第2話 姫君の告白

 

「妃……六番目のか」


 国王が苦い表情をギリギリで抑えて呟くと、帝国の使者はしれっと答えた。


「いえいえ、我が皇帝陛下はお妃様に順番を付けたりは致しません。皆公平に愛しておられます」

(違う、そういう事じゃない!)

(というか、本当はこちらの言いたいことがわかっていて敢えてはぐらかしているな、この狸め!)


 スタッグを始め、スラーヴァの臣下達は揃って心の中で悪態をついた。


 帝国の皇帝は既に不惑に差し掛かる年齢でありながら未だ好戦的で好色。皇帝は若い時分から他国を侵略し飲み込み国を肥大化させた。一方で、侵略した国の美姫を強引に妃にするといった事も長らく繰り返しており、妃は既に五人いる。しかも皇帝自身が年を取るにつれ、それに反比例するかのようにどんどんと年若い娘を好むようになっていた。


 幼いながらもサファイア姫は聡明で美しい。皇帝が彼女に目を付けるのも時間の問題だった。危機感を抱いたスラーヴァは万が一が無い様に数年前から平和条約を結んでいたのだ。だがそれを逆手に取られる形になるとは。


、この婚姻は必要なものかと」


 使者の建前に、その場の全員がヘドを吐きたくなったろう。だが全員が全員、ぐっとこらえるしか無かったのだ。



 ★



「騎士団長レイモンド・スタッグ、そなたに儂の娘サファイアの護衛の任を命じる。隣国まで安全に王女を送り届けよ」

「陛下……」


 サファイア王女の嫁入りが正式に決定された翌日、スタッグは国王から直々に命を受けた。

 あの無垢で幼き姫を、いやらしい皇帝へ渡す為の手助けをしなければならないと考えるだけで彼の胸は痛む。この護衛役は国境で無様な姿を晒した罰なのだろうが、断頭台送りと言われた方がまだましだと思った。

 だが彼に断る権利はない。素直に頭を下げる。


「……お役目、謹んで拝命致します」


 三週間後、王女と護衛役の旅路が始まった。顔ぶれは王女付きの侍女が七名ほど。そして護衛役にスタッグをはじめとした騎士が十五名、魔術師団からは副長のウェストと、精鋭の魔術師十名が選ばれた。特に道中危険なところは無いし、国境近くの町で帝国側の迎えも待っているので比較的小規模な人数の同行である。


(……おや?)


 スタッグは侍女の中にベテランの一人が居ないことに気づいた。確か王女が一番信頼し、常に側に置いていた者だった筈だが。だがそんな疑問も口には出来ない。サファイアは青白い顔でふらふらとしていたのだから、体調を気遣うので精一杯だった。


「殿下、大丈夫ですか」

「ええ、ありがとう。ここのところあまり寝られなくて」

「馬車のなかで休めるようでしたらできるだけ横になっていて下さい」

「街を抜けて誰もいなくなったらそうさせて貰うわ」


 城下町では多くの民衆が王女の馬車を見つめている。彼女の姿は窓からほんの少し見えるだけだろうが、それでも民の目があるうちはサファイアは気を抜くことがなく、僅かに微笑みを浮かべ毅然としていた。


「王女様……」

「ううっ……サファイア様」


 民は皆、王女の輿入れだというのに葬列を見るような悲壮感を帯びた目で見ていた。



 ★



 旅の道程はやはり何事もなく、明日には国境に一番近いテスタの街に着けるというところまで来た。ひとつ手前の町で一行は宿を取る。


 夕食を摂り、自分の部屋で寛いでいたスタッグは王女からの呼び出しを受けた。


「失礼致します。レイモンド・スタッグ、ここに参じました」

「騎士団長、ご苦労です。……人払いを」


 スタッグがサファイアの部屋へ入るのと入れ替わるように、侍女や護衛が出ていく。こんなことは初めてで少し驚いたが、彼は王女と二人きりでも手を出すようなことは決して無いのだから信頼されている証だろう。


「殿下、何用でしょうか」

「騎士団長……いえ、今だけはレイモンド様とお呼びしても?」

「はあ……? どうぞ」

「ありがとうございます。レイモンド様」


 王女はくだけた口調で礼を口にする。今だけ王族ではなく、一人の少女サファイアであろうとしているのかと彼は感じた。彼女は口を開く。


「わたくしは貴方をお慕いしておりました」

「……は」


 スタッグは固まった。まさに雄々しき彫像のようにピクリともせず、目を大きく見開き口は僅かに開いたままとなる。

 これぞ青天の霹靂。スタッグは所謂「男の中の男」であり、今まで騎士団員などからは憧れられている事はあっても、女性とは全くの縁がなかったのだ。


 魔法国家であるスラーヴァ王国にとって騎士団はどうしても魔術師団よりも下に見られがちである。実際には国を守る立場や責任は魔術師団と全く同等なのだが、その実情を詳しく知らぬ女性からは野蛮だと見なされることが多い。

 その上巨体で強面、口数が少なく威圧感があるとくれば、スタッグが女性に恐れられるのは致し方ない。用事があり女性に話しかけただけで怖がられて泣かれてしまう事すらあったのだ。


 その恐ろしきスタッグ騎士団長を、サファイア姫は青い瞳で真正面からをじっと見据え、真剣な告白の言葉を重ねる。


「ずっと好きでしたの。レイモンド様」


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