第2話 最高のエンディングを特等席で!

 俺は転生者である。


 前世は――いや、やめよう。

 ろくな人生じゃなかったからな……。

 兎に角、その人生で死んで、俺は生まれ変わっていたのである。


 生まれた時から前世の記憶を持っていた。

 だから、まあ、その、すごく大変だった。

 身体は思うように動かせず、親という存在にやってもらうしかない。

 地獄だった。

 おむつを替えられるとか、ミルクを飲むとか……。

 恥ずかしくて何回か死にたくなったことをよく覚えている。


 前世の記憶があり、ゴールデンエイジというものがあって学力の高さや運動神経の良さなどは十二歳までに決まるということを知っていた俺はそれはもう頑張っていた。

 前世では学力はまあまあある方〔中の上くらい〕だったけれど運動神経は壊滅的だったから、文武両道の人生に憧れがあって……。

 ついでに、前世ではモブ顔だった俺は、今世では美容健康にも気を遣っていた。

 幸いにも今世の母親が美形でそれを引き継げたため、その美しさを維持する努力をしていた。

 だから、まあ、一応、今世の容姿はいい方だと自負している。


 「あれ? お前、前世の記憶持ってんじゃん? なんでゲームの世界に転生したってすぐに気づけなかったの? にわかなの?」――って思われるかもしれない。

 それは――




――仕方ないじゃん! 俺、『コイヘン』には一切登場しないモブですらない存在に転生しちゃってたんだから!




 生まれた場所もストーリーが展開される街とは全然違う場所だったし!

 俺の近くに主人公とかヒロインとか、ゲームに出てくる主要人物なんて一人もいなかったし! 会わなかったし!

 舞台も違えば登場人物も見てない、ってなったら気づけるわけないじゃん⁉ ――というのが理由である。

 決してにわかだったわけではない。


 それで、違う町で(転生した特権を使って今世を絶対成功させよう!)って張り切っていたわけなんだけど……。

 俺にちょっとした問題が生じて引っ越すことになって。

 両親は結構仕事に融通が利く人たちで、俺に引っ越し先を候補の中から選ばせてくれた。

 その中にゲーム『コイヘン』の舞台となる[裏木うらき市]の文字があって。

 その時はまだ(ただ同じ名前なだけだろう)って感覚だったのだけれど、妙に気になったから「ここがいい」と両親にお願いしてその街に引っ越すことになった。

 そうしたらその街に、ゲームの主人公たちが通うことになる[裏木北東高校]があることを発見して、(同じ名前の高校!)とテンションが高くなって迷わずその高校を受験することに決めた。

 これが俺が今世で中学三年生になったころの話である。



 受験で高校を訪れた時、(なんか初めて見た感じがしないなぁ)なんて思っていたのだけれど、まさかゲームの舞台そのものだったとは……。

 気づけなかったことが不覚だ。


 でも、弁明をさせてほしい。

 ゲームでは学校まで続く坂道、学校正面、グラウンド、教室、廊下、特別教室、体育館、体育館倉庫、体育館裏、校舎裏、購買部、中庭、階段、屋上、と部分部分が切り取られた形になっていたのだ。

 見る位置がずれると俺が画面越しに見ていた風景と一致しなかった。

 それに、そう! イラストだ! 俺が見てきた風景は2Dだった!

 それが3Dに変わっていたら、いくら大好きなゲームだとしても気づくには時間がかかるというものである!

 漫画原作が実写ドラマ化した――そんな感じ。

 リアル調〔というかリアル〕になった『コイヘン』。

 だから決してにわかではない。


 転生者で知識にアドバンテージがある俺は難なく受験に合格し、[裏木北東高校]に通うことになった。

 そして今日がその入学式だったわけなのだけれど……。

 主席合格をしてしまった俺は新入生代表の「誓いの言葉」を言う羽目になってしまった。

 前世でも今世でもいろいろあって大勢の人の前で話すことが大の苦手になってしまっていた俺は、そのことを想像するだけであえなくダウン〔体調が悪い日と重なったということもあるかもしれない〕。

 入学式の会場である体育館に入る前にぶっ倒れて式に参加することができなかった。


 入学式に参加していたら、その時に主人公くんや親友くん、同級生や先輩のヒロインたち、ヒロインたちの友だちなどといった主要人物、主人公の担任の先生を見つけて、もう少し早く(この世界はゲーム『コイヘン』の世界なのでは?)と気づけていたかもしれない。



 この世界が本当に『コイヘン』の世界なのだとしたら……。

 在校生代表の「歓迎の言葉」を言っていたのは生徒会長であるヒロインの一人・向谷真百合むこうだに・まゆりだったということになる。

 なんということだ。

 リアルになった彼女を見るチャンスをみすみす逃してしまうだなんて……!

