第4話 魔方陣の罠

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 翌朝。一行はテスタの街に向かう。騎士団長とサファイア王女の二人は昨夜の話などまるで無かったかのように、いつも通りの王族と臣下の対応だった。


 勿論スタッグはあの告白を誰にも言うつもりはないし、サファイアもきっとそうなのだろう。


 昼過ぎには目的地に到着した。国境に最も近いテスタの街は自国のみならず他国とも商流が盛んで商業都市として栄えている。街の中心にはその象徴とも言える大きな広場を設けており、そこで商人達が出店で商売をするのだ。


 だが、今日だけは広場に一人の商人もおらず、代わりに多くの民衆が集まっている。ここでサファイア王女一行は帝国の使者団と待ち合わせをしており、この先の帝国領内の道案内を任せる予定だった。

 テスタの領主が予めその旨と、この日だけは広場で商売をしないよう通達した結果、王女を慕う民達がせめて彼女を見送ろうと集まったのである。


 サファイアが広場前で馬車から降りると、溜め息や嗚咽混じりの声がさざめいた。


「ああ、王女様……」

「まだあんなに小さいのに嫁入りだなんて……」

「サファイア様、お気の毒に」


 既に広場の中央には使者団が待っていた。サファイアは侍女やスタッグ、ウェスト達を率いてその道をまっすぐにしずしずと歩む。その周りを囲むのは悲しみにくれた民衆。さながらこれは死のバージンロードとも言える光景だった。


「サファイア姫、お覚悟!!」


 と、人混みの中から突如飛び出し、甲高い声をあげる男が現れた。顔の上半分は目深に被ったローブのフードに隠され、人相はわからない。


 彼がキラリと光るものを持ち、サファイアに向かってそれを振りかざす。即座に騎士団員と魔術師団員が男の前に立ちはだかり、スタッグもサファイアを自分の背中に庇った。だが、彼の持つ光るものは刃物ではなく光る石のついた小さな杖……恐らく魔法の発動体だったのだ。


「ははは、お前も道連れだ!」


 そう言って男が杖を振り下ろすと、サファイアとスタッグの足元が白く光る。瞬く間にその光が二人を中心にサッと広がり、円形の奇妙な文様を作り出した。円の周りを半透明の壁が包む。


(しまった! 予め魔法陣を敷いていたのか!)


 スタッグはサファイアを素早く抱きかかえ、陣から飛び退こうとする。が、陣の縁から上空に向かってのびている壁は半透明の色だけではなく実体も持っていた。

 魔法陣を突破しようと彼の肩が壁に触れた瞬間、ボンと音がしてスタッグの肉体は柔らかく弾かれたのだ。完全に閉じ込められている。


(クソッ! ご丁寧に障壁の魔法まで合わせ技で陣に組み込んでやがる!)


 スタッグは陣の外にいる魔術師団の一員に声をかけた。


「早急に魔法陣の解析と打ち消しを頼む!」


 ところが陣の外の騎士団と魔術師団の人間は慌てて「団長、何ですか!?」と聞き返してくる。この障壁は内側の音を遮断し外に漏らさない役目まで兼ねているらしい。この他に別の魔法まで合わせているのなら、かなり複雑で高度な術式が必要な筈だ。つまり、かなりの手練れの仕業。


 スタッグは周りを見渡したが、騎士や魔術師達が魔方陣の発動に気を取られた隙に逃げたのだろう。既にローブの男の姿は無かった。


「殿下、失礼します!」


 彼はサファイアを抱き直した。左手で抱えるだけだったのを真正面から抱きしめる。大きな騎士団長の身体で、小さな姫を包み込むように。その小さな身体から小さく「きゃ」と声が漏れた。スタッグはサファイアを安心させようと、できるだけ優しい声で金のつむじに声をかける。


「大丈夫です。俺の命に代えても殿下を御守り致します」


 それは、単純な強がりだけで出た言葉ではない。魔法の扱いは苦手で己の肉体をひたすら鍛え騎士団長の座までのしあがったスタッグであるが、魔法の知識はきちんと備えている。


 魔法陣は魔法の属性によって色が変わり、陣に書かれた文様でおおよその種類がわかるのだ。この陣は色を持たない半透明。つまり火や氷ではなく無属性の魔法。しかも陣に攻撃性のある文様は組み込まれていない。直接身体を衝撃波で傷つけるという類いのものではないのだ。


 対象を狂わせたり洗脳する精神系魔法かとも思ったが、これから嫁入りする姫にそれをかけるメリットがない。隣国の皇帝あのロリコン野郎は利発なサファイアの中身ではなく、ただ愛らしい美少女の外見にしか興味がないだろうから。


 攻撃系魔法でも、精神系魔法でもないとすれば後は限られている。補助系魔法の応用だ。障壁が徐々に厚くなり圧し潰そうとするか、地面の障壁がせりあがり、ある程度の高さまで持ち上げてから突然消えて落下でダメージを与える方法だろうか。いずれにしてもスタッグの肉体を盾にすれば姫を傷つけることはほぼ避けられるだろう。


「……騎士団長」


 両の腕の中にすっぽりと収まったサファイアから小さくくぐもった声が聞こえ、ハッと彼は腕の力を緩めた。しまった、防御に徹するあまりきつく抱きしめ過ぎたのか……と思いきや、姫の続く言葉は意外なものだった。


「同意して」

「は!?」

「良いから『同意する』と言いなさい。それでこの陣は消えるわ。効果も危険なものではないから」

「は……」


 スタッグは息を呑む。


(この短時間で陣の解析をしただと……!?)


 サファイア姫はこの年で既に王族の中でも一二を争う魔法の研究者である。


「早く! 私に逆らうの!?」


 自分の胸の辺りまでしか届かぬ背丈の、齢十二歳の姫君に気圧される。スタッグは驚きながらも小さく呟いた。


「はい……同意致します」


 その瞬間、障壁の中が白い光に包まれた。


「あっ!?」


 腕の中の金のつむじが僅かに霞んで見える他は視界の全てが白く染まる。一方、陣の外に居た人間からも中が完全に白い色で塗りつぶされて見えない状況であった。


「殿下!!」

「姫様!!」

「団長!!!」


 周りが悲痛な叫び声を上げるなか、天に向かって白い光の柱を立てた魔方陣。だがそれは数瞬の後にふっと色を失い光と共に消えた。

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