◎13裏の裏の裏_攻略対象その3はお見合いに向かった!


 フラネイルが教会で絶叫を上げた頃。

 クラウスは隣国ハイボリアを訪れていた。


「クラウス殿下。

 ご準備は、よろしいでしょうか?」

「問題ない。開けてくれ」


 馬車の中から御者の声に答えると、クラウスの知る王城とは趣の異なる、曲線の多い宮殿が出迎える。

 クラウスの周囲を側近が物々しく固める中、ハイボリア王宮からも兵隊の列が伸び、その中心から、まだ幼いと言える、海色のドレスを纏った少女が歩いてきた。


「よ、ようこそ、クラウス殿下。

 我がハイボリアは、貴殿の来訪を心より歓迎しまス」

「こちらこそ、ホトス姫。

 来訪を受け入れていただき、感謝します」


 初対面の王族同士。

 ある程度の距離を置いて、握手を交わす二人。

 互いの兵が見守る中、二人は手をつないだまま、王宮の中へと入っていた。



 # # # #



「クラウス、お前、隣国の姫と見合いに行け」


 クラウスが隣国ハイボリアを訪問するきっかけになったのは、父の一言だった。


「ああ、この間の政略婚の話ですね。これも予言への対策の一つですか?」

「それもある。が、一番の原因はお前自身だ、クラウス。いい加減に休め」


 まあそうだろうな。

 自分でもそう納得するほど、クラウスは仕事に打ち込んでいた。

 仕事とは、未だ広がる流行病への慰問であり、教会の貴族粛清をもくろむメビウスのフォローであり、予言された戦争に対する隣国や関係各所との調整であり、とにかく、四六時中、会議や書類や書簡と格闘していた。


「本来なら、卒業近い学生など、最後の思い出を作るため、友人や恋人と遊んで過ごす時期だろう」

「父上も、酷なことをおっしゃる」


 苦笑するクラウス。

 過労の自覚はあるが、肝心の遊ぶ友人と恋人を失ってしまった。

 代わりに仕事に打ち込んでいることくらい、父も分かっているはずだ。

 それでも、こう言ってくるということは、よほど顔に出ていたのだろう。


「お前の気持ちも分からんでもないがな。

 このままでは『クラウスが怖い人になってしまう』とアイリスがうるさいのだ。

 私としては、そのような心配はしておらんのだがな」

「父上も、酷いことをおっしゃる」

「だが、事実であろう。お前の仕事ぶりを見るに、いかに己に不幸が訪れようとも、非情に徹する政治家になれるとは思えん」


 またも、苦笑で応えるクラウス。

 戦争の準備ともなれば、増税や徴兵など、国民の負担となる政策も考えねばならない。だが、クラウスはどうにか税率や兵役が最低限にならないかと、腐心して折衝に当たっていた。

 そしてその思想は、王にはそれなりに好評を持って受け入れられていた。


「お前の政への適正は十分に分かった。

 多少甘すぎるきらいはあるが、まあ、そこはメビウスにでも補佐させよう。

 アレはアレで粛清などという物騒な政務に適性があるようだからな」


 苦笑しかできないクラウス。

 あの後のメビウスの行動は早かった。フラネイルから財源を得ると、片っ端から大きな修道院の捜索と粛清を始めたのである。中には耐えかねてクラウスの方へ陳情しに来た貴族もいたのだが、どこから聞きつけたのか、傭兵を率いたメビウスが乱入してきて、「おや、お忙しいクラウス兄さまに余計な手間を取らせるなど、とんでもない無礼者がいたものです。いえ、もしかしたら政務を停滞させ、犯罪者の片棒を担ごうとしているのかもしれません。反乱の疑いがありますね。首をはねますので、即刻身柄を引き渡してください」などと笑顔で言い出す始末だ。

