●12裏の裏_ストーカーは標的を見つけ出した!
「はあ、また外れ……」
壮麗な装飾に溢れた大教会の一室。
アーティアは手紙片手にため息をついた。
憧れのお姉さまことイザラがいなくなってから、ずっとこんな調子だ。
イザラがいなくなった学園は、それはもう酷いものだった。
まず、あちこちで、真偽不明の噂が流れた。
――イザラ様が、クラウス様の不興を買ったみたいよ?
――私は流行り病の薬の普及を助けるため、学園を離れると聞きましたわ。
――まあ、それは口実ではなくて? きっと、功績を上げ過ぎて嫉まれたのよ。
――どちらにせよ、私たちはイザラ様がいない前提で考えなければなりませんわ。
――そうね。イザラ様以外の、頼る相手を探さないとね。
そして、貴族たちはいっせいに聖女にすり寄ってきた。
その勢いはすさまじく、表向きには「聖女の護衛」に過ぎないアーティアにさえ、声をかけてくる上級貴族まで出る始末。
「失礼! 聖女の護衛の方! この手紙を聖女様に……」
「あら残念。この手の受け渡しはお断りしていますの」
が、それを遮ったのはラティ。
素早く断り、アリスをてぃびちゃんに任せ、アーティアの手を引く。
そのまま、ラティは声を潜めてアーティアに話しかけた。
「落ち着きなさい。人を殺しそうな顔してましたわよ?」
「さ、流石に殺したりなんかしないよ!?」
「でも、ちょっと手が出そうになってたでしょう?」
「う、それは――ちょっと考えたかも?」
「言っておきますけど、その筋肉で手を出せば、普通の人は死にますからね?
殴るも殺すも変わりませんわ」
「それはその――ごめんなさい」
「……はあ、アーティア。貴女ちょっと休みなさい」
「え? な、なんで?」
「なんでもなにもありませんわ!
明らかにおかしくなってますわよ!
いえ、おかしかったのは前からですけど、いつもの貴女なら、せめて『師匠も殴ってはいけませんて言ってたし!』とか、『女の子は殴らないよ!』くらいは返したでしょう!」
「え? 私、そんな風に思われてたの?」
「正しい認識です! まあ、そろそろ三人と一匹で貴族の波をかわすのも限界でしたし、ほとぼりが冷めるまで身を隠すことにしましょう」
「身を隠すって? どこへ?」
「決まってます! 教会です!
この間! タイタス領から逃げ出した分! きっちり勉強してもらいます!」
こうして、教会――それも、中央の大教会に、アーティアは放り込まれた。
聖女として正しい知識を付けるべく、日夜勉強漬けのスケジュールを組まれたわけだが、
「はあ、イザラお姉さまったら、どこに行ってしまったのでしょう?」
当然ながら、そんなものに身は入らない。
「貴女ねぇ!
ため息ばっかりついてないで!
ちょっとは手と頭を動かしなさい!」
そして当然のように、ラティに叱り飛ばされた。
「だってぇ。毎日毎日勉強ばっかりだしぃ、イザラお姉さまいないしぃ」
「だってぇ、じゃありませんわ!
そもそも、最低限の神学の知識もないってどういうことですの!?
世界で最も信者数の多い宗教とその主神も知りませんでしたなんて、聖女以前に、貴族として恥ずかしいと思いなさい!」
「でもぉ、受験の時の応用科目は錬金術だったしぃ。
受験の時頑張れたのも、ノグラ先生がいたからだしぃ。
お姉さまが教えてくれたら頑張るんけどなぁ?」
「けどなぁ? じゃありません!
だいたい、お姉さまのご専門は薬学で、神学ではありません!
というか、お姉さまが教師役なら、先に私が生徒に立候補します!
貴女は教会のシスターで我慢しなさい!」
「やだよ! シスターって言っても、みんなおばあちゃんばっかりじゃない!」
「せめてベテランの方と言いなさい!
中央の教会に勤めるくらい位が高いのだから、お年を召されているのは当然です!