 知っていたら無理を通してでも出たのに……っ!

 ものすごく惜しいことをしたという後悔に苛まれた。


 ああ! やり直したい!

 ゲームの世界だというならリロードはできないのか⁉

 ……そうだ!

 どうせやり直すなら、ゲーム本編では語られていなかった部分の主人公やヒロインたちの過去を見に行きたい!

 念じてみる。

 リロードリロードリロードリロード……!

 ……しかし、何も起こらない。

 時は戻せないらしい。

 くずおれた。

 俺、十五年間、なんも面白くもないモブ以下の人生を歩んできちゃってたんですけど……。


 ……いや、切り替えよう!

 過ぎてしまったものはもうどうしようもない!

 それよりもこれからのことを考えた方が建設的だ!

 まだ幸いなことに物語が始まるタイミングで(ここがゲームの世界かもしれない)ということに気づけたのだ!

 気づけたのはまだまだ早い段階だったと思うことにしよう!


 ちなみに、物語が始まるこの[見晴台]は俺の通学路からは大きく外れている。

 それなのにどうして俺がその場所にいたのかというと、一人で落ち着ける場所を求めて彷徨っていたら偶然辿り着いていただけである〔ゲームでは学校周辺の地図なんてなく、ボタン一つで[見晴台]までひとっ飛びしていた――そのため、プレイヤー視点では学校からどの方角に行けば[見晴台]に着けるのかわからなかった〕。

 緊張なりなんなりで最悪のコンディションだったから(日光浴でもしよう……)といい場所を探していたら、見覚えがあるようなこの場所に行きついて。

 (どこで見たんだろう? ……あっ! 『コイヘン』の[始まりの場所]に似てるんだ!)と考えていると、主人公くんと親友くんがやってきたっていう感じ。

 反射的に隠れて彼らの会話を盗み聞きしてしまった。

 そうしたら、『物語』が始まった。


 体調が悪くなくてこの場所に来ていなかったら「プロローグ」を見逃していたよ……。

 そうなっていたら、ここがゲームの世界かもしれないということに気づくのがもっと遅れていたはずだ。

 俺、主要人物たちとは誰一人として同じクラスじゃないし……。

 ありがとう、体調不良!

 ……身体、めっちゃしんどいけど。


 「プロローグ」を見たということは、次は夜になって【主人公育成選択肢】が初めて出てくるシーンになるはずだ。

 ……。

 あれ?

 夜にならない?

 ……。

 そ、そうか! ここはゲームのようだけれど現実の世界だ……!

 “ゲームが始まった”からといって“ゲームのように時間が飛ぶ”ということはないらしい。

 それは俺がこの世界で生まれて、これまで普通に生きてきたことが証明している。

 “時間が飛んだ”という感覚は一度も受けたことがなかった。


 ということは夜まで時間を潰す必要があるわけか……。

 その方法を考えていたら、ふと思った。




――これ、この世界のプレイヤーが操作していない『主人公くん』はいったい誰を選ぶのだろう?




 と。


 『コイヘン』というゲームは――メインヒロインが設定されていなかった。

 人気があまりなかったから他のメディア化〔コミカライズやノベライズ、アニメ化など〕がされていなくて、それゆえ、主人公がどのヒロインと結ばれるのが『トゥルーエンド』なのかが不明だったのである。

 制作陣も明かさなかったし……。


 ……ゲーム『コイヘン』の世界に転生したかもしれないこの状況。 

 この世界の主人公くんの動向をうかがっていれば、もしかして、メインヒロインが判明する……?

 ……きっとそうだ!

 俺はそれを知るためにこの世界に転生したんだ、そうに違いない!



(絶対に見てやるぞ! ――最高のエンディングを、特等席で……!)



 俺はそう意気込んだ。


 テンションが上がっていて忘れていたが……。



「あ、あれ⁉ そういえば俺、[主人公の家]がどこにあるか知らないじゃん……! 主人公くんを追わないと……! あーっ、ボタン一つで[主人公の家]に帰れてた弊害がこんなところにぃ……!」



 俺は主人公くんたちが去って行った方向へ慌てて駆け出した。

 舞い上がっていたからか身体の怠さもすっかり忘れていた。

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