 その場でとりなしたが、震えあがる教会貴族の顔が忘れられない。


「まあ、こちらのことは心配するな。

 お前のおかげで、ほとんど王の仕事は終わっている。

 事が起こっても、号令をかければすぐに戦時体制へ移行できるだろうよ。

 メビウスの方も、あれで暴走しているようで、きちんと相手は選んでいる。

 むしろ、ハイボリアがこちらの様子を見て、あらぬ疑いをかけてくる前に、親善に赴いた方がよい」

「そういう事なら、分かりました。お受けしましょう」


 いい加減、苦笑以外も返そうと思ったクラウス。

 ようやく了解の返事をした。

 だが、今度は父の方が苦笑で返した。


「念のため言っておくが、隣国は予言のことなど知らぬ。

 諜報も送っているが、戦争のせの字もない状態だそうだ。

 単純にめでたい席として、楽しんで来ればよい。

 特に隣国のホトス姫は、まだ幼いながらに美貌と知性に秀でるときく。余も何度か会ったことはあるが、弟君のトトス王子ともども、優秀に育っているようだ。

 中々に冗談も通じる相手でもあるしな。お前とは気が合うだろうよ」


 だから、気軽に行ってくるがいい。


 そう言って送り出されたのだが。


「え、ええっと、ク、クラウス様、この度はよくおいでくだちっ……あ、くださいましタ」


 むしろ、相手のホトス姫が緊張しまくっているせいで、気軽に、とはいかなくなってしまった。

 まだ周りに兵がいたときは問題なかったのだが、二人になったとたん、ガチガチに緊張した姫は、舌を噛みながらなんとか会話をするという有様。

 まだ、周囲に見守る大人がいないと、不安になる年頃なのだろう。

 婚約者相手に、気の利いた話をする余裕など、あるはずもない。


「いえ、ホトス姫。どちらかというと私の方が押しかけてしまったようだ。

 キミ、姫にお茶を頼めるだろうか?」


 やむなく、ゲストながらリードすることにしたクラウス。

 取り敢えず、ホトス姫のそばに控えるメイドにお茶を頼む。


「はい、どのようなお茶がよろしいでしょうカ?」


 なんとメイドは平気で聞き返してきた。

 この国ではこれが普通なのだろうか?


「っ! ねえ、あ、いえ、クラウス様の前ですヨ!?」


 違ったようだ。

 顔を赤くして声を上げるホトス姫。

 メイドは素知らぬ様子でこちらの返答を待っている。

 どうやら、使用人が慇懃無礼というところだけは、我が国と共通するらしい。

 妙な親近感を覚えたクラウス。

 メイドの方へ声をかける。


「そうだな、落ち着いた香りのものがいい。

 私はこの国の飲み物は詳しくないが、何かあるだろうか?」

「それですト――」

「――い、いつものフレーバーティーヲ、お願ぃイ!」


 声を上げるホトス姫。

 よほど緊張しているらしい。

 が、メイドの方はにっこり笑って、


「承知しましタ。

 では、今しばらく 二 人 っ き り の時間をお楽しみくださイ」


 などと言って出て行った。


「あ、あうゥ」

「ホトス姫も、なかなか苦労されているようですね?」


 顔を真っ赤にしてうつむく姫に、自然と笑みが浮かぶ。

 ホトス姫は、顔を上げたかと思うと、また真っ赤になって、うつむいて――

 なんとも初々しい反応である。

 直前まで政務に忙殺されていたこともあり、クラウスは心から棘が抜かれていくような感覚を覚えた。


「姫、この部屋からは海が見えますが、海がお好きなのですか?」


 今の姫に、戦争の予言だの、親善だのの話は必要ないだろう。

 そう思ったクラウスは、とりあえず、窓から広がる光景を話題に出してみた。


「え、えエ! その、昔、お父様に連れて行ったもらったことがあっテ!

 夜の海ハ! 漁の光もあって美しク……」


 堰を切ったように話し始めるホトス姫。

 どうやらよほど海に思い入れがあるらしい。


「ダイビングもよく行きましテ! 深海には面白い生き物がたくさんいるんですヨ!

 なんでモ、昔、錬金術師が放したキメラが増殖しているとカ!

