6、事の発端と訓練された風景


「それで最近、向こうの世界が騒がしかったんですね」


「お客様は異世界人と交流があるのですか?」


「サクヤって呼んでください。前に怪我をしていた人を助けたことがあって」


「なるほど。治癒の能力を持っているとは、さすが【聖騎士パラディン】ですね」


「重症だと完全回復はできませんが、持っているのといないのとじゃ大違いだと思います」


「そうですね。治癒の能力は冒険者にとって、かなりアドバンテージが高い能力だと思います」


 ちょうど対価を届けにきていたギルマスさんと入れ違いに、先日来店した大学生冒険者の【聖騎士】サクヤ君がお客として来てくれた。

 詳しい説明をしていいものか分からなかったので、「魔獣が大量発生した」というかなりざっくりとした流れを伝えたところ、サクヤ君の中で色々と腑に落ちたようだ。

 若いのに察しが良すぎるのは、さすがダンジョンから【聖騎士】を与えられた冒険者っていう感じだね。


「魔獣が大量発生した原因は何だったんですか?」


「グリフォンの難産、というものらしいですよ」


 カウンターに冷たい玄米茶を出すと、彼、サクヤ君は目を輝かせて「いただきます!」と言ってからゴクゴクと飲んでいる。

 先日めでたく彼の恋人になったコハナちゃんは、習い事の日ということで一緒ではないとのこと。

 サクヤ君の配信コメントにたくさん「爆ぜろ!」と流れていたのはご愛嬌ってやつだ。


 ダンジョンに入ると勝手に外皮(アバター)が体を覆うのだけど、髪と目と肌の色は自分で決められなかったりする。

 金髪碧眼で銀色の鎧を装備しているサクヤ君は、いかにも「聖なる騎士」という外見で、本人はちょっと恥ずかしいと言っていた。さもありなん。

 俺は目の色だけ都度変化するけど髪は紺色で金色のメッシュが入っているが、外皮アバターにしては地味寄りだ。

 友人のメイリなんて目も髪色が真っ赤だから、目立つ目立つ。


「グリフォンの難産で、なぜ魔獣が大量発生したんですか?」


「難産といっても数年単位になるそうです。その間グリフォンが狩っていた魔獣が減らなかったと」


「ああ、生態系のバランスが崩れたってやつですか」


「グリフォンは知能が高く、刺激をしなければ人間を襲うことはないそうです。うまく共存できているからこそ、保護というか、見守る対象だったようですが……」


「それ、誰かがサボってたんじゃないですか?」


「おとなしくしているグリフォンが難産だと気づける人は、なかなかいないようですよ」


「確かにそうですね……獣医さんレベルの専門家でも、動物の異常を見つけるのは難しいと聞きます」


「たまたま『啓明』のメンバーがグリフォンの状態に気づき、手を尽くした結果、子どもは無事に産まれたとのことです」


「それは良かったです!」


 :マジか。あの『啓明』が…

 :お?知り合い?

 :会話できなくても、彼らはフレンドリーだから協力プレーも可能だぞ。なぜか彼らの装備品に漢字で『啓明』って書いてあったから、チーム名なのかなって思ってたら、やっぱそうなんだなって

 :俺も知ってる。あの異世界人たち温厚だよな。メンバーにちょっかい出さなければ、だけど…

 :ちょっかい出したんか…

 :いや、子どもがいるからお菓子あげようとしたら、なんかメンバー全員に怖い顔された。でも俺の彼女と一緒だったから事なきを得た。そうじゃない場合はロリコン認定されるぞ

 :結局ギルティ

 :ギルティオブギルティ

 :爆ぜろギルティ


 今日はサクヤ君がいるので『よろず屋』の会話は配信されている状態だ。

 不思議なことに【萬勘定師ゼネラル・テラー】の能力を使っている時は、閲覧している人がいないことが多い。

 その原因は一体……。


「クゥーン」


「はいはい。おやつ食べる?」


 丸いポメラニアンのような謎の毛玉は、ササミジャーキーよりも俺の頭の上に乗りたかったらしい。

 ふんわりもふもふの毛並みが、時おり額にさわるのが楽しい。

 ポメ太郎の能力は未知な部分が多いけど、なんとなく俺に不利な状況にならないように、何らかの力を使ってくれている気がする。

 なんとなく感じるだけで実際は違うかもだけど。


店主マスターさん、せっかくイケメンなのに頭に毛玉が乗ってるとか……」


「お客様以外に見る人もいませんから、気にならないですよ」


 :いや、俺らが見てるぞ?

