つくりものの聖獣

さんばん煎じ @WGS所属

1話 廃墟のもの。

 王都「グロウリィ」から、馬車で数時間程の距離。

 新緑の山々や岩肌に晒された崖を越えて、荒れた土の道を抜けた先には小さな盆地があり、レクルーズ隠者の村という小さな村がある。


 人口は百人程と、そこそこの人数が住んでいるのだが、その歴史は浅く、まだまだ発展途上である。


 そんな村の一角。


 村の中で一番裏山に近い位置に、一軒の家があり、そこにはある一人の少年が住んでいる。


 メリハリのない寸胴の体型に、土で汚れた簡素な黄土色の布の服を身に纏っており、髪は肩まで長くボサボサで、自作であろう麻の紐でポニーテールのようにまとめ上げられている。

 瞳は濁ったカーキ色で、肌はよく外に出るためか、やや焼けて茶色がかっている。

 顔は年齢相応の中性的な顔立ちだ。


 そんな彼の名は「ミゾレノ・ユウ」。


 彼は、物心ついた頃に両親を流行り病で亡くしたいわゆる孤児である。

 しかし両親を亡くした後、一人で暮らせるようになるまで村の仲間が支えてくれたお陰で、彼は両親を亡くしたトラウマを克服することが出来た。


 現在は毎日山にもぐっては、山菜や川や湖の魚を獲ったり、山の清水を汲んだりして、それらを食べて暮らす日々を過ごしている。


「よっ……ほっ……」


 彼は今ちょうど、山深くまで潜って、食料を集めている所だった。


「ふぅ……」


 今は日が登り始めた頃。

 僕は山菜を摘む手を止め、中腰の姿勢から立ち上がり、ふと辺りを見渡す。

 木がそこら中に生え、木のまわりには苔やキノコが生えており、そのような景色が永遠と続くような光景。


 見慣れた山の景色を見て心を落ち着かせながら、今日はどれぐらい採れるだろうかと、今日の収穫量に思いを馳せていた。


「ん……」


 そんな中、僕は葉の緑色や、土の茶色とも違うような、灰色の物体を見つけたような気がした。

 目を凝らしてよく観察すると、確かに見える灰色の物体。


 建物であろうそれに、僕は強い好奇心を抱き、それに近寄ってみることにした。


 最初はキノコほどの大きさに見えていたが、近づくにつれて大きくなっていく。

 僕がその建物のとなりに立てるまで近づいた時には、軽々と僕の背を抜かした、巨大な箱状の建物がそびえ立っていた。


「――灰色……鉄の建物?」


 やや苔むしており、建ってから長い年月が経っているであろう建物。


 僕は建物の全体を確かめるためにその建物の外周を回る事にした。

 その最中、建物の表面に触れてみたり、匂いを嗅いでみたりもする。

 やがて僕はこの建物の扉を発見する。

 扉も鉄で出来ており、見るからに頑丈そうだ。


 この建物は廃墟なのだろう。

 僕はそう思い込み、その扉を開けて建物の中へと入る。

 中には下に降りるためのはしごだけがあり、明かりも家具も無い、狭い部屋のみであった。


「はしごも鉄で出来てる……」


 こんな辺境の村の近くに全てが鉄で出来ている高級な建物があると思うと、建てた人の凄さや変質さに寒気が出てくる。


「よし、行こう」


 きっと何か有益な物があるに違いないと思い、意を決して僕は下へと降りる。

 入口には明かりは無かったものの、はしごの道中には等間隔で明かりがあり、底までよく見える。


「明かりの数が多い……1週間持つ明かり一つ買うのにも一苦労なのに、ここにあるのは全部綺麗に光ってる。怪しい……」


 やがてはしごを降りきると、そこには長い一本の廊下があった。


 廊下は壁や床、天井など全てが鉄で出来ており、廊下の壁には長い鉄の筒が廊下の端から端まで張り巡らされていた。

 当然のように廊下は明かりで照らされており、壁は明かりの光を受け、曇った輝きを放っている。


