第3話 気が付いたら主人公くんをストーキングしていた

 気づいたのが早くてよかった……。

 主人公くんたちとはそれほど離れていなかったようで、すぐに発見することができた。

 俺は主人公くんを追跡することにした。

 [主人公の家]の場所を知るために。


 十分ほど主人公くんのあとをつけていると分かれ道〔丁字路〕に差し掛かった。

 そこで主人公くんと親友くんが別れる。

 おお……! ゲームで見た!

 ここがあの[主人公の家までと親友の家までの分岐点]か……!

 親友くんが左の方に行っているということはそっちが団地で、主人公くんが向かった右の方は閑静な住宅地ということになるのだろう〔ゲーム知識〕。


 主人公くんが親友くんと別れてほどなくして、白を基調とした二階建ての家が見えてくる。

 バーハンドルがついた黒い片開きドアでスリット窓がいくつかついている妻切屋根にルーフバルコニーのある家。

 こ、これはまさか……!

 俺が感動していると、主人公くんはその家の中に入っていって。

 ……確定した。

 ここが[主人公の家]である、と!

 うわっ、すごい……!

 2Dのはよく見ていたけれど、立体になるとこうなるのか……!

 俺はしばらく、[主人公の家]を眺めていた。


 ……おっと、いけない!

 忘れないうちにやっておかないと……!


 俺はポケットからスマホを取り出した。

 この世界にもこの便利なものがあってよかった。

 それで地図アプリを開いて現在地を確認する。

 ……なるほど、学校から南方向に二キロといったところか。

 時間にして大体四十分ほど〔直進できるわけではないから〕。

 ゲームではボタン一つだったから、なんだか新鮮だった。

 画面を見ているだけでは味わえなかった感覚だろう。


 ちなみに、[見晴台]は学校から見て南西方向に約一キロというこの街のほぼ中央の位置にあり、俺の現在の家は学校から見て北東方向に約二キロのところにあるマンションの一室である。 

 だから俺の家と[主人公の家]は、学校を基点としてほぼ反対のところにあるということになる。


 地図アプリを使って、今いる場所とさっき通った[見晴台]の場所にピンで印をつける。

 よし! これで今度から主人公くんをつけなくてもこの場所に来れるぞ!

 あとは何をして時間を潰そうか……。

 ……今日のことを少し振り返っておこうかな?



 さっきスマホで確認したけれど、現在の時刻は午後〇時三十六分。

 今日は入学式だけだったため、学校は午前中で終わっていた。


 日付は四月七日、第一金曜日。

 ゲームで『物語』が始まる日。

 彷徨っていたら[見晴台]を見つけて、主人公と親友と思われる男子たちがやって来て、『コイヘン』の「プロローグ」としか思えないやり取りが行われているのを目にして……。

 ちょっと――いや、だいぶ感動した。


 まさかこんなことになるなんて予想していなかった。

 (あっ! 俺の大好きなゲームの主人公たちが通ってた高校と同じ名前だ! こんな偶然ってあるんだなぁ!)くらいの認識しかしていなかった。

 ……いや、誰が予想できようものか。

 今、生きている場所が前世で遊んだゲームの世界かもしれない、なんて。

 それも、主人公くんが入学するのと同じ年に入学することになるなんて……。

 同じ学年どころか、同じ時期に学校に通うという想定すら――いや、そもそも、本当に主人公くんたちが存在しているとも思っていなかったのだ。

 主要人物に会えていなかったから。

 それなのに……嬉しい誤算である!



 主人公くんがいた。

 親友くんがいた。

 ……そうなると気になってくるのは九人のヒロインたち。

 それと、今後の展開だ。


 『物語』で描かれるのは七月十七日の第三月曜日――海の日まで。

 これから主人公くんは四月二十三日〔日曜日〕までにヒロインたち――九人全員と出会うことになるはず。

 そして主人公くんは彼女たちと親睦を深めていって、彼女たちが抱えている問題と、自分が抱えている問題とも向き合っていくのだ。

 その過程で、もしくは結果を経て、自分のために奮闘してくれた主人公くんにヒロインは惹かれていくのである。


 最後を締めくくるのは海の日の海デート〔ハッピーエンドなら〕。

 これはどのヒロインでも変わらない。

 ああ、主人公くんの隣で水着を着ているメインヒロインちゃんを早く拝みたい……!

 俺も水着を買っておいた方がいいかな?

 ……水着、水着かぁ……。

 ……今はあんまり考えないでおこう。

 主人公くんがへまをやらかして海デートがおじゃんになっちゃう可能性もなくはないわけだし……。


 ヒロインの問題を完全に解決できていなかったり、問題は解決していてもヒロインと付き合えていなかったりすると、ゲーム最終日に行く場所が映画館や遊園地、動物園、水族館、植物園、大型商業施設、屋内型複合レジャー施設、図書館、バーチャル空間に変わり、海デートではなくなるから〔ノーマルエンド〕。

 ……攻略したヒロインによっては、複数人で行動していてデートですらなくなっている場合もあるというオマケつき。


 ま、まあ、これ〔この世界の主人公くんの選択〕が正規ルートだというのなら、主人公くんはハッピーエンドに向かってくれると俺は信じているが!