 :よろず屋さんって、たまに天然だよな…

 :そこにシビアコ!【10000円】

 :よろず屋さんのチャンネルはどこに…?【5000円】


 頭の上のポメなんて、リスナーさんは見慣れているでしょ。

 風景みたいなもんです。

 嘘です。ちょっと恥ずかしくなってきました。

 でもポメ太郎のおかげ(?)でサクヤ君への課金が増えているから、結果オーライということで。


 :照れるイケメン

 :照れてるイケメンかわいい♡

 :よろず屋さんだから許されるやつ


「ほんと、人気ですよね」


「そうでしょうか?」


 なんか、ただイジられているだけって感じがするけど。


 ちなみに、産まれたグリフォンの子たちは四羽で、その場にいた『啓明』のメンバーに懐いてしまったらしい。巣から離れようとするとついてきてしまう、いわゆる「刷り込み」のような状態になってしまったようだ。

 子育て中の親グリフォンは魔力に対して過剰反応するため、魔道具を使ってギルドへ連絡がとれず、身動きがとれなくなってしまったとのこと。

 食料はギリギリなんとかなっていたみたいで、救援部隊のおかげで助かったとギルマスさんが笑顔で報告してくれた。

 全員助かって本当によかった。


「ところで、メイリさんはいつ頃来られるんですか? 自分、今日『よろず屋』に来てくれって言われたんですけど、時間の指定がなくて……」


「それは大変申し訳ございません。すぐに叩き起こしますので」


 サクヤ君は『よろず屋』が発行したポイントカードを持っているから、どこの入り口からでも店に来ることができるようになった。次回の来店用の印がないと使えなくなっちゃうからご注意いただきたい。

 あの時にメイリは約束を取り付けたのだろうけど、待ち合わせを『よろず屋』にして時間指定なしってことは……俺を呼び出し代わりにしたな? アイツめ。


 俺は冒険者のライセンスカードからメッセージを送る。

 もちろん、メイリの奥さん宛に。


 数秒後、壁に現れたドアから飛び込んでくるのは、言わずもがな真っ赤な髪の男だった。


「おいカイト!! なぜ俺に直接送ってこない!?」


「モーニングコールは愛妻からのほうがいいかと思って」


 とりあえずアイスコーヒーを差し出すと、メイリは一気飲みをして頭をブルブルと横に振った。

 ようやく目が覚めてきたらしい。


「ああ、すまない。【聖騎士】と手合わせをする日だったな。なかなか貴重なことだから、楽しみにしていたんだ」


 楽しみにしていたわりには、俺をアラーム代わりにする心の友メイリ。

 俺の視線を気にせず、ご機嫌なメイリにサクヤ君も目をキラキラさせて嬉しそうにしている。ぐぬぬ。


「こちらこそ【剣聖ソード・マスター】の胸をお借りできるなんて光栄です!」


「君は何階層まで行った?」


「40階層です!」


「では30階層にある平原で手合わせをしよう」


「はい!」


 さらにメイリを見る目がキラキラと輝くサクヤ君だけど……。

 この男、妻と娘を溺愛しているだけのアラフォーオッサンだよ? 

 しかも誘ったくせに今の今まで寝ていたという、ズボラで失礼なアラフォーオッサンだよ?


 ……まぁ、俺もメイリとは同い年のオッサンなんだけどさ。


 :おおおお!剣聖と聖騎士のバトルとか!

 :熱い展開!

 :なんで聖騎士と戦うのは貴重なの?

 :聖騎士って堕落するとすぐにジョブが変わっちゃうことで有名

 :堕落って?

 :有名なとこだと、聖騎士になってモテまくって、おにゃのこと遊びまくった結果、雑魚ってジョブになったやつとか

 :雑www魚www

 :ちょっとまって。つまり、サクヤきゅんは…

 :そう!ピュアっピュアなボーイさ!(はぁと)


「ちっ、ちがいます! 自分はコハナひと筋なだけです!」


「お客様、落ち着いてください。リスナーなんて風景ですから、気にせずそのまま真っ直ぐに生きればいいのです。それに、あまりうるさいと……」


 :【該当コメントは削除されました】

 :【該当コメントは削除されました】

 :さすが訓練されたリスナー…面構えが違う…

 :おまいらwwwその能力もっと別の場所で生かせよwww


 削除するくらいなら、最初からコメントしなければいいのにね。

 なんかこう、様式美って感じなのかな?


 顔が真っ赤になっているサクヤ君には、サービスで冷たい玄米茶のお代わりを出してあげよう。

 俺の心を読んだのか、頭の上のいるポメ太郎も鼻をフスンと鳴らすのだった。

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