ああもう、アリス! 貴女も何とか言ってくださらない!?」
手を焼いたのか、アリスに話を振るラティ。
しかし、アーティアとは別の机に向かっていたアリスからは、とてつもなく不機嫌な声が返ってきた。
「あきらめなさい。アーティアに勉強なんて無理よ。
だいたい、婚約者のお父さんにも『有名高級ブランドの綴りもかけないバカな女』って、言われたくらいなのよ?
それを私が学園に入れるくらいまで勉強に付き合って、しかも錬金術の家庭教師はノグラ先生だから、意味不明な実験にも付き合って……ああもう、思い出したら、腹立ってきたわ!」
「く、苦労してますわね」
「ホント! 苦労の連続よ! 今も! こんなもの読んでんのよ!」
アリスが机の上に広げていた分厚い本を放り出す。
教会に「予言の書」として受け継がれてきた、未来が書かれていると言われる由緒正しい本である。
ただし、聖女とともに現れるという予言者を除けば、白紙にしか見えない。
伝承によれば、数代前には、映せば字が写りこむ「未来の鏡」なる鏡があったという話なのだが、その鏡は盗まれて現存していないという。
事実、ラティやアーティアには、白紙にしか見えなかった。
が、教会にやってきた当日、アリスは試しにと渡された本を、スラスラと読んでしまったのだ。つまり、アリスは、今現状、この本が読める唯一の「予言者」になってしまったことになる。
「まったく、この『予言の書』を読み始めた時は、息が止まるかと思いましたわ」
「しょうがないじゃない。教会の偉い人に、何の説明もなく、いきなり『読んでみてください』って渡されたのよ?」
「まあ、教会の偉い人も学園の貴族も、利用しようとしてくるのは変わりません。
そのくらいはするでしょう」
「さらっとトンデモないこと言ってない?」
「このくらいでトンデモなんて言ってたら持ちませんわよ?
むしろ、タダで保護されるとは思ってませんでしたから、まだマシな方ですわ。
学園長がうまくやってくれたんでしょう。
まったく、苦労して根回しした甲斐がありました」
「はあ、さすが『悪役』ね」
真っ黒なセリフに、思わず口を滑らせるアリス。
すかさず、アーティアが怒りの声を上げた。
「もうっ! お姉さまやラティを『悪役』とか『攻略対象』とか言うの禁止!
アリスこそ、『こうりゃくうぃき』とかいうのに毒され過ぎなんじゃないのっ!」
「こうりゃくうぃき」とは「予言の書」に書かれたタイトルである。
何を意味しているのかはさっぱり分からない。そして、「予言の書」には、タイトル以外にも、理解できない単語――『シナリオ』だの『フラグ』だの『スチル』だのが混在している。
それだけならまだ我慢もできるのだが、
「だってしょうがないじゃない!
本当に『悪役』とか『攻略対象』とか書いてあるんだし!
私に至っては『お助けキャラ』よ! 酷くない!?」
とにかく言葉が悪かった。
聖女であるアーティアを『主人公』とするのはまだいいにしても、他の人物を『モブ』だの『お邪魔キャラ』だの、言いたい放題である。しかも、それなりに当たっているのが腹が立つ。
「うん、ひどい酷い。だから、さっさと読んでそんなゴミ捨てちゃおう。
という訳で、お姉さまの居場所とか書いてない?」
「まだそんなところまで読んでないわよ!
イザラ様が修道院に送られたってトコだって、アンタがうるさいから『作業』止めて、それっぽいところを先に読んだんじゃない!」
相当にストレスが溜まっているのか、血管を浮きだたせて叫ぶアリス。
アリスのいう「作業」とは、予言の書を、誰でも読める普通の紙に書き起こすことである。しかも、ただ書き起こすだけでなく、先ほどの『悪役令嬢』だの『お邪魔キャラ』だのという悪口を別の適切な言葉に置き換え、『シナリオ』だの『フラグ』だの『スチル』だのを文脈から解読して注釈するという、言ってみれば、予言の書の解説書を作る作業だ。もちろん、簡単には終わらない。
「じゃあ、イザラお姉様がどの修道院にいるか書かれてるところ、先に読んでよ!」
「残念ながら、この予言の書じゃ、『悪役令嬢は修道院送りになりました! ざまぁ! ぷげら!』で終わってわよ! その先は、もう時間が飛んで、戦争の話になってるから!」
「よし、そのゴミ燃やそう! 今すぐ燃やそう!