 触手生物は可愛らしくテ! ええっと、図鑑が――」


 楽しそうに本棚の図鑑を持ち出すと、どこかの教諭が作り出した触手生物そっくりの宇宙的なナニカを指す姫。

 ちょっと珍しい趣味の持ち主のようだ。

 しかし、それを指摘するものはいない。

 クラウスの美的感覚も、似たようなものだからだ。


「おぉ、なかなか可愛らしいな」

「分かるんですカ!?」


 嘘ではないクラウスの声に、姫から声が上がる。

 やはり独特な感性というのはどこの国でも理解されにくいものらしい。


「ええ、こちらの触手生物は?」

「はイ、こちらは星の精といいましテ――」


 ようやく見つけた同士とばかりに二人は盛り上がり、


「失礼しまス。お茶をお持ちしましタ」


 メイドに水を差された。

 あからさまに落胆の顔を浮かべる姫。

 クラウスもさすがに文句を言おうと思ったが、メイドが何かいたずらを思いついた子どものように目を輝かせたのを見て、思いとどまる。

 メイドはお茶をのせた盆を置くと、そのまま、姫の手を引いた。


「お茶を用意したばかりですガ、姫、お召し替えの時間でス!」

「エ? ま、待っテ――」

「クラウス様。

 我が国でハ、王族は数時間おきに着替える風習がありましテ。

 姫様を少しの間お借りしまス。すぐに戻りますのデ」


 そのまま、さっさと部屋を出て行く。

 来客を一人残すのもこの国の風習なのだろうか。

 クラウスは手持無沙汰に窓の外を眺め、


「お待たせしましタ」


 姫は本当にすぐに戻ってきた。

 海のように深い青のドレスを、夕日のような橙の民族衣装へと変えて。

 メイドは連れていないようだが、代わりに、小さな触手生物を肩に乗せている。


「こちラ、ペットのヨグちゃんといいまス!」


 なるほど、あのメイドは図鑑だけではつまらなかろうと、キメラ生物を連れて行くよう姫に助言したらしい。

 慇懃無礼ながら、やはり主を思う使用人というところだろうか。

 自然に笑みがこぼれるのを感じながら、姫との会話を再開する。


「なるほど、なかなかに可愛らしいペットですね。触っても?」

「! えエっ! もちろン!」


 姫が差し出すのに合わせ、触手を伸ばすヨグちゃんに、そっと手を触れる。

 なんともいえぬ宇宙的な手触りがした。

 そのまま絡みつく触手と遊んでいると、姫が声をかけてきた。


「すっかりクラウス様になついたようですネ!」

「ええ、ホトス姫は、いつもヨグちゃんと一緒に?」

「いエ、弟がなかなか放してくれなくテ。あまり一緒に遊べないのでス」

「ああ、そういえば、弟君がいらしたのでしたね」


 そういえば、出発前、トトス王子という弟がいる、という話を聞いた気がする。

 どうやらホトス姫とは趣味が同じらしい。

 こちらとも気が合いそうだ。


「クラウス様。折角ですのデ、今日はこのヨグちゃんと一緒に遊びたいのですガ?」

「ええ、もちろん。ヨグちゃんもそれでいいかな?」

ィ(´∀`∩ もちろン!


 話しかけると、うねうねと触手を動かして答えるヨグちゃん。

 そのまま三人で遊び始め、数十分ほどたった後。


「ひ、姫、お召し替えの時間でス」

「エ? まだ早――」

「ク、クラウス様。す、すぐに戻りますのデ――」


 先ほどとは別のメイドがやってきて、あっという間に姫を連れて行ってしまった。

 慇懃無礼なメイドと違い、やけにおどおどした様子だったが、強引なところはよく似ている。


「お、お待たせしましタ」


 そして、またもすぐに戻ってくるホトス姫。

 お召し替え、という割には前と同じ海色の青いドレスを身にまとっている。

 どうやらこの国でのお召し替えは、同じ服でもよいようだ。

 あるいは、単純に姫のお気に入りがこのドレスなのかもしれない。


「いえ、待っていませんよ? ヨグちゃんもこの通り」

(*^▽^*) はイ! クラウス様ト! 楽しんでいましタ!


 姫も楽しそうに笑って、クラウスと一緒にヨグちゃんの触手で遊び始める。

 が、またも慇懃無礼なメイドが入ってきた。


「失礼しまス! お召し替えのお時間でス!」

「ち、ちょっト! ねえ、あ、いや、その、今は――」

「いけませン! 規則ですのデ!」


 そして、またも強引に連れ去っていく。

 いい加減に様子がおかしいと思い始めたクラウス。

 苦笑で表情を隠しながら考えていると、ヨグちゃんから触手で突っつかれた。


(^^♪ 取り合いとは、愛されてますネ、クラウス様!

「それは――ああ、そういうことか」


 何かに気づいたクラウス。

 が、それを言葉にする前に、民族衣装の姫が戻ってきた。


「お待たせしましタ!」

「いえ、待っていませんよ、姫。

 先ほどの話の続きですが、ホトス姫は、王子とは仲がよろしいのですね」

「エ? ええ、自慢の弟ですのデ!

