【ボイスドラマ】シュガーアンドミスフォーチュン~砂糖と不幸~

柊准(ひいらぎ じゅん)

第1話 恋の始まり、新宿御苑

 私はぎゅうぎゅうに詰められた鬱陶しい満員電車の車両のなかで、もう息が詰まりそうだった。

 ――佐藤花こと私は、なにか大腿に違和感を感じた。ちらりと盗み見ると中年のサラリーマンが私の足を触っている。それから下着の方へと手を動かそうとした。


 ――どうしよう。怖い。

 そしたらその中年の手を誰かが掴んだ。


「おい、やめろよ」


 私は、半分涙目だっただろう。その声の方を見ると体の空気が抜け落ちるように安心した。

 なぜなら助けてくれたのは、同じ高校の制服を着た男子生徒だったからだ。


 サラリーマンは舌打ちして手をどかし、目線をずらした。


「次の駅で一旦降りようか」


 そう柔和な笑みで言ってくる少年の言葉に首肯した。

 車両は右にカーブした。私はバランスが取れなくなって傍にいた少年の体に体重を預けてしまった。少年は右手で吊革をつかみ、左手で私の背中を抱き締めた。

 なんだろう。すごく格好いい。



 新宿ー、新宿ー。

 それから乗客はプラットフォームに流れていき、私は屋根から微かに望む代々木のドコモの電波塔が雨で輝いているのを見て、現在の気象状況を知る。


「僕の好きな場所に連れていくよ」


 彼はそう言って私の手を引いた。彼の手はごつごつとしていて当然なんだけど、男性の手でそれに触れられていると少し心臓の鼓動が、早まった。

 渋滞の甲州街道を横切り、いつまでも完成する気配のない環状五号線の工事現場を過ぎた辺り。新宿区と渋谷区にまたがる巨大な国定公園。

 ガチャン、という自動ゲートが開く音が、ひっそりとした公園に響く。

 ここは、もしかして。そんな疑心が確定に変わる思考をしていると、ヒマラヤ杉とレバノン杉の立ち並ぶ間を通り抜ける。

 メタセコイヤとクヌギの雑木林を歩くと、そこは池が横たわる日本庭園。

 ここは、というか――。


 世界という脆弱さと隣人の狂気から乖離された「天国の外側」。そんな渾名がぴったりなそんな場所。新宿御苑。


 すると私たちを歓迎するようにさらに雨がぱらぱらと降ってきた。

 屋根付きのベンチに座ると、彼はこう言った。


「僕にはさ、女性の辛さやしんどさは分からない。けど中年のサラリーマンが仕事のストレスを発散させるために君に性の捌け口をしようとしていたことも、同時に一生理解できないことだろう」

 それとな――。そう呟き彼は言葉を続けた。


「僕には、女性恐怖症みたいなところがあるんだ。本音を言えば、君に対する痴漢行為を止める勇気が出ないと思った。しかし体が勝手に動いたよ」


「それは――」


 彼はするとバッグの中からポッキーの箱を取り出した。封を開け、一本私に差し出してきた。


「君と友達になれないかな? まだ心の傷が癒えないなら、だけど……」

 私はクスりと笑った。雨溜まりの、雨粒の跳ねる音が今の私の弾んだ心境を現しているようだった。

「なんか、面白い。というかありがとう」


 ここから、私は彼のことが気になるようになったんだと思う。

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