 僕は廊下を見渡しながら歩いていく。

 すると、間もなく廊下の壁に鉄の扉が見つかった。 

 扉にはドアノブと、何やら見慣れない鉄の突起がついている。


 僕はそれを開けようとするが、何か引っかかったような感覚と共に、その扉は開かない。

 他にもいくつか扉はあったが、そのどれもが同じように開かなかった。


「全部開かない。押しても引いてもだめ。鉄が腐ってるからかなぁ」


 そう思った矢先、僕は一際大きな鉄の扉を見つける。

 やや開けた空間に、まるで壁を丸ごと扉にしたような風貌のそれは、黄色と黒のストライプ模様が天井近くと床近くに1本ずつ入ったのが特徴的な扉。

 この扉のみは腐っている様子も無く、むしろ手入れされているようにも見える。


 大扉には引くための取っ手のみがついており、他には何も無い。


「よし……」


 ここまで腐った扉が続く中で、お膳立てされたようにこの大扉があるのなら、少しは期待出来るだろうと、僕は取っ手に手をかける。


「ふぬっ……わっ!?」


 流石に重厚な扉であるため、そう簡単には引けないだろうと全力で力を加えた。

 しかしあっさりと引けてしまったため、僕は引いた勢いをころし切れず、そのまま尻もちをついてしまった。


「キィィィ……ガンッ!!」


 扉は台車が転がるようにそのまま進んでいき、やがて壁にぶつかり激しい音を立てる。


 僕は誰が来てしまっていないか、辺りをキョロキョロと見渡す。

 そして扉の下をよく見ると、鉄の車輪がついており、掘られた円状の溝に沿って転がるように出来ている。


 この車輪のお陰で、先ほどは少ない力で引くことが出来るようだった。凄い発想と技術である。


「さてと……」


 僕は立ち上がり、改めて正面を見据える。


 分厚い鉄の大扉の向こう側。

 そこは明かりが一つも無く、代わりに緑色の液体で満たされた、大きく透明な筒がある。

 中に入った液体はほのかに光っており、筒の周りの地面を緑色に照らしている。


 ……何か液体の中に別の物が入っているようにも見えるが、液体が濁っていてよく見えない。


 緑色の光のお陰で周りはかろうじて見えるようになっており、白いテーブルやイス、自身の知識では到底分からない物などが多々ある。


「何か、良さそうなものはあるかな」


 あの大扉の先ならきっと良いものがあるに違いない、そう思って僕は探索を進める。

 しかしながら、待っていたのは全く真逆の物だった。


「……っ!?」


 大扉から入ってしばらく左側に進んだ後、部屋の隅に、僕は何かの肉塊を見つけた。

 血は抜けきっているようで、固まりきった血が肉塊から円状に広がっている。


 腐っているかと思ったがそうでもないようで、肉塊がこの状態になってから日は浅いらしい。

 角に集まるように、そこに意図的に廃棄されたように集まったその肉塊は、見てて気分の良いものでは無かった。


 一つの隅に集まっているだけかと思えば、この肉塊は他の三つの隅にもあり、同じように血が抜けて、同じように積み重なっている。


 この廃墟は何かがおかしい。

 そもそも、こんな建物がこんな辺境にある事自体、異常なのかもしれない。

 鉄のみで出来た建物、他の扉が腐って通れない中、やけに綺麗に整備された大扉と、今いる謎の空間。


 もはや「良さそうな物を持ち帰るか持ち帰らないか」という話ではなく、早くここを出ないといけない焦燥感に思考が切り替わっていた。


 呼吸も荒くなり、生臭い匂いが鼻にツンと来る。僕は焦燥感に駆られて、肉塊から目を背け、入ってきた大扉に身体を向けて足早に部屋を去ろうとした、その時。


 ――後ろから何かが割れた音がした。




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