●04裏_お助けキャラは笑顔で戦場へ踏み出した!
優雅に一礼して去っていくイザラを、アリスは必死に笑顔を作って見送っていた。
イザラ様だけは、綺麗なままでいてもらわなくては。
将来の王妃様までこんなヤツらみたいになったら、この国の破滅だ。
「ちょっと、下級貴族!
私のお姉さまにそのような汚らわしい目を向けないでくださらない!」
「ええ!? そっちこそ! 私のお姉さまによだれ垂らしてたじゃない!」
叫ぶラティにアーティア。
「さて、私はもう行くが、後はよろしく頼むよ」
そんな二人をアリスに任せて、さっそうと去っていくクラウス。
ああ、ちょっと前まではお祝いムードだったのに、なんでこんなことに。
そう、少し前までは、単純にアリスもアーティアの入学を喜んでいた。
合格通知が届いて、フラネイルがアーティアとデートに行って、でも失敗して……
あら? よく考えれば、今とあんまり変わんないわね?
首をかしげるアリス。
いや、そんなはずはない。
ちょっと前、そう、1、2週間くらい前は――
# # # #
「師匠っ! 私っ! 遂にやりました!」
「ええ、お見事です! 難関と呼ばれる学園に合格するとは、きっとこれもセインツ流忍術で鍛えた心身の賜物です!」
修道院の前で、学園の合格通知を持って大はしゃぎするアーティアに、優しい笑みを浮かべる神父様。
アリスは、そんな微笑ましい光景の中にいた。
学園は、貴族ならよほどのバカでない限り誰でも入れるから難関ではない。
忍術も筋肉も関係ない。
褒める方も、せめて神のお導きのおかげとか言ってあげて。
いろんな想いが頭をよぎったが、それも一瞬。
無邪気に喜ぶアーティアを心の中で祝福しながら、隣のフラネイルに声をかける。
「バカすぎて落とされなくてよかったわね、ホント」
「そうだな、一時はどうなることかと思ったが……それにしても、錬金術の成績と体力試験の結果が良すぎて、新入生代表まで勝ち取るとは……」
「……まあ、なんにせよ、これで婚約解消とか言われないわよね?」
「ああ、多分な」
「じゃ、はいこれ」
「これは……チケットか?」
渡したのは、学園近くにある劇場のチケット。
数日前、アーティアの両親から渡されたものだ。
なんでも、ノグラが家庭教師の役目を終えた際、給料から屋敷の清掃代と迷惑料を引いた分で購入したらしい。
「アーティアのご両親から、勉強に付き合ったお礼にって渡されたの。
たまにはきちんと誘って行ってきなさいよ」
「いや、だが……いいのか?」
「そうやって『だが』とか、『いいのか』とか言ってるから、いつまで経っても進展がないのよ。いい加減、婚約者らしいこともしときなさいって」
で、さっさと私をアーティア係から開放して。
切実な願いは心の中にとどめて、チケットだけを押し付けるアリス。
フラネイルは素直に礼を残し、アーティアの方へと歩いていく。
(なんか騙したみたいな気がするわね。なんでかしら?)
アリスとしては幼馴染におせっかいを焼いているだけなのだが、なぜか惨たらしい結果が見えている戦場に、無理やり兵士を送り出したかのような罪悪感を覚える。
いや、そんなはずはない。
アーティアは両方イケる娘だから大丈夫。
きっと幼馴染の魅力にだって気づくはず。
大丈夫よね?
そんな想いを胸にフラネイルの方へ目を向けると、
「ありがとう! フラネイルくん! 私! アリスと行ってくるね!」
ペアチケットを二枚とも強奪し、こちらへ駆けてくるアーティアの姿が!
「戦場に向かう前に負けてるんじゃないわよぉぉお!!」
「ええっ!? ど、どうしたのアリス?」
「何でもないわよ!
とにかく!
私はあの先生の後始末とかでいろいろ忙しいから!