 まさか、バッドエンドになんか向かわないだろう。

 いくらゲーム『コイヘン』にバッドエンドが多すぎるからと言って。


 ゲーム『コイヘン』には、ハッピーエンドとノーマルエンドが各ヒロイン一つずつで合計十八個に対して、バッドエンドは各ヒロイン九個ずつある。

 さらに、それに加えてヒロインが関与しない場面での主人公の選択によって陥るバッドエンドが九つ存在する〔例えば、【教師に告白する】とか〕。

 プログラムされているエンドのうち、八割以上がバッドエンドなのだ。

 いや、ならないよな? 本当に。

 ……少し心配になってきた。

 願掛けで水着、買っておこうかな……?



 と、兎に角!

 これから主人公くんが選ぶ【主人公育成選択肢】は最重要と言っても過言ではないのである。

 攻略できるヒロインが変わってくるのだから。


 ゲーム『コイヘン』の主人公には「知力」、「体力」、「センス」、「優しさ」、「勇敢さ」、「器用さ」の六つのステータスが設定されている。

 週末や祝日は、決めた行動によってステータスのどれかを上げられ、これらが求められる数値を超えていると選べるようになる選択肢やストーリーにおいて重要なイベントが発生するようになる。

 求められる数値を満たしていなければ、重要なイベントが発生しなかったり選べない選択肢が出てきたりするのだ。

 そのため、かなり重要な要素となる。

 いやらしいのは、ヒロインごとに必要になるステータスが変わってくる点。



 主に「知力」が必要になるのは

 ――左海優さかい・ゆう八右恵はちみぎ・めぐみ真央まお


 主に「体力」が必要になるのは

 ――左海優、早先咲はやさき・さき向谷真百合むこうだに・まゆり


 主に「センス」が必要になるのは

 ――天上美麗あまがみ・みれい、八右恵、向谷真百合


 主に「優しさ」が必要になるのは

 ――天上美麗、後呂怜うしろ・れい下地才子しもじ・さいこ


 主に「勇敢さ」が必要になるのは

 ――後呂怜、前野友親まえの・ともちか、真央


 主に「器用さ」が必要になるのは

 ――下地才子、早先咲、前野友親



 このようになっている。



 この世界の主人公くんは誰を選ぶのだろう?


 ――ゲームでは明らかにされていなかった

 ――マンガ化も小説化もアニメ化もされていなかった

 ――制作陣も語らなかった


 だからこの世界の主人公くんが選んだ子がメインヒロインだと、勝手かもしれないけれどそう決めさせてもらった。

 『コイヘン』ファンとして、ずっと解き明かしたかった謎の答えがすぐそこにある。

 ワクワクするな、というのは無理な話だ。

 俺は少し離れた位置で[主人公の家]を観察しながらその時が来るのを待った。



 ……。

 …………。

 ……………………。



 よし!

 夜になった!

 これまでに青い制服に身を包んだ人たちに追い掛け回されることになったり、体調が悪かったのを思い出して身体がすごく重く感じるようになったりもしたが、時間だ!


 主人公くんがどんな選択をするのか覗こうとして家に近づく。

 ……だが。



「あだっ⁉」



 玄関のドアをすり抜けられる――なんてことはできず。

 扉に思いっきり身体をぶつけてしまった……。


 ゲームをやっているような感覚になっていてうっかりしていた。

 今の俺は“プレイヤー”ではなく、“コイヘンの世界の、その他大勢のうちの一人”の身体になっているということが頭から抜け落ちてしまっていた。


 ……え? あれ?

 これ、俺、主人公くんが何を選んだのかを把握できないんじゃ……⁉


 透明人間ではないのだから家に入ったら見つかってしまう。

 主人公くんと俺は親しくないのだから通報ものだろう。

 ……。

 これ、俺が主人公くんの選択を知る術ってないんじゃ……っ。


 なんて危惧していたら、さっきのぶつかった音を聞いたからだろう。



「な、なんだ⁉ ――え? えっと、君は……?」



 主人公くんが家の中から急いで出てきた。

 彼の眼には俺の姿がばっちりと映っていた。

 俺は改めて、自分が透明人間でないことを痛感した。


 主人公くんと会ってしまったこの現状……。

 瞬間的に理解した――やばい、と。

 だってゲームで俺〔モブ以下〕と主人公くんが出会うことはないのだから。

 このことがのちにどんな悪影響を及ぼすのかわからない。



「す、すみません! 家、間違えましたぁ……!」



 俺は(直ちにこの場から離れなければならない!)と断じた。

 呼び止める主人公くんの声を聞かなかったことにして自分の家へと逃げかえるのだった。

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