聖女の名のもとに焚書処分だよっ!」
「やめなさい!
気持ちは分かるけど、すごく分かるけど、これから起こる戦争のこととかも書かれてるんだから! ていうか、調査はどうだったのよ!? 教会にお願いして、全国の修道院を探してもらったんでしょ?」
「見つかったらこんなこと聞いてないよ! 全部はずれだよ!」
手に持っていた手紙を破り捨て、立派な椅子に音を立てて座りこむアーティア。
いうまでもなく、手紙というのは、イザラの捜査結果の報告書である。
残念ながら今のところイザラ発見の報告はない。
代わりに聖女のへの嘆願ばかりが書かれている。
アーティアも、ため息ばかりになるというものだ。
しかし、そんなアーティアに、アリスは難しい顔を向けた。
「あのね、予言者じゃなくて親友として忠告するけど、いつまでもいなくなった相手を追いかけ続けるのは、いろんな意味でよくないよ?」
「……いなくなったわけじゃないもん」
「じゃあ聞くけど、アンタ、イザラ様とそんなに仲が良かった?」
「…………よかったもん」
「じゃあ、ちゃんと、自分の想いを伝えた?
伝えて、相手も受け入れてくれた?
もしそうなら、イザラ様から連絡があるハズよ?」
「………………伝えられなかった」
「じゃあ、はっきり言うけど、アンタのやってることは、イザラ様には迷惑よ。
別れは誰にだってくるの。それがイザラ様とは早かっただけ。
きちんと受け止めなさい」
「……………………受け止めきれなかった時は?」
「それでも、前を向きなさい。新しい出会いもあるわよ」
くずりだしたアーティアに、ハンカチを差し出すアリス。
しかし、そこへ、タイミング悪く扉が開いた。
「失礼します。聖女様。お手紙をお持ちしました」
入ってきたのは、メイド。ラティは慌てて立ち上がり、アーティアの涙を見せないよう、前に出て受け取った。
「ありがとう。渡しておくわ」
下がっていくメイドを見送り、封筒を見る。
差出人は、フラネイル。
「あら?」
「どうしたの?」
「いえ、いつものくだらない貴族からの嘆願書かと思いましたが、いつぞやの商人が差出人だったもので」
問いかけてくるアリスに、封筒を見せるラティ。
学園に入ってからちょっと距離があったけど、聖女になった幼馴染を心配して手紙をよこしたというところか。そういえば、予言の書にも、ハッピーエンドが約束されたおすすめの「攻略対象」と書かれていた。
なんだ、気が利くじゃないか。
そんな思考を同時に辿った二人。
目を合わせると、ハンカチで鼻をかむアーティアに、手紙を差し出した。
「ほら、フラネイルから手紙よ?
気分転換に、読んでみれば?」
黙って受け取るアーティア。
傍らのペーパーナイフで封を開け、
「アリス! イザラお姉さま、見つかったって!」
みるみる、その表情が明るくなった!
「はぁ!? ちょっと待ちなさい!」
慌てて手紙をひったくるアリス。
そこには、確かに、スラム街の祭りで修道女に扮したイザラらしき人物を見かけた、と書かれていた。
こんな時にこんなモノ寄越さないでくれない!?
アリスとラティの心の叫びが重なった瞬間である。
しかし、見せるんじゃなかった、と思ってももう遅い。
「アリス! ラティ! 私、行ってくるね!」
「ちょっと待ちなさい! 私の話っ! 聞いてた!?」
「聞いてたけど! でも、私だって思うんだっ!
別れひとつであきらめるほど、軽い愛じゃいけないって!」
「ちょっとそれ、『ストーカー』っていうのよ!」
予言の書に出てきた言葉で止めようとするも、聖女として強化された肉体を持つアーティアは、すさまじいスピードで教会を飛び出していく。
呆然とするアリス。
ラティは慌てて、先ほどのメイドを呼び戻した。
「手紙の用意! 急いで! あと、馬の準備も!」
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