劇場には行けないから!」
「ま、まだ誘ってないのに断られた!?」
「いいから! フラネイルと行ってきなさい!」
「ええ? でも……」
「でも、じゃないわよ! フラネイルも! 何とか言いなさいよ!」
わめくアリス。だが、助けを求めたフラネイルは、
「おお、悩める若者よ。これは試練です。
神が与え給うた試練を乗り越えるには、まず筋肉を……」
何か神父様から筋肉教の勧誘を受けていた。
「ふんっ!」
「ぐはっ!? 見事な不意打暗殺金的脚……!」
神父の股間を蹴り飛ばすアリス。
よく分からぬことをつぶやきながら倒れるオバラ神父。
「お、おい!? 仮にも聖職者なんだぞっ!?」
「大丈夫よ。これも神が与えた試練なんだから!」
動揺するフラネイルを、アリスは強引にアーティアのところへ引っ張った。
「あ、ありす? 今日はなんかオラオラだね?」
「アンタ達がいつまでもダラダラだからよ!」
困惑した声を上げるアーティアにフラネイルとチケットを押し付け、逃げるようにその場を後にするアリス。
はあ、先が思いやられるわ。
アリスは巨大なため息をつくと、ポケットの中にある三枚目のチケットを軽く握りしめた。
# # # #
翌日。
アリスはひとり劇場へとやってきていた。
言うまでもなく、アーティアとフラネイルの監視である。
私、なんでこんなことやってるんだろ?
周囲には、自分と同じくらいの貴族のカップルが劇場を幸せそうに歩いている。学園に入る前、他の同年代の貴族たちが最後の思い出を作っている中、幼馴染の世話係に終始している自分に、くじけそうになるアリス。
が、ここで折れるようではアーティアの幼馴染などやっていられない。
ダメよ! こんなことでくじけては!
これも、未来への投資!
学園生活という輝かしい青春が、アーティア係で終わるのを防ぐため!
どこぞの公爵令嬢のごとく、必死に自分を奮い立たせ、物陰から二人をうかがう。
着飾った、とまではいかないが、それなりな恰好をしたアーティアがフラネイルに駆け寄っている。朝、水をぶっかけて起こしただけあって、何とか時間通り合流できたようだ。フラネイルの方も、デート向けの格好でアーティアを迎えていた。そのまま腕を組んで、売店で時間をつぶしている。
どこをどう見ても普通の貴族同士のカップルだ。同じくデート目的で訪れたであろう他の観客にも、二人は見事溶け込んでいる。アーティアの服も、フラネイルの服も、アリスが選んだのだが、そこはこの際、目をつむろう。
きっと、このままいけば、デートはうまくいく、たぶん、きっと、おそらく。
アリスが見出した僅かな希望は、
「!? イザラお姉さま!」
観客席についたと同時に砕け散った。
なんと、VIP席にイザラ侯爵令嬢がいるではないか!
隣にはクラウス王子も一緒だ!
まさか、王族が見に来るとは。
人の金だからと無駄に豪華な劇場を予約したのが仇になったか。
もちろん、王族が入るような席。他の客席より一段高いところからのご観劇なので、アーティアやフラネイルのような下級貴族が入る席とは遠く離れている。
が、アーティアに距離の問題など通用しない。他の貴族が上品に開演を待つ中、ひとり盛大に嬉しそうな声を上げている。
クラウス王子と一緒に下々の観客に手を振るイザラ。
アーティア、目を見開いた後、大喜び。あれは「目が合った! 手を振り返してくれた! キャー!」とか思っている顔だ。
違う! そうじゃない!
王子様も将来のお姫様も、下々に手を振るという仕事をこなしてるだけよ!
普段のアリスならひっぱたいてでも勘違いを正すところだが、今は監視役。それもできない。代わりにフラネイルの方を見ると、何か悟ったような顔をしていた。
待って! 諦めないで!
舞台は始まってすらいないのよ!?
観劇の内容は恋愛物語!
雰囲気が盛り上がれば、きっとまだ逆転の目はある!
だいたい、イザラ様の隣には立派な婚約者がいるでしょ!?