 我が国も学園を設けていますガ、特に海洋に関して優れた成績を残していまス!」

「なるほど、私の国は海は遠いもので。ぜひ一度お話してみたいものですね」

「まア! あの子はダイビングが好きですかラ、今度、一緒に行かれてはどうでしょうカ?」

「それは楽しみですね。姫は、ご一緒なさらないのですか?」

「ふフ、そうですネ、久しぶりニ、私も潜ってみるのもいいかもしれませン」


 確信を持ったクラウス。

 ヨグちゃんをなでるふりをして、その身体に文字を書く。


 目の前にいるのは、姫かな? 王子かな?

(*´▽`*) ホトス姫さまですヨ


 くすぐったそうにしながらも、クラウスだけに見える絶妙な角度で文字を描くヨグちゃん。

 クラウスはうなずくと、ヨグちゃんを持ち上げ、姫の肩にそっと乗せた。


「ホトス姫。そろそろ時間のようです」

「エ? あ、もう日が沈む時間ですネ……」


 海が夕日色になるのを見て、残念そうに言うホトス姫。

 クラウスも、名残惜しそうに答える。


「出来れば、夜の海も見てみたかったのですが、また次の見合いの時にでも、ご案内いただきたいと思います」

「! えエ! ぜひご案内させてくださイ!」


 クラウスの言葉が、もう一度会おう、という意味だと気づいたのだろう。

 明るい声で返すホトス姫。

 クラウスはホトス姫の手を取り、立ち上がると、しかし、そっと手を離した。


「? クラウス様?」

「いえ、どうせなら、あの海色のドレスで見送っていただきたいと思いまして。

 ああ、キミ、ちょうどよかった」


 おどおどしたメイドに、微笑むクラウス。


「姫に、お召し替えをお願いしたい。

 それと、見送りの時は、先ほどのメイドの同席も」



 # # # #



「もう、ねえさン! クラウス様、絶対に気づいてましたヨ!」


 クラウスを見送った後の王宮。

 ドレスに身を包んだトトスは、民族衣装を着たホトスに叫んでいた。


「でしょうネ。まア、王子なんだかラ、あのくらい気づいて当たり前だけド」

「そう思うなラ、入れ替わろうなんて言い出さないでヨ!」

「だって、お見合いとかめんどうだったんだもン!」


 ねー、とヨグちゃんに話しかけるホトス姫。

 ヨグちゃんは触手を動かして答えた。


(;^ω^) そんなこと言っテ!

(;・_・) ホトス姫様モ、メイドになって突撃してたじゃないですカ!

「だっテ、あんまり楽しそうだかラ、気になったのですもノ!

 トトスはずいぶんクラウス様を気に入ったんだなっテ!」

「ね、ねえさン、こソ!

 クラウス様を随分気に入ったみたいじゃなイ!」

「うン、気に入ったワ!

 彼なラ、婚約者として受け入れてもいいくらいヨ!」


 呆気ない肯定に、言葉をつまらせるトトス。

 そんなトトスに、ホトスはどこか楽しそうな顔を向けた。


「ホトスも、クラウス様を好きになったのよネ?」

「ソレハ――うン」

「ホトスは、きれいな男の人が好きだものネー!

 一目惚レ? 顔、真っ赤だったわヨ?」

「それもあるけド、海のみんなを、褒めてくれたから……」


 顔を真っ赤にしてうつむくトトス。

 ホトスは、そんな弟に微笑みかける。


「うーン? じゃア、私の代わりニ、クラウス様の婚約者になってみル?」

「いいノ? ねえさンは?」

「私は二人を見て楽しむワ!」

「な、何ヲ楽しむ気なノ!?」

「大丈夫! 今書いてる『ドージンシ・ウスイホン』の参考にするだけだかラ!

 いつも感想を送ってくれるアイリス様だっテ、きっと喜んでくれるワ!」

「ねえさンン――!」


 じゃれあう二人。

 しかし、そこへヨグちゃんが触手で遮る。


(-_-) でモ、クラウス様の国でハ、同性婚はできないのでハ?

(T_T) クラウス様本人モ、イザラ様という婚約者がいらっしゃったとカ。


「問題はそこなのよネー。

 流石に私達のわがままで法律を変えるわけにもいかないシ、

 クラウス様に無理強いするわけにもいかないシ、

 イザラとかいう女の顔も拝んでやらないといけないシ……」


 ねエ、なんとかならなイ?


 部屋の奥へ声をかけるホトス姫。


「お任せ下さイ! 我が銀の深学会の科学技術デ!

 ホトス王子の苦悩を断ち切って見せましょウ!」


 壁際に控えていたナイアが、嘲笑に似た声で、答えた。


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