第43話:英雄は誰なのか?

 すでに戦闘が始まっているのではないかと心配していたが、そんなことはなかった。

 ならば何故英雄は国境付近に姿を見せたのか。

 それも、一人で。

 俺は一抹の不安を抱えながら国境に到着すると、そこには間違いなく英雄の一人が仁王立ちしていた。


「……あれは、ルミナ・ジョタン?」


 剣聖であるルミナが、魔族領側を睨みつけるようにして立っているのだが……マジかよ、本当に一人じゃないか!


「来たね、シャドウ」

「……ボルズ様」


 国境にはすでにボルズが到着しており、彼はルミナをどうするべきかと思案顔を浮かべている。


「どうして攻撃をしなかったのですか?」

「それが、まだ彼女が王国領にいるからね。僕たちから攻撃してしまったら、侵略という大義名分を奪われる可能性があったからさ」


 この少年の見た目をしたボルズだが、その実は齢二〇〇歳を超えている年長者だ。

 見た目に騙されて侮っていたら、あっという間にしっぺ返しを食らってしまう。

 そんなボルズのおかげもあり、魔王軍は誰一人としてルミナへ攻撃を仕掛けることをしなかった。


「助かりました」

「これくらいはね。しかし、どうするんだい? 彼女、あそこに立ったまま、一言も発してくれないんだよ」

「え? それはどういう――」

「いた」


 ……え? 今、喋った?


「いたって……もしかして、目的は俺か?」

「うん」


 まさかの答えに、俺は一瞬どうしたらいいのか思考停止状態に陥ってしまう。

 どうしてルミナが俺を狙うんだ? いやまあ、先の戦争では目の前で二度も逃げられた相手だもんな。

 そりゃあ、国境を越えてでも殺したいと思うもんだろう。


「俺を殺しに来たのか?」

「え?」

「……え? ち、違うのか?」

「うん」


 …………こ、言葉数が少ないんだよな~、ルミナはさ~。


「ど、どう思いますか、ボルズ様?」

「僕に聞かれてもねぇ」

「そ、そうですよね」


 いったい何が目的なのか、まずはそれを確認しなければならないか。


「えっと、ルミナ? 何が目的でここまで来たんだ?」

「シャドウ」

「いや、それは分かったんだけどさ。俺が目的なら、俺をどうしたいんだ?」


 殺したい以外の理由がなんなのか想像もつかないんだが、果たしてどうだろうか。


「シャドウ、強い」

「そうか?」

「そう。だから、お話ししたい」

「…………お、お話し?」

「うん、お話し」


 えっとー……お話し?


「ど、どう思いますか、ボルズ様?」

「だから、僕に聞かれてもねぇ」

「……で、ですよね~」


 うーん、これは困った。

 ルミナの性格からして、おそらく俺と話をしたいというのは本当だろう。

 勇ボコでのルミナは嘘の付けない性格で、感情は希薄だが裏表なく本音がこぼれてしまう、守りたくなるような少女なのだ。

 そんなルミナが俺と話したいと言っている。

 ……だけど、何に対して話をしたいんだろうか。


「どんな話をしたいんだ?」

「強さの秘密を知りたい」

「それ、教えると思う?」

「うん」


 なんでだよ! 普通は敵に強さの秘密とか、教えないだろう!


「さ、さすがに敵には教えられないかな~」

「それなら、敵じゃなかったらいい?」

「……いやまあ、敵じゃなかったら、いいのかも?」

「それなら私、今日から魔王軍」


 …………ちょっと待て。この発言はさすがにダメだろ! なんかもう、色々とアウトだろう!


「それ、本気で言っているのか?」

「うん」

「ルミナは英雄。剣聖ルミナだろ?」

「うん」

「それなのに、王国軍を、勇者を裏切って、魔王軍になるっていうのか?」

「うん。王国軍も、勇者様も、面白くない」


 お、面白くないって。


「魔王軍、シャドウいる。それなら、きっと楽しい」

「何を根拠にそんなことを……」

「シャドウ、強い。それ、根拠」


 それだけで魔王軍になるって決めてもいいものなのか?

 ……まあ、ルミナならそれもありってことなのかも?


「……そ、それじゃあまずは、捕虜って形で拘束してもいいか?」

「うん」

「……でも、魔王軍になれるかは分からないぞ?」

「そうなの?」

「ルミナは王国側の英雄だし、判断は魔王会議で決まるからな。もしかすると、そのまま殺されるかもしれないけど、それでもいいのか?」


 俺がそう問い掛けると、ルミナは思案顔を浮かべたが、それもわずかな時間だけだった。


「……うん」


 ルミナが頷くのを見て、俺はボルズへ視線を向ける。


「……いいんですかね?」

「いいんじゃないかな」


 か、軽いなぁ~。

 でもまあ、俺だけの判断じゃなくなったことだし、とりあえずルミナを魔王城へ連れていくことにするか。

 判断は……うん、アリスディアに決めてもらおう、そうしよう。

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