「失礼、隣、よろしいだろうか?」
「え? あ、はい、どうぞ?」
ひとり盛り上がっていると、隣から声がかかった。
反射的に席を渡す。
いけないイケナイ、危うく、満員の劇場で叫ぶ変人になるところだった。これではまるでアーティアだ。冷水をぶっかけてくれた相手に目を向けると、どこかで見たことのあるような貴族が。
「え? ラ、ラバン様!?」
「うん? 君は……アリス君だったかな?
確か、パーティの時、クラウスの茶番に付き合ってくれていた?」
固まるアリス。
何せ相手は、王子とかなり親しい様子で話していた上級貴族である。アリスのような下級貴族とは、普通なら話す機会すらない。
が、ラバンの方は王子にも劣らない美貌で小さく苦笑。
「ああ、そう構えないでくれたまえ。
君も来年からは学園の生徒だろう。
そこでは、貴族の格の違いは表向きには存在しない。
つまりは、みな平等に同じ私の後輩になるわけだ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ?
この観劇でも扱っている聖女伝説でも、元は下級貴族の聖女様が王子と結ばれる話だからね。教会が貴族の家格に関係なく神の祝福は与えられると喧伝している以上、それを軽んじるわけにはいかないのさ。まあ、いかに平等を叫んでも、富と教育と努力と幸運の不均衡は崩れないから、『表向き』なんだけどね?」
すらすらと話を続けるラバン。
普段から王子の相手をしているだけに、話が上手いのだろう。
アリスは緊張が解けていくのを感じた。
「ええと、それじゃ、ラバン様はどうしてこちらに?
クラウス王子と同じお席でもよかったのでは?」
「ははは。クラウスみたいなことを言わないでくれたまえ。
婚約者のイザラ嬢に遠慮したのさ。
ついでに監視をご両親――公爵閣下からお願いされてね」
「あはは、じゃあ、私と似たようなものですね。
アーティア……向こうにいる娘の監視をお願いされまして」
乾いた笑みを交し合うふたり。
その時、確かに、二人の間で一体感が芽生えた。
が、それがよくなかったらしい。
監視対象と目が合った。
「あ、バレた」
「いかん、私もだ。クラウスに気づかれたらしい」
ヤツらにはこちらの居場所が分かるレーダーでも搭載しているのだろうか?
なぜか、この劇場のマップに自分の顔アイコンと「行き先を選んでください」という文字が並んだ謎の構図が思い浮かぶ。
が、すぐにそれも吹き飛んだ。
なんと、アーティアとクラウスが、憤怒の表情でこちらに迫ってきたのである。
「逃げるぞ」
「逃げるって、どこにですか!?」
「VIP用の控え室だ。
他の観客まで奴らの非常識に巻き込むわけにいかん。
君もあのパーティで散々思い知っただろう?」
どうしよう、すごく納得できる。
反論も思い浮かばぬアリスは、ラバンに手を引かれるまま走った。
観客の間を駆け抜け、廊下に抜けて、階段を上る。
奥から怒り狂うクラウスと上品にスカートを持ち上げて走るイザラが見えた同時、近くの扉へと逃げ込むラバン。
息を整える暇もなく、四人が駆け込んできた。
「ラバンッ!」「アリスッ!」「アーティアッ!」「クラウス様ッ!」
ああもうどうしよう。
それぞれ別の名前を叫ぶ四人に、途方に暮れるアリス。
が、ラバンは冷静に声をかけた。
「とりあえずかけたまえ。
これから勘違いをひとつづつ訂正していこうじゃないか」
いつの間にか、六人分のイスがきれいな円形に並び、どこからか現れた執事がお茶を用意している。
ええちょっといつの間に?
アリスの困惑を横に、クラウスがまだ怒ってますというかのようにどっかりと椅子に座り込み、その隣りへ、どこか申し訳なさそうなイザラが静かに腰を下ろす。頬を膨らませたアーティアと困惑を浮かべたフラネイルも後に続いた。
「さあ、アリス君もかけたまえ」
あと話を合わせるよう頼むよ。
小さく耳打ちされたのに何とかうなずくと、余った椅子に座るアリス。
同時、流れるようなラバンの言い訳が始まった。
「さて、まず私がアリス君と一緒にいた理由だが、もとはといえば君らがあまりにも不甲斐ないからだ。いつまでも進展しない両家の婚約者同士の関係、これは上級・下級問わず貴族には由々しき問題だ。事態を重く見た君たちの両親が、監視役に私たちを遣わしたという訳だ」
「しかし」「でも」
そんなラバンに同時に口を挟もうとするクラウスとアーティア!
