コーヒーにしますか? 占いにしますか? ~転生OLのドタバタ占いスローライフ~
川野笹舟
第1話
カランコロン、と軽い音をたててドアベルが鳴った。
入口を見ると、深緑色のローブを着た人物がいる。フードをまぶかにかぶっている。
店内を少し見渡し、他の客がいないことを確認すると、フードを取った。
その瞬間、まぶしいくらいの銀髪が彼の肩あたりまでふわりとひろがった。銀髪の隙間から、エルフのあかしである細長い耳がのぞいている。
カフェの店主である私と目を合わせて、ほんのわずかにうなずいた。一瞬目があうだけで、銀色にも青色にも見えるその不思議な瞳に吸い込まれそうになり、私は思わず足に力を入れてふんばった。
彼はそんな私に気づく様子もなく、そのままカウンターの右端へ座った。そこが彼の定位置だ。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「いつもの」
「かしこまりました」
私はすぐにコーヒーをいれる準備をし始めた。
コーヒーはこの王都でも珍しい、というかここでしか飲めないだろう。
この世界に転生して25歳になるまで一度もお目にかかることがなかったのであきらめていたのだけれど、いままさに目の前に座っている彼――アンジェロさんがコーヒー豆を持っていたので、この店に卸してもらうようになったのだ。
「どうぞ」
アンジェロさんは一つうなずいた。カップを持ち、飲む前に香りをかいで、一口飲んだ。
無表情のままカップを置いた。
あれ? まずかったのかな? と、初めて彼にコーヒーを飲んでもらった時は焦ったものだが、基本的に彼の表情が変わることはめったにないと知っている今では、それに一喜一憂することはない。
私にはわかる。彼は今よろこんでいる。
なにせ、耳が光っている。
もちろん、彼が耳だけを魔法で光らせてテンションの上がり具合を表現するタイプのエルフだというわけではなく、耳にうっすらと生えているうぶ毛が逆立って光を反射しているだけである。
うぶ毛まで美しいとは、エルフおそるべし。
彼はおいしいものを食べたときや、何か感情が大きく揺れ動いたときに、耳が光ってしまうのだ。
本人は今も、おすまし顔というか無表情のままコーヒーを飲み続けている。自分の耳が光り輝いていることには気づいていないようだ。もちろん私がそれを指摘することはない。おもしろいし、かわいいから。
「今日は森へ行く予定なんだ。天気を占ってくれるか?」
「……うぇ? あ、はい! では少々お待ちくださいね!」
耳を盗み見ていたことがバレたのかと思って大きい声を出してしまった。
さて、気をとりなおして、占いだ。『占い』はこの店の売りの一つである。
紅茶、コーヒー、その他軽食などがのっているメニュー表の中に、『占い一回 銅貨一枚』と書いてある。
前世の私が占い好きで、タロットや風水に詳しかった……というわけではなく、魔法で占うのだ。
この世界には魔法がある。10歳のころに前世の記憶を思い出した私は、それを知り興奮した。
火魔法がいいな! 水でもいいぞ! 地味だけど土というのも強いんじゃないか? などと期待していたのに、いざ調べてみると、私はそういった属性魔法と呼ばれるものは一切使えなかった。泣いた。
しかし、代わりに、稀少な固有魔法を使えることが判明したので、涙は引っ込んだ。
その固有魔法が『占い』である。この占いは非常にあいまいだった。固有魔法なので、使い方や詠唱方法なども不明で、個人的な感覚でなんとかするしかないと言われた。感覚って……丸投げですやん……。また泣いた。
前世では占いなんてあまり信じていなかった。タロットや風水の知識なんてないし、仕事が忙しすぎて、テレビの星座占いすら見る暇もなかった。どれくらい忙しかったかというと、若くして死ぬくらいだ。前世は30歳くらいまでの記憶しかないので、そのあたりで突然死したと思われる。死因は不明である。
話がそれた。
で、占い魔法で何ができるのか? と自分なりに考えて試行錯誤した結果、今では何種類か占う方法を確立している。そんな中の一つ、『天気占い』を今回はやる。
私はカウンターから出て、スペースのある店の中央へと移動した。うちの店はカウンターに五席あり、フロアにもいくつか丸テーブルがあり、けっこうな客数を収容できる。……まぁ、そんなに客が来ることはないのだけれど。
「あーした……じゃなくて、今日天気になーれ」
私は、かかと部分を脱いで靴をけり上げた。
靴は天井近くまでくるくる回りながら飛んだ後、ぽてんと床に落ちた。靴は表向きである。
「晴れ、ですね」
「そうか、助かる。占い代は銅貨一枚だな?」
「はい。あの、毎回言いますが……」
「当たるもハッケ当たらぬもハッケ、だったか? わかっている、たとえ大雨になったとてマリーをせめたりしない」
われながらどうかしている。
こんなことでお金を貰うのはいまだに気が引けるけれど、一応これでも魔法が発動しているのだ。当たるも八卦、当たらぬも八卦と予防線をはってはいるが、実際のところ、これで天気を外したことはない。
代金を払い終え、ふたたびフードを深くかぶりなおしたアンジェロさんは「ごちそうさま」と言いながら席を立ち出口へ向かった。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
私がそう言うと、彼は振り向くことなく片手をひらひらと振って出ていった。
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