機会がないせいか、声が盛大に裏返っている。鼓膜を震わす
何、何、何!?
突然どうしたのだろう。気に障ることを言っちゃったか。それとも、言い訳したのが悪かったか。心当たりがあるような、ないような。パニックで思考が追い付かない。
机の天板が叩かれて、びくりと大きく体が跳ねる。どうしていいか分からず、全身が石像みたいに動かない。なのに両目は右往左往、忙しなく泳ぎ回ってしまう。平常心とは対極に位置している。とりあえず、念のため防御姿勢を取る。経験則だ。こういう時は、有事に備えておいた方がいい。
しかし、危機は訪れず。
中空で構える私の両手に、小さな掌が重ねられる。
「えっと、これはどういう……」
頭上に浮かぶ疑問符。
絡む指の意味を図りかねていると、
「黄瀬さんの方が、よっぽど大変じゃないですか。あたしなんかより、ずっと」
朝音ちゃんの目尻から大粒の涙が
「べ、別にそんなこと。もう慣れちゃったから」
「でもそれって、小学校の頃からずっと、辛い目に遭ってきたってことでしょ。しかも、黄瀬さん自身の問題じゃないのに」
まさか、怒りでも蔑みでもなく、純粋な思い遣りが向けられるなんて。
「助けてもらって嬉しかった。だから、今度はあたしが助ける番」
彼女になら。
朝音ちゃんになら、全てを打ち明けていいかもしれない。
「……それなら、聞いてくれるかな」
包み込んできた手を握り返す。
あべこべだ。昨日の今日で立場が真逆になるなんて。
面白味に欠ける、荒涼とした歴史だった。
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