が、何か言う前にラバンが封殺!
「う る さ い 黙 れ 。
だいたいにして他の学生が春休みに輝かしい思い出を作っている中で何が悲しくてひとり恋愛ものの劇など見なければならんどいつもこいつも客席でいちゃつきやがってふざけるなよ愚民どもめこれならまだ研究室に引きこもっていた方がはるかに有意義かつ気晴らしになったというのに」
「ラ、ラバン様? その」
何か愚痴が入り始めたラバンに、遠慮がちに声をかけるイザラ。
が、その前に立ち直る。
「ああ、すまない。私は大丈夫だイザラ嬢。
このくらいでくじけていては、クラウスの友人は務まらないからね。
……さて、気を取り直して。
演劇の題目は恋愛もの、普通はカップルで見に来るような内容だ。つまりは私一人だと悪目立ちする。そこで、同じ目的のアリス君と一緒に監視していたという訳だ。決して、君らが邪推するような関係ではない。第一、私も王位継承権で三位だ。伝説の聖女様ならいざ知らず、流石にただの下級貴族と付き合うのはできん。
だがまあそんなことはどうでもいい。
クラウス、キ ミ は 一 体 何 を や っ て い る ん だ !?」
「な、なに? 私かっ!?」
「他に誰がいる!
君がこの劇場にわざわざ来たのはイザラ嬢との仲をアピールし、公爵家の後ろ盾を得た第一王子としての立場を明確に示すという目的のためだ。それを無視してなぜ私を追いかけてくる? 君が非常し――失礼、王族に窮屈を感じているのはのは前々からよく承知しているが、せめて王子としての仕事は最低限こなしたまえ。だいたいにして――」
そして、クラウスを名指しで叱り飛ばし始めた。
不敬罪とか……ないんでしょうね。
クラウス様、その辺は適当だもんね。
ひとり納得するアリスに、先程の執事が無言でカップを差し出した。
「あら、ありがとうござ……!?」
目を見開くアリス。
カップの下に敷かれたペーパーに、「執事がイザラ嬢を安全な場所に連れて行くから、残ったお二人を頼む。byラバン」と書かれているではないか。
アリスは紅茶に砂糖とミルクをたっぷり放り込んで、一気に飲み干す。
熱すぎずぬるすぎず、ちょうどよい温度の、本来なら素晴らしい味と香りがするであろう王室御用達の超高級茶葉をやけ気味に燃料へと変換したアリスは、アーティアとフラネイルの方へ立ち上がった。
「うふ、うふふふふフフフフ」
「あ、ありす? なんか笑顔が怖いよ?」
「あら? 私、笑ってる? なんでかしらねぇ?」
「ま、待て、なんで俺まで」
「あらそう、そこから説明がいるんだ……」
背後では、執事が将来のお姫様をエスコートしている。
イザラ様だけは、綺麗なままでいてもらわなくては。
将来の王妃様までこんなヤツらみたいになったら、この国の破滅だ。
入学前にして、なぜか国の将来を背負うことになったアリス。
威嚇するように、笑みを深めた。
# # # #
やっぱり変わらないじゃない!
時間は戻って、入学式の舞台裏。
「大体、『私の』お姉さまって! ワタクシのお姉さまとどういう関係ですの!?」
「私はお姉さまに『私の』お姉さまでもいいって言われたし!
そっちこそ! 勝手にお姉さま呼びしてるんじゃないの!?」
耳を覆いたくなる声が飛び交う光景を前に、なぜか笑みがこぼれた。
「うふ、うふふふふフフフフ」
「ア、アリス? なんか前もこんなことが――」
「な、なんですの? か、下級貴族ごときがワタクシに――」
何かわめき始めた二人に、アリスは笑顔で踏み出した!
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